第58話 流行性感冒
朝。
少女は。
今日も。
橋には来なかった。
……。
私は。
町を歩く。
……。
いや。
歩くというより。
漂う。
……。
身体はない。
……。
それでも。
少女を探していた。
……。
市場。
……。
人通りは。
昨日より少ない。
……。
店先では。
年配の女たちが。
小声で話していた。
……。
「また流行性感冒だって。」
……。
「向こう町でも。」
……。
「若い衆が三人。」
……。
「今年も終わりかねぇ。」
……。
笑いながら。
話している。
……。
笑っているのに。
誰も。
笑っていない。
……。
見えない恐怖が。
町を包んでいた。
……。
私は。
少女を見つけた。
……。
店先。
……。
野菜を。
じっと見つめている。
……。
買わない。
……。
買えない。
……。
少女は。
小さく頭を下げる。
……。
店主は。
困ったように笑う。
……。
「今日は駄目だ。」
……。
「うちも余裕がねぇ。」
……。
少女は。
「ごめんなさい。」
……。
そう言って。
歩き出した。
……。
怒られてはいない。
……。
でも。
謝ることに。
慣れているようだった。
……。
少女は。
空を見上げる。
……。
「おっかさん。」
……。
小さな声。
……。
「今日はね。」
……。
「お味噌の匂いがしたよ。」
……。
少しだけ。
笑う。
……。
「おっかさんのお味噌汁。」
……。
「美味しかったな。」
……。
返事はない。
……。
少女は。
返事を待たない。
……。
それが。
当たり前になっていた。
……。
路地へ入る。
……。
後ろから。
子どもたちの声。
……。
「あっ。」
……。
「あの子だ。」
……。
「また誰もいないのに。」
……。
「喋ってる。」
……。
「気味悪い。」
……。
小石が。
転がる。
……。
少女は。
振り返らない。
……。
歩く。
……。
ただ。
歩く。
……。
私は。
子どもたちを。
睨んだ。
……。
もちろん。
誰にも。
見えない。
……。
何も。
できない。
……。
少女だけが。
ぽつりと。
笑った。
……。
「大丈夫。」
……。
「あなたは。」
……。
「ちゃんと。」
……。
「いるから。」
……。
その言葉が。
私に向けられたものなのか。
……。
自分自身へ。
言い聞かせたものなのか。
……。
まだ。
わからなかった。




