モモゲの非日常3
翌朝、使い魔の男の顔を直視できなかったミリーリアだが、何とか朝食を済ませ、学園に戻る準備をするべく行動を開始する。
(使い魔さんは普通にしてたし、セッちゃんは考え過ぎじゃないかなー? あ、ダメね。用心用心)
昨日の今日で完璧な振る舞いはできないが、ミリーリアの意識は確かに変わっていた。
使い魔の男が家に来てから二回目の夕食後、シュルーケルが風呂に入れてみると言う。
「俺が一緒に入って使い方教えてみるか。流水がダメだし、風呂もダメって可能性もあるが、入れるなら入った方がいいだろうしな」
シュルーケルはボサボサになっている使い魔の男の髪を見ながらそう口にする。
結果として、使い魔の男は風呂に入れた。
嫌がる素振りも、抵抗も見せず、むしろ待ってましたと言わんばかりに嬉々として風呂を楽しんでいた。
(あれ? お風呂も大丈夫なんだ……血も飲みたそうにしないし、もしかして吸血鬼じゃない……?)
ミリーリアはここにきて、再び使い魔の男の種族について考える。
しかし、結局のところわからないのですぐに考えるのを止めた。
さらに数日が経過したある日、ふと大切な事を思い出す。
──まだ名前を付けていない
名前があるのかもしれないが、会話ができないので、「吸血鬼さん」、「コイツ」、「彼」、「アイツ」など呼び名は様々であった。
そろそろ名前を付けてあげようと思ったミリーリアは、風呂から上がってのんびりしているシュルーケルと、寝る準備をしているセレイナを呼び寄せ、提案する。
「使い魔さんに、名前を付けたいと思います」
少し驚くシュルーケルとセレイナ。
使い魔に名づけを行うという行為は、契約の一環であったり、契約を成立を意味していた。
少し特殊な召喚魔法を用いたとはいえ、その本質は変わらない。
「おいおい、どうした突然」
「本当にいきなりね」
「私なりに考えたんだ。名前を付けたら、使い魔さんの事が少しでもわかるようにならないかなーって思ってさ」
少し悩んだシュルーケルは、こう提案する。
「正式に名付けるんじゃなくて、仮の呼び名を統一するって事ならいいんじゃねーか?」
シュルーケルの提案は満場一致で受け入れられた。
「で、そんな事言い出したミリーには何か候補があるの?」
待ってましたと言わんばかりにミリーリアの顔に笑みが浮かぶ。
「シュバルツ、なんてどうかな? 髪の色も、目の色も黒いしさ」
他の二人が特に反対しなかったので、この日から使い魔の男はシュバルツと呼ばれることとなった。
ミリーリアが使い魔の男をシュバルツと名付けてから、少し時間が経った頃、彼女はシュバルツの感情が少しだけ分かるようになっていた。
日中、外で用事を済ませてきたミリーリアとセレイナは帰宅すると、シュルーケルとシュバルツは筋力トレーニングに励んでいた。
(シュバルツがトレーニング? 吸血鬼っぽくないよね。やっぱり吸血鬼じゃないのかな?)
薄々感づいてはいたが、シュバルツの種族は吸血鬼ではないのではないかという思いが強くなっていく。
(あれ? でも何でシュバルツはシュルーケルさんに苦手意識持ってるんだろう? シュルーケルさんの指導がきついからかな?)
セレイナとシュルーケルの稽古を見学したことがあるミリーリアは、初めて稽古をする二人を見た時、殺し合いが始まったと慌てたことを思い出す。
さすがに室内の筋力トレーニングでそんな事にはならないはずなのでミリーリアは少し不思議に思っていた。
二人が帰宅した事に気付いたシュバルツとシュルーケルは、一人ずつ風呂場へ移動し、汗を流した。
その日の夕食中、シュルーケルがそういえば、といった感じで口を開く。
「もうすぐ山狩りがあるから、数日間は森の方には行くなよ」
「もうそんな時期だっけ。わかったわ」
「はーい」
「当日は騎士団も派遣されるし、何もないとは思うけどな」
毎年、春になると王都の騎士団の訓練の一環として、村や町付近の手が届きにくい所で、大規模なモンスター掃討戦が行われる。
この村で長年過ごしている三人には、春の風物詩程度の感覚である。
そして山狩りが行われた当日、事件は起こる。
万が一の事がないよう、予備選力として村に待機している騎士団の隊長の下へ、馬に乗った伝令が慌てた様子で近づいてくる。
「伝令! 森から魔物の集団が一部この村に流れてくる模様! その数、約百!」
「何! ご苦労。よくぞ先回りして伝えてくれた。そのまま我が隊に合流し、防衛戦に加われるか?」
「はっ! 承知しました!」
騎士団の隊長は、隊員に聞こえるよう、声を上げる。
「総員配置に着け! トラブルが発生した! 魔物約百がこの村に流れてくる! 全て迎撃する!」
『了解!』
隊員達は、各々流れるような動きで戦闘準備を進めていく。
「団長殿、申し訳ない。当騎士団の不手際で魔物の一部がこの村に流れてくるようだ。この事を村長殿と、村全体に伝えてくれぬか?」
隊長は、共に待機していた村の自警団団長に、苦々しい表情をしながらそうお願いする。
「わかりました! すぐに行ってまいります!」
団長の姿が見えなくなり、隊長はポツリと一言零す。
「上の連中は何を考えているのやら……」
もうすぐ学園へ戻るミリーリアとセレイナは、学園に通わない事を選んだ同世代の友達の家で過ごしていた。
「へー、学園の最終年ってそんな事するんだ」
「そうなのよ。それがもう大変そうでね。気を抜けない一年になりそうなのよね」
「私も頑張らなきゃって思ってるんだけど、なかなか上手くいかなくてさ」
「ミリーリアちゃんの気持ちわかるかも。学園行かなくて良かったー」
そんな何気ない会話は、外が慌ただしくなることで終わりを迎える。
「どうしたんだろ? 何かあったのかな?」
「今日は山狩りだってお父さんも言ってたし、そのせいじゃない? それにしても随分騒がしい気もするわね」
友人の家のドアが勢いよく開く音が響く。
「おう、いたか。セレイナの嬢ちゃんとミリーリアの嬢ちゃんも一緒か。二人とも一度家に戻れ。村に魔物が押し寄せてきている」
村長のシュルーケルに状況を伝えた団長は、家に残っている妻と娘にも状況を伝えるために一度自宅に立ち寄った。
「わかりました。ミリー、一度家に戻るよ。また今度遊びに来るからね」
「わかったよセッちゃん。じゃ、私たちは一度帰るね。またね」
「うん。気を付けてね」
友人に別れを告げ、ミリーリアとセレイナが自宅に戻ると、窓から外を眺めているシュバルツだけがいた。
いつでも使えるよう、シュルーケルが自身の側に常に置く愛用の剣も見当たらない。
団長の話からして、シュルーケルがすでに村の外に向かったことを察した二人は、自分達も戦闘に参加するべく、自室に戻り、準備を進める。
(シュバルツは少し不安そうだったね。シュルーケルさんが出て行って、一人になったからだよね。一緒に連れて行ったら何かわかるかもしれないし、連れて行った方がいいかな)
そう考えながら、ミリーリアは準備を始める。
準備とは言ってもセレイナのように、弓を使うわけでもないミリーリアは壁に立てかけている【コトワザ】で使う棒を手にするのみだ。
(コボルトが相手だったら私も戦えるけど、他が相手だとセッちゃんの補助しかできないからね。シュバルツは何ができるんだろう)
セレイナが準備を終えるのを待つ間、ミリーリアは靴箱からシュバルツ用に、サイズ調整が可能な履物を用意しておく。
そして、セレイナが準備を終えたので、ミリーリアはシュバルツの手を引き現場に向かう。
少し困惑の感情が伝わってくるが、気にしている場合ではない。
セレイナはすでに先行しており、遅れすぎないよう、村の外に急いで向かうのであった。
村の外はすでにある程度の隊列が組まれていた。
団長の指示の下、途中から合流した自警団の団員がそれぞれ指示された場所に向かう。
準備を済ませた自警団の団員が隊列に組み込まれていき、近くの仲間と情報交換を行っている。
遠くにセレイナを見つけたミリーリアは、セレイナがこちらにやってきているのに気付く。
「ミリー、敵はゴブリンとウルフ合わせて約百匹。アタシは見張り台の上からの援護射撃班になるけど、アナタはどうする?」
「それならセッちゃんの補助だね。任せてよ。ところでシュバルツも連れてきたけど、何ができるかな?」
二人はシュバルツの様子を確認するが、二人の少女に見つめられているシュバルツは「何か?」とでも言いたげな顔をしているだけだ。
「さすがに意思疎通もままならない使い魔を戦場に送り込むのは不安ね。私たちの側に置いておきましょう」
「わかったよ。きっとそのほうがいいね。ごめんね、シュバルツ。いきなりこんなところに連れてきて」
騎士団と村の自警団の混成部隊がそれぞれ配置につく。
セレイナ達遠距離部隊も見張り台に向かう。
見張り台の上には、高所から状況を確認するため、団員がすでに待機していた。
「こっちはセレイナちゃんとミリーリアちゃんと……知り合いか?」
「あー、今ウチで面倒見てる人。一応連れてきたけど戦力としてはカウントしないでね」
「俺が言う事じゃないだろうけど大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。邪魔はさせないわ」
慣れた様子で団員と会話するセレイナを見て、やっぱりセッちゃんは頼りになるなーと思うミリーリア。
しかし、遠距離戦の補助であれば自分も活躍できる可能性があるので、出番が来たら頑張ろうと決意するのであった。
◆
村の遠方で土煙が舞う。
いよいよ敵集団が目視できる距離まで近づいてくる。
前線で、先頭を走るウルフの集団を受け持つシュルーケルと騎士団は危なげなく捌いていく。
「オラオラ! この村を襲おうとはいい度胸じゃねーか。ここから先は通さねーぜ!」
「総員ウルフを一匹たりとも後ろへ通すな! 騎士としての意地を見せよ!」
シュルーケルと騎士団の活躍により、前衛のウルフはその数をどんどん減らしていく。
敵集団中衛あたりのウルフに紛れているゴブリン達が一斉に後ろに下がる。
そして、ウルフの集団から離れた後、足元に落ちている石を拾い上げ、前線を支えている騎士団とシュルーケルの頭上を越すように投石を開始する。
「おいおい。寄せ集め集団って感じじゃねーぞ?」
ウルフを捌きつつもゴブリンの行動にも気を配っていたシュルーケルはそう独り言ちる。
ゴブリンの投石が自警団が位置する場所に着弾した頃、同時にシュルーケルの後方から、ゴブリンめがけて矢が飛来する。
「お? 遠距離部隊の出番か。ま、ゴブリン相手だし問題はないな」
◆
ゴブリンがウルフの群れから意図的に離れ、投石を行い始めた頃、見張り台の上も本格的に慌ただしくなる。
「ゴブリンが投石を開始! これより弓部隊はゴブリンを優先ターゲットとする!」
遠距離部隊の指揮役の男が声を上げ、身振り手振りも交えて隣の見張り台にいる弓部隊にも伝える。
「了解! やっとアタシ達の出番ね!」
「補助は任せて! いっくよー! 【ニカイカラメグスリ】!」
ミリーリアが【コトワザ】を唱える。
【ニカイカラメグスリ】。ミリーリアが完璧に扱える、数少ない【コトワザ】である。
建物の二階から、人の目に正確に薬を投下できる程の精度を、味方に付与する【コトワザ】である。
ミリーリアの【コトワザ】により、セレイナと指揮役の男の射撃の精度は飛躍的に上昇する。
具体的には一本の矢で一匹のゴブリンを倒していく。
「セレイナちゃんの腕もさすがだけど、ミリーリアちゃんの魔法も凄いな。狙ったところに寸分の違いもなく飛んでいくぞ」
普段からパーティーを組み、ミリーリアの【コトワザ】の補助を受けているセレイナはもう慣れているが、初めて補助を受けた指揮役の男には新鮮なものに感じられた。
「私はこれくらいしかできないからね」
「十分じゃないか?」
控えめに言葉を返すミリーリアに、指揮役の男はもっと誇ればいいのにと思う。
(私が攻撃魔法を使えたら、この戦いも楽になるかもしれないのにな)
使いどころが極端に限られる【コトワザ】しか使えない事に、少し劣等感をもっているミリーリア。
少し感傷に浸っていたが、戦局が動く。
後方に控えている団員の部隊の一画に向かって、火の玉が飛来する。
「ファイヤーボール!? ゴブリンメイジがどこかにいるの?」
着弾したファイヤーボールの側では、負傷者が出ている。
騎士団隊長と、団長の指示で、自警団は村の中に避難することになる。
セレイナと指揮役の男はファイヤーボールを放ったゴブリンメイジを探す。
すると敵集団最奥に、それぞれがひと際大きな体躯の十数匹のウルフと二匹のゴブリンの姿を発見する。
「ビッグウルフとゴブリンメイジか。何でこんなのが森から流れてきてるんだよ」
指揮役の男は軽く悪態をつくが、今はそれどころではない。
ビッグウルフが二匹を除き、村の方へと一気に詰めてきた。
前線組が、ビッグウルフを抑えているが、先ほどまで対峙していたウルフより素早いのか、三匹が後方に流れ、まだ避難が完了していない自警団の集団に襲い掛かろうとしていた。
指揮役の男が流れてきたビッグウルフに狙いを定めるよう、指示を出そうとしたところで、一匹のビッグウルフが宙を舞う。
しかし、その牙が自警団の者たちに届くことはなかった。
前線から『裏取り』を駆使して戻って来たシュルーケルの手により、前線を突破したビッグウルフ三匹はその命を散らした。
シュルーケルの姿を確認した指揮役の男は、新たな指示を出す。
「奥のゴブリンメイジを集中的に叩け! 魔法を打たせるな!」
「補助いくよ! 【ニカイカラメグスリ】!」
ゴブリンメイジが魔法を打てないよう、的確に邪魔をする弓部隊。
そして前線の騎士団がビッグウルフの討伐を終え、残りのビッグウルフとゴブリンメイジに近づいたとき、ビッグウルフ二匹が逃走を計る。
ゴブリンメイジに集中していた弓部隊であるが、逃げるビッグウルフにターゲットを変更する。
しかし残念ながらビッグウルフ二匹に逃走を許してしまう。
矢による妨害がなくなったゴブリンメイジ二匹は、それぞれファイヤーボールとロックボールの魔法を発動させる。
そして騎士団に打ち込もうとするが、シュルーケルと隊長の手により魔法は消失し、そのまま討伐されることになる。
こうして今回の防衛戦は終了した。




