第三十六話
兄さん、兄さん、私の兄さん。
初めて自覚したのはいつだったろうか。
幼心は兄を取られたくないと暴れていた。
自然な笑みを浮かべ、妹の距離を保ちながらゆっくりと確実に他の女から遠ざける。
本人は無自覚だが、兄は眼光が鋭いところがあるものの容姿は整っており、サボりがちな頃からスタイルも良かった。
性格も昔はガキ大将ーーリーダーシップがあったので相応にモテたのだ。
(頭の悪い子が多くて大変だったなあ)
田舎は盛った子供が多いため、抜けている兄はさぞ美味しそうな獲物に見えただろう。
狭い社会だ。悪評はあっという間に広がり、兄の耳に入るだろう。
良い子を演じながら排除するのは苦労した。
(まあ、兄さんは私が大好きですから)
あくまで妹としてなのはわかっている。
変わる前も、変わった後も兄さんは兄さんのままだ。根っこは何も変わっていない。
(でも、何があったのかな)
ハーヴェル先生は時折未来が見えると言う。
疑っているわけではないが、随分と都合の良い話だなとは思った。
魔法は一種の超感覚であると先生は言うが、本当の意味で理解できたのは自身の死を悟った時だろう。
“逃げられない”漠然とそう思った。
(あー、死ぬんだなって)
いっそ兄さんを押し倒そうかとも思ったが、そんな傷の残し方では物足りなかった。
この先、未来永劫兄さんの心に残り続けるには……。
(きっと、復讐の道を歩むだろうね)
優しい優しい私の兄さん。
あなたは復讐を成し遂げるために心を捨てるでしょう。
口先でいくら吠えようと甘さは言葉を変えて残る。
だからこそ、自傷行為のように闇へと堕ちていく。
その冷たい瞳を見る日は叶わないけれど、亀裂の入った心の真ん中に私は居座るでしょう。
(ふふっ、全部妄想ですけどね)
心の中は自由だ。
どんなに人でなしな未来を描いても、口に出さなければないも当然。
(私は兄さんの横にいる)
ありがとう兄さん。
私を死の運命から救い出してくれたんだよね。
どうやってとかは聞かないよ、興味ないし。
でも、目を見ればわかる。私を一度失ったんだって。
その心には二人の私がいることを。
(許せない……)
他の誰がいようと構わない。中心に立つ日は永遠に来ないから。
他の誰と寝ようと構わない。戻ってくるのは私の元だから。
他の誰と歩こうが構わない。私は側を離れないから。
だからこそ私はーー。
(私だけは許さない)
ヒビの入った心の真ん中にいる私を、私は狙っている。




