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第三十七話

 王都に来てから早一ヶ月、濃密な時間は感覚を狂わせる。


(前はあんなに長く感じたのにな……)


 師匠に拾われるまで復讐の炎を宿しながらも、鬱屈としているだけだった。

 王都にやってきたのも村の近くにいたくなかっただけ。

 スラム街で残飯を巡って殴り合いをする日々も今となっては懐かしい。


(そういえば、どうして師匠は俺を拾ったんだろうか)


 そもそも、根無草のあの人が王都に立ち寄った理由もわからない。

 旅をして五年近く、国周りには必要がなければ近づかなかった。

 指名手配が今も続いているかは知らないが、それよりも感情的な理由があると感じる。


(ただの研究者じゃなくて官職についていた、とか)


 慕われていたらしい変態は、やらかした中身からして相応の地位にいたと思われる。


(表向きは真っ当な魔物の研究をしてただろうしな)


 魔物の研究をするには資格が必要だ。少なくとも俺が知る限りでは。

 そして、資格を得るには学力だけでなく人柄も見られるらしい。……見てあれかよとはなるが、性癖など隠されたら中々わからないか。

 そういう意味では、学園関係者だと言われても驚かないし、血族や弟子がまだ残っていたとしても不思議ではない。


(時系列もわからないしな)


 一応、調べられる範囲では調べてみたが、参考になる情報はなかった。

 師匠の名前すら知らないのだから仕方がないのだが、村が壊滅した年すらわからないのは想定外だった。


(エレーナたちにもわからないってのがきな臭いよな)


 手紙が送られてきたので返事がてら聞いたのだが、詳しいことはわからないとのことだった。

 あの村はガーランド領ではないので記録がないのも無理はない。

 ただ、そう遠くないのだから騒ぎになっても不思議ではないはずだ。


(まあ、隠蔽されたんだろうな)


 研究者が事件の発端だと気づかれなかっただけならともかく、ガーランド家にすらろくに資料が残っていないのならほぼほぼ確定だ。


(一研究者に出来るか?)


 いくら偉大な研究者でも村一つ滅びた事件の記録を消せるのか。答えは否だ。

 知ってか知らずか手を貸した有力者がいる。


(領主か、あるいは……)


 窓の外を見る。

 遠くに映る王宮は、元々のそれよりはいくらかこじんまりとしているが、それでも豪華絢爛と言えよう。

 王族を始め、様々な人間の意思が蠢き合うある種の魔窟に答えはあるのか。


(まあ、俺には関係ないか)


 師匠の復讐はとうに終わっている。

 でなければ俺を導く暇もないだろう。

 一族郎党皆殺しにするのはやめたとも言っていた。

 仮に隠蔽に手を貸した誰かがいても、狙うのはそいつ一人だろう。


「手の掛かる弟子もいないしな」


 好きにやるだろうと死場所を探す先人を思う。


「…………」


 ただ、どうしてだろうか。

 去り行く背中が脳裏を掠める。

 チリチリと背中に嫌な感覚が走る。

 カタと金属の音に振り返ると、相棒が向きを変えていた。


「……抜く日は来ないさ」


 鞘に眠る刀身が鈍く光る……気がした。

 俺は俺とルナの平穏を乱す者を決して許さない。

 例えそれがーー、


(ーー師匠だとしても)


 青空に黒い雲がかかる。

 午後には雨が降りそうだ。


「兄さーん」


 ルナの呼ぶ声に、ふっと息を吐く。

 珍しくセンチメンタルになっていた。

 記憶にある師匠はいつも飄々としている。

 世界に取り残されたかのように薄く、けれども地に足はついていた。


(死ぬまで死ぬなよな)


 亡霊には亡霊の死に様がある。

 行き着いた先で眠るように終わるのだ。

 いずれ俺もそこに行くからと虚空に投げかけるのだった。


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