第57話 約束の場所
朝。
私は。
また。
あの橋へ向かっていた。
……。
向かう。
という感覚も。
正しいのかは。
わからない。
……。
足はない。
……。
息も。
鼓動も。
ない。
……。
それでも。
私は。
ここへ来てしまう。
……。
理由は。
わからない。
……。
橋の下では。
川が。
静かに流れている。
……。
水面に映る。
空。
雲。
鳥。
……。
全部。
ゆっくりと。
流れていく。
……。
時間だけが。
前へ進む。
……。
私だけが。
そこから。
切り離されていた。
……。
町は。
今日も。
生きている。
……。
炭を運ぶ男。
……。
荷車を押す老人。
……。
豆腐屋の呼び声。
……。
遠くから。
鐘の音。
……。
路面電車が。
ゆっくりと。
町を横切っていく。
……。
世界には。
色がある。
……。
音がある。
……。
匂いがある。
……。
でも。
私は。
そのどれにも。
触れられない。
……。
炊きたての米。
……。
焼き魚。
……。
味噌汁。
……。
どこからか。
優しい香りが流れてくる。
……。
懐かしい。
……。
そう思った。
……。
でも。
私は。
その理由を。
知らない。
……。
橋のたもと。
……。
一人の少女が。
ゆっくり歩いてきた。
……。
昨日。
見かけた子。
……。
着物の袖は。
何度も。
繕われている。
……。
少しだけ。
大きな草履。
……。
歩くたびに。
小さく。
音を立てる。
……。
少女は。
橋の欄干に。
そっと手を置いた。
……。
川を見つめる。
……。
しばらく。
何も話さない。
……。
私も。
隣に立つ。
……。
もちろん。
届かない。
……。
見えない。
……。
聞こえない。
……。
そのはずだった。
……。
少女は。
小さく。
息を吐く。
……。
「今日は」
……。
少しだけ。
笑った。
……。
「いい天気だね」
……。
返事はできない。
……。
でも。
思わず。
頷いていた。
……。
風が吹く。
……。
少女の前髪が。
ふわりと揺れる。
……。
少女は。
少し驚いたように。
辺りを見回した。
……。
「……いる?」
……。
止まる。
……。
誰に。
話しかけているの。
……。
周りには。
誰もいない。
……。
少女は。
少しだけ。
寂しそうに笑う。
……。
「今日も」
……。
「来てくれたんだね」
……。
胸の奥で。
何かが。
静かに。
震えた。
……。
私のこと?
……。
そんなはず。
ない。
……。
私は。
ここには。
いない。
……。
誰にも。
見えない。
……。
そう思っていた。
……。
少女は。
橋の下を流れる川へ。
小石を。
ひとつ。
落とした。
……。
ぽちゃん。
……。
小さな波紋が。
広がる。
……。
「みんなはね」
……。
「ひとりで話してるって言うの」
……。
少しだけ。
俯く。
……。
「でも」
……。
「本当は」
……。
「ひとりじゃないよね」
……。
その言葉は。
誰へ向けられたものなのか。
……。
わからない。
……。
でも。
私は。
初めて。
この世界で。
必要とされた気がした。




