【ふた・よ――― 共寝、共撞く、 夜のまえ、】
夜は暗い。
夜天には三辰のうちの二つが揃うといえども、それは野外の話。邸内の灯りを消した部屋の中では、夜の内は暗いままだ。
暗闇の中、眠っている女の姿がある。先ほどまで浮かんでいた玉の汗は柔らかな肌触りの寝具に消えている。
夜目に強い竜族の眼が眠る女の寝顔を見つめていた。
空には異世界の扉があるという。
そこには、ヨーコさんの生まれたという世界があるのだというが、その世界への生き方を知るものはいない。
少なくともリアディの知る仲間では、いなかった。
あれは夏の盛りの頃。
邸のものたちを率いて、花を捧げに行った。
暑さに弱い子蛇たちは邸において、その世話をする女たちも必要人数だけおいて。
山を登った。
濃い緑の葉が幾重にも重なって、はっきりとした陰影を地に残す。
あれから木竜たちの力を借りて再生した小山の木々は、いまでは多くの木陰を旅人に提供するほどに賑っている。
風を吹かせる森のしめやかな息吹を感じるなか、二人の墓碑代わりの石に水を遣った。
「お久しぶりです。エンさま、ヨーコさん」
「………」
俺の言葉に続くように、持参した花をそっと傍らに置いたメイムが無言で礼をした。
手を合わせて、眼を閉じて。
心の中だけで会話を交わす。
それは心に棲む過去の人との語らいの時間だ。
懐かしい人に逢う。
そのために、リアディはいつもここへ参る。
気づけば、天の陽は傾いていた。
整えた墓碑を見まわした後 、帰路についた彼等は森の半ばで不思議に出会う。
なにかが、落ちて く る 。
―――― ・――― ・
「なんだ?」
「…っ、リアディさま!」
気づけば、皆がなにか落ち着かない感覚を訴えていた。
そして、頭上高くから落ちてくる存在の感覚。
高く伸びた木々の枝が折れ、葉が舞い、雫が舞った。
「集まれっ!」
【………!】
リアディを庇うメイム。
叫んだリアディ。
瞬時に蛇形へと姿を変えた、邸のモノたち。
「――くっ!!」
人が、落ちてきた。
それは何が及ぼしたものなのか。
指示もなく、合もなく、ただ彼等は集まった。
落ちてきた、彼女を護るために。
どんな身体感覚を持っているのか、当たり損ねれば死ぬしかないようなその環境で、娘は落下の衝撃緩和のためだけに周囲に乱立する樹の枝葉を利用した。
そして、その後。
一段、二段、三段と。
円を組んだ彼等の上へと、見事に少女は落下した。
つかの間の沈黙も消えた後、蛇族に囲まれたままの娘は呆けた顔で呟いた。
「………勢いよく滑ったにしては、ここはどこだ」
娘の両手には竹だろうもので作られた道具が一本。
【うわあああ、落人だあ】
【おおお、レアな。落ちる瞬間なんて滅多にみられねえぞ】
蛇形のまま、娘の下敷きになったこともものともせずに興奮して語りあうモノたち。
「…落、人?」
硬い表情のままだったメイムが、リアディを庇ったままで呟いた。
俺らが止める間もなく、娘はそのまま戦った。
見事な棒術だった。
護ってくれた蛇族たちの尽くを打倒した姿。
のちに語り継がれる竜族の落人、岩倉佳永の黒歴史がまさにそこにはあった。