第56話 見えないあなた
朝。
今日も。
そこにいた。
……。
ここには。
朝がある。
……。
昼も。
夜も。
ある。
……。
でも。
私には。
昨日という感覚が。
少しだけ。
曖昧だった。
……。
世界だけが。
前へ進む。
……。
私は。
取り残される。
……。
そんな感覚。
……。
人は。
笑う。
……。
喧嘩する。
……。
恋をする。
……。
泣く。
……。
怒る。
……。
その一つ一つが。
あまりにも。
鮮やかだった。
……。
私は。
全部。
見えている。
……。
でも。
そのどれにも。
触れられない。
……。
市場。
……。
野菜を売る人。
……。
走る子ども。
……。
道端で。
将棋を指す老人。
……。
笑い声。
……。
風鈴。
……。
蝉。
……。
全部。
聞こえる。
……。
でも。
私の声だけは。
誰にも届かない。
……。
「ねえ」
……。
返事はない。
……。
「聞こえる?」
……。
誰も。
振り向かない。
……。
わかっていた。
……。
それでも。
話しかけてしまう。
……。
自分の声を。
忘れたくなかった。
……。
時間だけが。
過ぎていく。
……。
私は。
ここにいる。
……。
でも。
誰の記憶にも。
残らない。
……。
そんな気がした。
……。
歩いていると。
昨日の少女がいた。
……。
橋の欄干。
……。
川を見ている。
……。
私は。
少しだけ。
近づいた。
……。
どうせ。
見えない。
……。
そう思った。
……。
少女は。
静かに。
目を閉じる。
……。
風が吹く。
……。
その時。
少女の唇が。
小さく動いた。
……。
「今日も」
……。
少し間。
……。
「いる?」
……。
止まる。
……。
誰に。
話しかけたの?
……。
周りには。
誰もいない。
……。
少女は。
少しだけ。
微笑んだ。
……。
そして。
誰もいない空間へ。
ゆっくりと。
手を伸ばした。
……。
あと。
ほんの少し。
……。
届きそうで。
届かない。
……。
でも。
その指先は。
確かに。
私を見つけようとしていた。




