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モモゲの非日常

モモゲ(ミリーリア)視点です。

 腰まで伸ばしている薄桃色の髪をなびかせながら、ミリーリアは普段からお世話になっている青果店へ向かう。


 (春休みになってから色々な事が起こるなー)



 ◆


 

 春休み前、学園の図書室で見つけた、召喚魔法の使い手が綴った一冊の本。


 本棚の一番奥、誰も近寄らない、様々なジャンルの本が雑多に収められている一画。

 背表紙に書かれている古代語が目に入ったミリーリアは、迷うことなくその本を手に取り、春休みの期間、借りることにした。


 本の中には、少女の理想とする世界が広がっていた。


 (よし、あの場所で試そう)


 本を読み終えたミリーリアは、召喚魔法を行う場所の目星をつける。

 

 ミリーリアが扱う古代魔法【コトワザ】は、使い手が極端に少ない魔法という扱いになる。

 大多数の人は一生の内に一度も目にすることも、存在を耳にすることもない。

 それがこの世界における【コトワザ】という存在である。


 召喚魔法で使い魔を呼び出し、戦力にできるかもしれない。


 そう考えたミリーリアは、一緒にパーティーを組み、学園最終年の課題を、共にクリアしようと約束した親友のセレイナに報告する。


「セッちゃんセッちゃん、私召喚魔法を覚えたよ!」


 春休みの帰省中、ずっと召喚魔法の本を読み込んでいたミリーリアは、パーティーメンバーのセレイナに、自身の成果を告げる。


「へぇ。あの本は召喚魔法の本だったのかい。どれ、アタシも気になるし、一度見せてもらおうか」


 村の側にある森の中。少し進めば二人が昔から慣れ親しんだ、よく遊んだ草原がある。

 ここで召喚魔法のお披露目会が開催される事となった。


 ミリーリアは、本に書かれていた内容をなぞり、再現しようと試みる。

 しかし、いつもの事であるが、具体的な方法などはその本には書かれていない。

 

 召喚の言葉も、儀式も、条件も。何一つ書かれていない不便な召喚魔法の本。

 【コトワザ】という魔法が廃れた一番の理由が、あまりに抽象的過ぎ、理解できる人間が限られるからである。


 すでに亡くなってしまっているが、ミリーリアの母親により、幼い頃【コトワザ】の教育を受けている彼女だが、完璧に習得するには至っていない。

 なので本の内容から、独自解釈と雰囲気で召喚魔法を唱えることにした。

 ミリーリアは地面に両手を添え、呪文を紡ぐ。


「【ワタシハノゾム。アラタナルチカラヲ】」

 

 ミリーリアは体から少し力が抜けるのを感じ取る。


「【イッショニボウケンシテクダサイ】」


 

 ──結論から言うと、今回の召喚は失敗に終わった。


 (おっかしーなー。失敗したら何も起こらないはずなのになあ。何か生えてきたからアレで成功なのかな? でも本と全然違うし……あ、もしかして)


 召喚が失敗に終わり、帰路につくミリーリアは一つの可能性に思い至る。


 (今度一人で試してみよう)


 そう思い、彼女は一人になれるタイミングを見計らう日々を過ごしていった。



 セレイナが探索の勘を取り戻すべく、一人で森に向かったある日、ミリーリアは一人で召喚魔法を成功させようと先日の草原へ移動を開始する。

 

 前回の召喚の際は、セレイナが側で見守っていたこともあり、見栄と雰囲気作りのためにそれっぽい詠唱を取り入れてみたが、本来は不要である。


 なので今回は、ありのまま、素直な気持ちで召喚に臨むことにする。


 草原に佇む一本の木の側で、ミリーリアは瞳を閉じ、意識を集中させる。


 ──お願い……どうか……。


 召喚魔法に 自身の思い(・・・・・)を込め、成功を祈る。


 どれくらいの時間祈っていたのか。ミリーリアが目を開くと手元にあった召喚魔法の本は消失し、目の前には見知らぬ黒髪の男が寝息を立てている。


 (え? この人って……)


 反射的に、木の裏に隠れ、男を観察するミリーリア。

 満足のいくまで遠目に観察を終えた彼女は、男に確認を取ろうと恐る恐る声をかける。


 「あの、あなたが私の召喚に応じてくださった人ですか?」


 男は目を開ける。


 整った顔立ちではあるが、顔色は少し悪い。少し傷んだ黒髪、ゆっくりと見開かれた黒の瞳も焦点が定まっておらず、どこを見ているのか判別できない。


「あ、あの……、召喚に応じてくださった方……ですよね?」

「×××」


 (うそ……言葉が通じないの? でも……)


 男の容姿は、召喚魔法の本に書かれていた特徴とピッタリ一致していた。


 前回の召喚は明らかな失敗であるが、今回はどうか。

 失敗と判断する材料よりも、成功であると言い切っても過言ではない程、本の内容と共通点がある。


「×××××××××××××××××」


 (なんだろう? 何となくわかるようなわからないような? でもわからない……どうしてだろう?)


 何かを感じ取ったミリーリアだが、今、この草原に二人っきりであることに思い至る。

 当初の予定では、互いに情報交換をし、そのまま両者の利害が一致したら契約を交わすつもりであった。


 しかし、言葉が通じていないような顔をする男を目の当たりにし、徐々に不安になってくる。


「私一人でこの後の事は決められないから、友達を呼んでくる! ちょっと待っててね!」


 少し焦りつつもそう言葉を残し、ミリーリアは一度自宅に戻り、セレイナに状況を確認してもらうことにした。


 

 自宅からセレイナを連れて、森へ戻る最中、軽く状況説明をしたミリーリアだったが、彼女はセレイナに少しだけ濁して状況を説明した。


「で、何で一人で召喚魔法なんて使ったの!?」

「それが……わかんないんだよ。気づいたら本が光りだして、そのまま魔法陣が現れて、男の子が横になってた」


 (ごめんねセッちゃん、本当の事は恥ずかしすぎて言えないんだ)


 セレイナがいないところでは召喚魔法は使わない。

 つい先日そう約束をした。

 しかし、ミリーリアにも譲れない思いがあった。



 現場に着き、召喚された男をセレイナはあっさりと拘束する。

 一連の流れを後ろで見ていたミリーリアだったが、この召喚された男に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになっている。


 (勝手に召喚して、すぐに拘束しちゃった……。こんなはずじゃなかったのに……。私がしっかりしてないから……)


 ミリーリアは自分が召喚したのだから、責任は取ろうと男の一挙手一投足を見逃すまいと、常に気を配っていた。

 それが功を奏したのか、靴を履いていなくて歩き辛そうにしていたのにも気づけた。


 男の足に布を巻きつけながら、ミリーリアは男の種族をある程度推測する。


 学園に通う召喚魔法使いが言っていた、


 ──人型の使い魔を意図的に召喚するのは困難を極める。


 そして、召喚魔法の本に書かれていた、


 ──夜の彼はさらに凄かった。


 この二つが結びついたとき、一致する一つの種族が思い浮かぶ。


 吸血鬼。

 夜を統べる王。

 

 この世界に本当に存在するのか、はたまた御伽噺か。


 (私の召喚に応じてくれた人だもん。種族なんて関係ないよね)


「やっぱり吸血鬼って日光に弱いんだね。夜じゃないと空中浮遊とかコウモリ化とかできないのかな?」


 セレイナが少し考えているようだったので、ミリーリアはそのまま邪魔にならないよう、先頭を歩き続けた。


 村の入り口が見えた時、入り口の門番が自警団の団長に替わっていた。


 (私が急いで村に戻った後、私とセッちゃんが走って村の外に出ていったら、ただ事じゃないって思われるよね。)

 

 自分の行動が思わぬ結果を招いたことを知ったミリーリアは、余計な事は口にするまいと固く口を閉ざす。


 ──危なくないよ。

 

 ──あ、ごめんセッちゃん。ちょっと待っててねってお願いしたかも。


 ──間違いなく私の呼びかけに応じてくれた使い魔だよ。


 ──セッちゃん……それは酷いよ……。


 ──シュルーケルさん家に帰ってるかもしれないんだ。早く何かわかるといいな。


「ごめんなさい」


 団長とセレイナのやりとりを眺めつつ、謝るべきところでしっかり謝ったミリーリア。


 家までの移動中に、帰宅後シュルーケルにこの状況をどう伝えるべきか、セレイナと相談するを終え、無事に帰宅する。


「どれ、俺が見極めてやる」


 ミリーリアから説明を受けたシュルーケルは、父親として、そして元トップクラス冒険者としての威厳に溢れた表情でそう告げる。


 (使い魔さん、私もフォローするから頑張って!)


 隣で腕を組みながら、今か今かと待ち構えているシュルーケルを見たミリーリアは、心の中でそうエールを送る。


 いよいよ対面の時。


 シュルーケルから危険性はないとのお墨付きを得た。

 それでも、いざとなればシュルーケルが対処すると口にする。


 (ひとまず安心かな)


 そしていざ使い魔についての話し合いが始まるが、徐々に脱線していく。

 両親の話が聞けるとは思っていなかったミリーリアは、話が逸れていくのも気にならない程、興味深そうにシュルーケルの話に耳を傾ける。


 話がクライマックスに差し掛かろうとした頃、使い魔の男が手を上げる。

 

 (あっ! そうだ……しっかり様子を確認しようって思ったばっかりなのに……)


 気心しれた家族と合流し、先程までの緊張感から解放された影響からか、ミリーリアは使い魔の男の様子を確認するのを怠っていた。


 その事実に気づいたとき、自分の責任感のなさに自己嫌悪に陥る。


 (何があっても私が責任を持つ。絶対に!)


 手を上げた男は、不思議な動きで何かを伝えようとしている。

 呆気にとれれていたが、シュルーケルが何かに気づき、笑い出した。


 そして使い魔の男を連れ、どこかへ案内するのを見送った。


「あれってそういうことなのかな?」


「そうなんじゃない? お父さんが案内してるし。それよりここに少しスペースを作りましょう。何かあってもすぐに動けるように」


 (さすがにこのお世話は……でも……)


 セレイナと居間の配置変更をしながら、自分の決意が若干揺らぎ始めているのを自覚する。


 そして、もしも自分が同じ内容を相手に伝えるとしたら、という事を考え、ミリーリアの表情はひきつる。

 セレイナに、もしも相手にジェスチャーで伝えるとしたらどうするか、と問いかけると呆れた顔をされたのと、足音が聞こえてきたので会話を切り上げた。



 改めて話し合いが始まろうとしていた。


 シュルーケルに召喚の経緯とこれまで得た情報を伝えていると、使い魔の男が手を上げ、話し合いに参加する意思を見せる。


 「×××××××××××。××××、×××。×××××。××××××××××、××××××××××××××××××。×××××××××××××。×××××××××××××××」


 (やっぱり、わかりそうでわからないよ。なんだろう? この感じ)


 状況を打開するために、シュルーケルが自己紹介を始め、セレイナが後に続く。


 そしてミリーリアの番となった。


 (きっと私がしっかりしないと使い魔さんも困るよね。しっかり伝えなくちゃ)


「私があなたを召喚したミリーリアと言います。あなたの事はまだよくわかりませんが、私に力を貸してくれたら嬉しいです」


 セレイナに色々注意されるが、使い魔の男の立場が悪くならないようにしようと手を尽くすミリーリアであったが、シュルーケルの発言を受けて折れることになる。


「まぁまぁ、落ち着けって。実際、使い魔ってのは主の指示に従うものだし、ありえない話でもねーんだ」


 (本当の事を言わないときっとみんな困ることになる……)


「実は何もわからないんだよね」


 話し合いは進まなかったが、いくつか決まった事もある。


 セレイナとミリーリアが、王都の学園に戻る際、シュルーケルも共に行くという事になった。

 どれだけ抵抗してもシュルーケルの決意は固く、撤回する気もないと感じた二人は渋々了承する。


 三人の方針がある程度固まって来たころ、ミリーリアの発言が徐々に少なくなってきていることに二人は気づく。


 ミリーリアは、心配そうに使い魔の男に目を向けている。


 (やっぱり不安だよね。でも大丈夫。私はずっと味方だよ)


 使い魔の男が深刻な表情で俯いているのに全員が気付く。


 静寂が居間を支配する。


 そして静寂に終わりを告げるかのように使い魔の男の腹の虫が鳴く。


「なぁ、魔力を持っていかれてる感覚とかあるか? あるいは何か食べたいみたいな想いが伝わってくるとか」

「召喚の本に何か書いてなかった? お腹が空いたときの対処方法とか」


 シュルーケルとセレイナに確認され、ミリーリアは決意する。


 (お腹が空くのは辛いよね。任せて。もう辛い思いはさせないから)


 吸血鬼が好む食事として、うら若き生娘の生き血という言葉を聞いたことがあるミリーリア。

 生娘が何を意味しているか、理解できているか定かではないが、ほぼ条件と一致している自分の血なら提供できると判断する。


 使い魔の男に背を向け、そのまま座る。


 地面に着きそうな自身の薄桃色の髪を上げ、首筋がある程度見えるよう、服の首元を少しズラす。


 (うぅ……恥ずかしいよぉ……でも……これくらい……痛いのかな……でも頑張らなきゃ)


 羞恥から心臓が激しく動き、全身が熱くなっていくのを感じる。


 (ま、まだかな? それとも、もう終わったのかな……)


 しかし、いくら待ってもミリーリアの体に、これ以上変化が訪れる事はなかった。


 ミリーリアの意識を現実に引き戻したのは、セレイナの怒りを含む声だった。


「ほら、早く正座ぁ!!!」

「ハ、ハイっ!」


 セレイナの剣幕に、ミリーリアは反射的に言葉に従う。


「アンタね! いったい何しようとしてんの! 少しは自分の魅力とか自覚しなさいよ!! アンタは油断し過ぎなのよ!!」

「だって、私が召喚した使い魔だし、吸血鬼だし、ご飯はやっぱり血かなーって……それなら私が用意するのが当たり前かなって……」

「だとしても! 何の相談もなくあんな真似しないの! 一歩間違ったら取り返しのつかないことになるんだからね!!」

「ちょっと恥ずかしいけど、血くらいなら別にいいかなーって思ってさ」

「ア、ン、タ、は!!! アタシはそういう事を言ってるんじゃないの!!」

「傷は後でポーション飲めばすぐ治るし、そんなに怒らなくてもいいと思うんだけど……」

「だ! か! らぁ!!! そういう事じゃないんだってば!!!」

「勝手にご飯の準備したのは悪かったかなーって思ってるよ」


 再び使い魔の男の腹の虫が鳴き、セレイナのお説教が止まる。


 そしてセレイナに差し伸べられた手を握り、ミリーリアは共に夕食の準備をすることにした。


 (セッちゃんが私に料理の手伝いをお願いするなんて珍しいね。やっぱり私の意見が必要になるからかな?)


 セレイナが別の事に思考を割いているとは知らず、とりあえず何か手伝おうと考えるミリーリアであったが、野菜を切ろうと思った瞬間、後ろから抱きしめられる。


「ミ、ミリー。吸血鬼って流水がダメっていうじゃない? あの、ほら。いつも野菜を買ってるマリーさんのところのお店。あそこにトマトジュース売ってなかったかな? 吸血鬼ってトマトジュース飲みそうじゃない? ミリーってマリーさんとよく話してるじゃない? ちょっと行ってきて、どれくらいあるか聞いてきてくれないかな? 沢山おいてあるようなら何本かそのまま買ってきてほしいなーって……」

「んもー、しょーがないなぁ。じゃ、ちょっと行ってくるよ。まだ時間もあるし、そんなに慌てる必要なんてないと思うんだけどなあ」


 ミリーリアには使い魔の男から離れたくないという思いはあったが、液体繋がりということもあり、買い物を引き受ける。


 居間に戻り、シュルーケルに買出しに行く旨を伝え、ミリーリアは外へ出た。



 ◆

 


 (それにしても……んーー!!)


 先程の居間での出来事を思い出し、ミリーリアは顔が熱を帯びているのを自覚する。

 心地良い夕方の風が肌の熱を下げてくれるが、それでもまだ顔は熱い。


 (シュルーケルさんが止めたから飲まなかったのかな? それとも私は美味しくなさそうだったから?)

 

 空腹の吸血鬼が自分の血に興味を示さなかったことを不思議に思いながら、ミリーリアは普段から利用している青果店へ足を進める。


 (夜にでもコッソリ血をあげてみようかな……でもやっぱり恥ずかしいんだよね……)


 ミリーリアの葛藤は、青果店でトマトジュースを購入し、自宅に戻るまで続くのであった。

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