第三十四話
「エレーナから一報は受けてる。私からも感謝の言葉を送っておこう」
ありがとうと微笑むハーヴェルに手をひらひらと振る。
「仕事だからな。気にするな」
「兄さん、照れてます?」
「照れてない」
何年にも渡り、さまざまな依頼をこなしてきたのだ。
感謝されることも、恨まれることも、今更動じるものではない。
「功労者はエレーナだし、誓いの指輪の情報の出どころはあんただろ?」
「実在すら怪しい代物の話だ。私自身見つかるとは露とも思ってなかったさ」
ただあの子らには希望が必要だった。
人とは存外気持ちの生き物だ。
本人に意志がなければ助かる命も助かるまい。
ハーヴェルからすれば誓いの指輪は延命器具のような物だったのだろう。
「深碧の洞窟が発見された時は、流石に期待したがね。あいつらに何もなかったと告げる時は、年甲斐もなく逃げ出したくなったよ」
「そういえば調査隊にいたんだよな」
ふむと顎に手を置き、思考に耽る。
ルナやエレーナの話を信じるならハーヴェルは、学園どころか大陸で一、二を争う魔法使いだ。
「本当に何も見つけられなかったのか?」
「兄さん?」
「……それはどういう意味だ」
ハーヴェルの顔色が変わる。声にも怒気が含まれている。
「魔法に関しては素人だが、あれはそれ程の代物だったのかって話だ」
ハーヴェルを始め、有数な人材で構成された調査隊が全く気づかないとはとても思えなかった。
「なるほど確かに、恋人の真似事をしないと開かないってのは想像できなくても無理はない。人数制限もあるかもしれないしな」
「恋人な真似事……」
神妙な顔つきで呟くルナ。
しまった。あえて濁していた部分だったのに。
隣から感じる圧力を今は無視し、ハーヴェルの言動に注意する。
「俺からすればお前の作った魔法の方が優れてるけどな」
「ふん、はっきり言えば良いじゃないか。わざとわからないフリをしたんではないかってな」
「話が早くて助かるよ」
「…………」
気づけばルナの顔が真横にあり、真っ黒な虚空を映したような瞳でこちらを見ている。
そこそこシリアスな場面なのだが……見てみろハーヴェルも雰囲気に乗り切れず困惑しているではないか。
「で? 本当のところどうなんだ?」
「……当たらずとも遠からずだな」
ハーヴェルはルナのことは意識から外すことにしたようだ。
肩肘をつき、はーっとため息をつく。
「ただ言っておくが、確証が持てる程ではなかった」
詳しく調べる時間があれば別だったがなと続ける。
「含みのある言い方だな。まるて時間が限られていたようじゃないか。そんなに消耗してたのか?」
俺が潜った過去二回、いずれも調査隊が入り終えた後の話だ。
そのため、精鋭部隊が苦戦するほどには思えないが、例えばロボットのような特殊な個体がいたのかもしれない。
(まあ、可能性は低いだろうがな)
それならそれで深碧の洞窟は厳重管理されているだろう。
もし、俺がロボットの残骸を王族に渡したら、即座に封鎖されるはずだ。
危険なのはもちろん他者の手に渡るのは避けたいと考えるだろう。
「いや、むしろ調査はすこぶる快調だったと言えよう。理由はおそらく……」
「横槍があったか」
ハーヴェルは頷く。
建前上、調査隊は王家の命令で編成される。
しかし、実際の指揮系統は違う。
王にされるのは事後報告だけのことが多い。
「今の王は古代遺物に興味はないからな。調査を行った結果さえあればどうとでもなる」
「つまり、あの洞窟の価値を知っていた奴がいると」
「かもしれない。が、その割には行動が遅いのが気になる」
新規洞窟は珍しいので念のためと考えただけかもしれない……。
世の中、浅はかな動機が関わる話は多く、常に思惑が隠れているわけではない。
「よくある話か」
「もしかしたら、ただの嫌がらせの可能性すらある。何せ私がいたからな」
「嫌われてるのか?」
「むしろ、好かれてると思うか?」
全く思わないねと笑う。
ハーヴェルはどう見ても派閥に属するタイプではない。
優秀な一匹狼は目障りに思われるのが世の常である。
「でも、嫌がらせになるか? 調査は滞りなく終わったって扱いなんだろ?」
「特別な成果をあげられなければ満足するんだろ」
「そりゃまた志が低いのか、身の丈をわかってるのか、評価に困るな」
中途半端この上ない。だからこそ、防ぐことができないのだが。
「あの後も個人的な調査は許可が下りず、エレーナを行かせることも散々渋られた」
エレーナすら渋られたのなら嫌がらせの線は濃厚かもしれない。
結果として誓いの指輪は彼女の物になったので、ファインプレーと言うべきだろうか。
「今回はどうしてもってことで、あの子は家の名前を使ったらしい」
ガーランド家の名前で通るのも意思の弱さを感じる。
てっきり、あの依頼人の関係者が妨害していると思ったが……。
(だとしたら行動が遅いし、俺の考えすぎか)
ロボットの存在をどの程度まで把握していたのかは結局吐かせられなかった。
誓いの指輪は商人が手に入れていたし、深碧の洞窟関連は偶然も多く介入していそうだ。
「どうだ、信じてもらえたか?」
「まあ筋は通ってたんじゃないか? とりあえず事実として受け取っておく」
「疑り深い奴め」
ジト目で睨まれるが、気にすることはない。
信頼する程の繋がりはないが、信用しない理由も今のところはない。
俺とハーヴェルの関係性はそんなところだ。
きっと、彼女も俺に疑いを持っているだろう。
時折向けられる実験動物を見るような目は酷く冷たい。
「詫びじゃないが」
そう言ってロボットの一部とキエルクンの切れ端を机に乗せる。
「片方は最近流行りのステルススーツか」
流石というべきか、既に把握しているらしく興味を抱く様子はない。
「エレーナを狙った奴らが身に付けてた。コクサキ商会の新商品らしい」
コクサキ商会かとハーヴェルは苦い顔をする。
「あそこの若頭、相当なやり手らしいな。知り合いが何人も引っ掛かってる」
「会ったけど、あれはまともに相手をしちゃいけないタイプだな。死ぬ寸前でも顔色一つ変えなさそうだ」
「どうにも商人は苦手だ……」
「あれは例外だと思うけどな」
ふるふると力なく首を横に振る。
どうやら、苦い過去でもあるようだ。
「こっちはいいとして、問題はこの金属塊だな」
「人の形に酷似した金属の塊だ。誓いの指輪を守っていたらしく、襲ってきたからとりあえず斬ったんだが」
ハーヴェルは手の甲で軽く叩き、呆れたと言わんばかりに顔をしかめる。
「そんは軽いノリで斬って良い代物ではないだろうが」
「硬さより光線が厄介だった」
「光線? 魔法か?」
「いや……」
その時の状況を思い出す。
「どちらかと言えばブレスかな」
「金属の塊がブレスを?」
「口はなかったから目からな。光が強くなっていき、放たれるって感じだ」
「……目の部分ではないな。そっちはないのか?」
真っ赤に光る目は持ってきていない。
元々はハーヴェルに渡す予定だったが、先ほどの疑問が生じたため、腕の一部分だけを持ってきたのだ。
「真っ先に壊したんでね」
「それは……そうだな。残念だが仕方がない」
ハーヴェルは手際よく金属を調べていく。
魔法を使ったのか、サクリといきなり切断されたのには驚いた。
人の体など鎧ごと裂けそうだ。
(頼むからルナに教えないでくれよ……)
視線こそ机の上に向けられているが、陰鬱とした空気を纏っているルナを視界の端に収めながら心の中で祈る。
「ふむ……」
「何かわかったか?」
「いや、大したことはわかってない。現存する金属に該当する物はないことと、魔法に強い影響を受けることぐらいだな」
時間を考えるとむしろ賞賛すべき情報量だろう。
ハーヴェルの優秀さが垣間見える。
「ってことは魔法に弱いのか?」
「……逆だ」
「魔法に強いってことか。でも強く影響を受けるんだろ?」
「最初にかける魔法の効果が大きく影響し、その後の魔法には強い抵抗を示す。なるほど、ゴーレムとして使うならこれ程、都合の良い金属はない」
ゴーレムとは魔法で作る従者みたいな物であり、力量によっては精巧さも力量も目を見張るものがある。
「既存のゴーレムは優秀な魔法使いなら解くのは然程難しくない」
リースを思い出す。
確かに彼女はゴーレムに滅法強かった。
どうやら、機能そのものを奪い取ることができるようだ。
「その点、これを使えばそう易々とやられることはないだろう。もし、大量に発見されればゴーレム協会に激震が走るだろうな」
そんな協会があるのか。
「魔法のジャンルごとに協会はあるぞ。その中でも多岐に渡るが、まあ些末なことだ」
剣士で言う流派みたいなものだろうか。
魔法使いの探究心を舐めていたようだ。
「残りはまだ洞窟に?」
「復活しても面倒だから処理した」
「口惜しいが、下手な奴らの手に渡るよりはマシか」
正確には底なし沼からどうにかしてサルベージすれば良いのだが、洞窟の底なしの恐ろしさを知っていればないも同じだった。
「他には誰に話した」
「エレーナだけだな。これは見せてない」
「それは行幸。私の方でもっと詳しく調べてみるから口外しないでくれ」
「もちろん。後始末云々押し付けさせてもらうんだからな」
「私からすれば後始末どころか、ご褒美だがね」
「私にもお手伝いさせてください」
ルナが一瞬で雰囲気を戻し、ハーヴェルに頼み込む。
しかし、ハーヴェルの表情は苦い。
「……まずは私だけでやる予定だ。何があるかわからないしな。安全性が担保できたら手伝ってもおう」
「残念です……」
ルナはがっくりと肩を落とす。
それ程までに興味があったのかと感心していると、
「こうなったら独自の理論でゴーレムを作るしか……。解かれないためには、魔力の糸を複雑にすれば、いやそれだと強引に解除されたらおしまいだし……。いっそ兄さんの体内にゴーレムを生成すれば……」
その目的を察し、久しぶりに冷や汗を流すのだった。




