第三十五話
授業も滞りなく終わり、帰路に着く。
「俺が入るとさ。ざわざわするんだよ。卯月シグレじゃないのかって」
従者の控室は異様な雰囲気だった。
怯え、戸惑う奴ら、武者震いを通り越してただ屈伸している奴ら、涙を流して女神に感謝する奴らなどなど、阿鼻叫喚の光景に口元を引き攣らせた。
「あいつ何をやらかしたんだ?」
「さ、さあ」
ルナは苦笑いを浮かべ、小首をかしげる。
部屋が違うのだから知らないのも無理はないだろう。
「あいつから何か聞いてないのか?」
「えーっと、特には……あ、ただ血はちょっとついてました、服に」
「流血沙汰か……」
顔を手で覆う。
何故、シグレはあそこまで血の気が多いのだろう。
人となりを知っているから断言するが、七対三でシグレが悪いだろう。
最悪、何故あなたがと話しかけただけで斬ったかもしれない。
「護衛としてはある意味信頼できるから任せたけど、失敗だったかなあ。ルナは何か言われなかったか?」
「ちょ、ちょっとだけ絡まれましたけど……今思えばシグレさんがどうたら言ってたような」
それもシグレさんが追い払ってくれましたけどと付け加える。
マッチポンプでしかなかった。
「決闘だけなら、まあ見過ごしてやっても良いが、絡むのは流石に許せないな。誰だ? 特徴を教えてくれ」
「な、何をする気なんですか?」
「お・は・な・し」
なに悪いようにはしないさ。
ただ、次はないと忠告するだけだ。
「やめてください……。これ以上、変な扱いをされるのは嫌です」
「そんなに嫌か、ルナ様って」
「嬉しがる人なんていませんよ」
(心当たりがあるんだけどなあ)
全力で貴族様をしている知人は間違いなく図に乗るだろう。
「まあ、俺も今日のようなリアクションを毎日取られたらムカつくしな。気持ちはわかるよ」
「ムカつくとは言ってないんですが」
「いっそボコって様付けはやめろってやるのも……」
「兄さん、わかってて言ってますよね? 恋人の真似事の件、許したわけではないんですよ」
「……すまん」
即座に白旗をあげる。
体内にゴーレムを飼わされるのは勘弁願いたい。
「そ、そうだ。ルナは破片を見て何か感じなかったか?」
思い出したついでに話を逸らす。
ルナはうーんと可愛らしく呟き、
「私はまだ解析とか出来ないんですが、あれが魔力を受付やすいのは感じました」
流石はルナだと感心する。
ハーヴェルの手解きはあったのだろうが、ほぼほぼ独学にも関わらず同学年の誰よりも優れている。
エレーナ曰く、優秀な生徒はカリキュラムを自分で組めるようになるらしいので、ルナもすぐにその立場になるだろう。
その代わり、一定の研究結果が必要になるとの話だが、そこら辺はハーヴェルが上手いこと導いてくれるだろう。
「それと……」
「それと?」
「……いえ、多分気のせいです」
口を真一文字に結ぶ。
この手のフレーズは幾度となく聞いたし、俺も言ったことがある。
「気のせいで良いから話してみてくれないか?」
大抵の場合、気のせいではないのだ。
特にルナのような勘の良いタイプは。
「……笑わないでくださいよ?」
「約束する」
「声が聞こえた気がするんです」
「声、か」
きな臭い話だ。
残骸から聞こえたのだから余計に。
「空耳だと思うんですけど、私に向かって助けてって何度も……」
金属の欠片が意思を持ってるわけもないのにとルナは嘆息する。
「いや、可能性はあるぞ」
「え?」
「あの欠片はロボットと呼ばれる巨兵の一部なんだが」
深碧の洞窟のくだりは大まかにしか話していないため、もちろんロボットについても金属の塊を斬ったとしか伝えていなかった。
「古代遺物ってのは大概そうだから気にしてなかったが、ゴーレムにしてはあまりに精巧すぎる」
ゴーレムとは、簡易的な動作しか記録できない。
リースの話ではマニュアルとオートがあるらしく、滑らかに動く場合は前者だと。
「現代技術で再現不可な神代の魔法……ではないのかもしれない」
金属に意思ーー魂があるのなら話は簡単だ。
「聞こえた声ってのははっきりしてたか?」
「いえ、助けてって言葉を繰り返してるだけに感じました」
「知能はそれほど高くないのかもな」
だとすれば、戦闘スタイルがシンプルなのも頷ける。
「……兄さん、本気で言ってるんですか?」
「俺はルナを信じてるからな。そう解釈した方が納得いくだろ?」
金属が意思を持つ。
先天的か後天的かは知らないが、否定する材料を俺は持ち合わせていない。
ありえないことなどありえない。
五年の旅で思い知るには十分だった。
「それに、別に間違ってたって良いしな。だったら、また違う道を考えるだけだ」
「研究者向きの思考ですね」
「世界の広さを知れば誰だってそうなる」
「兄さんは村にいて広さを知ったんですか?」
「そりゃな。ルナだって思い知っただろ?」
想像だにしない方向から日常が壊される。
約束された未来などないのだと。
(まあ、このルナは殺されたわけでもないし無理もないか)
「……あの人、死んだんですよね」
「遺体は塵になって消えたから証明は難しいな」
エルガーの分身体は魔力で構成されているため、死後塵となって消えてしまう。
今となっては俺とルナの記憶にしか、あの襲撃事件は残されていない。
ルナにとっては未遂でしかないのだが。
「あんなこと二度とないですよね?」
ルナの揺れる瞳は俺を心配してのものだった。
彼女が感じた嫌な予感も、俺の死を感じ取っての物だったと解釈されただろう。
ルナに自らの身を案じる気持ちはほぼない。
「俺にはな」
「俺には……」
「知っての通り、俺は随分と強くなった」
「…………はい。いつの間にか、私が知らない間に」
疑ってますよと目で訴えかけてくる。
とはいえ、話せることも話す理由もない。
「だから、早々に危険なことにはならない。逃げるだけなら女神からだって逃げてやるよ」
「どうしてそこで女神様が出るんですか」
「魔王だとリアリティがあるじゃん」
「そうですか?」
ルナのリアクションは鈍い。
魔王の脅威が民衆に認知されていない証拠だ。
実際、今の時点では復活していないので間違ってはいないが。
間もなく魔王は不完全か復活を遂げ、勇者が選定されるのだが、それもしばらくは知る由もない。
(四天王も暗躍する奴らばかりだしな)
武力による侵攻の担うのはいつだって脳筋な奴らだった。
そのせいもあって脅威と認識しない国も出てくるのだが、そこまで計算の上なら随分と腹が黒い。
(実際、ムエンがいなかったら敗北してただろうな)
ムエン率いる勇者パーティは各地で魔族の企みを看破していく。
魔王が名乗りを上げた時には、実は多くの国や街に先兵が潜り込んでいたのだ。
どんな収穫をしているのか、ムエンはそれを的確に炙り出していく……らしい。
俺が目撃したのはほんの一部なので伝聞でしかないのだが。
(的確に黒幕の懐に潜り込むんだよな)
どこで気づくのか、だからこ勇者なのか、ムエンのやり口はとても鮮やかだ。
時には未来すら見えているのではないかと言うぐらい手際よく解決する。
(……まさか、あいつも過去に戻ってたりな)
俺がただ一つの例外だと思うほど、お気楽な性格はしていない。
他にも未来を知る存在がいるかもしれないとはずっと疑っている。
(まあ、魔族側にいなければ良いんだけどな)
俺の不利益になることをしなければ好きにしてくれて構わない。
そのため、ムエンがどうであろうと正直どうでも良かった。
ただ、未来を知っているにしては非効率、または危険な道を歩く時も多々あるので可能性はあまり高くないと考えている。
(三回ぐらい死にかけてたしなあ)
仲間を庇って、罠にかかって、襲撃を受けて……知っているにしてはお粗末だ。
「まあまあ、それだけ自信あるってことだ」
「女神様から逃げる事態にはならないでくださいね」
「約束はしかねる」
もしルナが死ぬ未来を女神とやらが決めたとしたのなら、俺は決して受け入れないだろう。
「それはそれで何か安心しちゃいます。どうやっても死にそうにないので」
「死にたくても生き延びるだろうな、俺は……」
「兄さん?」
「……なんでもない」
手をぷらぷらと振り、視線を今はと向ける。
「だから、俺としてはルナの方が心配なんだよな」
「えー」
不満そうなルナは首を軽く横に振る。
「兄さんと違って私は無茶しませんから」
「いやいや、ちょっと目を離したらルナ様とか呼ばれてるじゃないか」
「そ、それは……」
「お転婆が過ぎないか? 村にいた頃はお淑やかで通ってたのに」
「それは兄さんが知らないだけで……それに今回だってやりたくてやったわけじゃ」
前半の話が気になるが、聞いても答えてくれない時の顔をしていたので諦める。
「理由なんて関係ない。どこから湧こうが結果が全てよ」
「むう」
「上手くかわすことができたのなら言い分も理解できるけどな。受けてちゃ世話ないぜ」
シグレの件もそうなのだが、流石にあれを制御しろと言うのはあまりにも酷だ。
「……兄さんの義妹ですから」
「はっはっは、わかってるじゃないか。結局、ルナも根は武闘派なんだよ。そりゃ、心配するだろ?」
「わかりましたけど、わかりたくありません」
唇を尖らせ、拗ねるルナの頭を乱暴に撫でる。
やめてくださいと逃げるルナに、
「だから、強くなるしかないよな。俺を安心させたいのなら」
俺がいなくてもルナは強く生きていける。そんな未来は酷く輝かしく見えた。
離れるつもりは微塵もないのだが。
「……言われなくても強くなるつもりです」
ルナは顔を背けたまま、ポツリと呟く。
「いつまでも守られるだけじゃ嫌ですから。それに……」
続きは言葉にされなかった。
流れからして俺を守りたい、だろうか。
嬉しくもあり、物悲しさを感じるから兄心は面倒くさい。
「じゃあ、頑張らないとな。お互いに」
ルナは俺の目をジッと見つめ、ゆっくりと頷くのだった。




