第三十二話
久方ぶりの王都は相も変わらず人で溢れていた。
平民街を抜け、貴族街にある我が家へ向かう。
(まあ、まだ一日も住んでないんだけどな)
譲り受けたその日に依頼に出たため、帰ってきた感は全くなかった。
改めて豪華な屋敷だなと確認し、視線を庭へと向ける。
積み上げられた魔物の山。血抜きなどはされているようだが、それでも多少は臭うだろう。
傷口から見るに半数はシグレのもので、もう半数は魔法によるものだ。
「まさかルナ?」
「はい、私です」
扉を開けてルナが疑問の答えと共に出てくる。
気配は感じていたが、ルナが俺に気づいていたことには驚いた。
独り言が聞かれていた件もだ。
「お帰りなさい、兄さん」
「ただいま、ルナ。それで……」
「ふふっ、気になるのもわかりますが、話は中でしませんか」
それもそうだなと中に入る。
部屋に荷物を置き、リビングへと足を運ぶ。
「グレン!」
リビングには剣の手入れをしているシグレがいた。
彼女は感極まった表情で抱きついてくる。
鍛えられた肉体は、それでもなお柔らかい感触を有していた。
「剣持ったまま抱きついてくるな」
そのせいで受け止めざるを得なかった。
シグレは肩に頭を擦り付けながら、うわんうわん泣いている。
「よくやってくれた! お前はお嬢様たちな恩人だ! やっぱり結婚しグヘっ!?」
「シグレさん、いい加減にしてください。兄さんが困っています」
ルナがシグレの襟首を思い切り後方に引っ張る。
ものの見事に首が締まるが、シグレは気合いで耐える。
しかし、魔法を使っているのか、ルナの力はその細腕からは信じられない程に強い。
踏ん張っている俺の足がジリジリと引き摺られていく。
見る見る顔色が悪くなっていくシグレ。顔が人様に見せられない様相を呈していく。
「いいから離せ」
「ぶへっ!」
流石にルナに殺人をさせるわけにもいかないため、シグレを雑に振り払う。
剣はルナとの攻防の間に床に落ちていたので心配する必要はない。
「ラナに会う前に死ぬつもりか?」
「ラナ……?」
ルナの目が黒く光る。
呼び名が似ているのが気に食わなかったのかもしれない。
「ラナってのはエレーナの妹でな」
「っ! 妹ですか……。むう、それなら仕方がありませんね」
何故か妹への判定が甘いルナ。
いや、俺も妹と聞くと多少気の持ちようは変わるが。
「そ、そうだった! 口惜しいが感謝のちゅーはまた今度するとしよう!」
「しなくて良い」
「死にたいんですか?」
戯言を吐くシグレは豪快に笑い、批判を吹き飛ばす。こいつ無敵か。
ルナもしばらく共にしたことで慣れたのか、呆れるだけで本当に手にかける気はないようだ。
「私は早速本家に向かう! 寂しいのはわかるが止めないでくれ!」
「はよ行け」
「兄さんと水入らずで過ごしますのでご自由に」
そもそも、ここはこいつの家ではない。
帰ってくる気はないよなと走り去る背中を眺めながら訝しむ。
「エレーナさんが帰ってくれば流石に……」
ルナも同じ疑問を抱いたのか、呟く。
「俺が怖いのはエレーナごとやって来ることだ」
そうなれば、いずれラナもやって来るはめになる。
「……随分と仲良くなったようですね」
「まあ、そこそこな。同じ妹を持つ身として話が合う部分もあったんだよ」
「…………ずるいです。それを言われたら何も言えません」
「ははっ、悪いな」
ルナの頭を軽く撫で、空白の日を埋めようと話を始める。
深碧の洞窟、誓いの指輪、そしてラナのことだ。
エレーナとの口付けのことやユンナとのあれこれについては伏せた。
機嫌を損ねるのは火を見るよりも明らかだからだ。
「大変、だったんですね……」
「これからも大変だろうけどな」
「でも、きっと大丈夫です。エレーナさん(お姉さん)と一緒なんですから」
何かあったら私たちも力を貸しますしねとルナは微笑む。
「そうならないことを祈るよ」
「もう素直じゃないんだから」
俺はそんなにお人好しではないのだが、ルナはどうも勘違いしているようだ。
「俺が無条件で助けるのはルナだけだ。他の奴らは二の次、三の次、気が向いたら力を貸してやっても良いって感じで」
「はいはい、言い訳がないと助けてあげないんですよね。そんな兄さんが好きですよ、私は」
「……全然嬉しくない」
苦い表情でコップの中身を飲み切る。
「おかわりいる?」
「次は濃いめで頼む」
「わかった」
ぺこぺこと軽い音を立てて去っていく蒼色の髪をした少女。
もちろん、俺たちの後ろに控えていたのだから気づいている。
飲み物のもお菓子も彼女が用意してくれたのだから。
エレーナが侍女を派遣してくれたのだろうとも考えた。
しかし、その容姿は知り合いに瓜二つだった。間違っても侍女などする奴ではない。
「……聞かないんですか?」
「何の話だ?」
自然体だったが、ルナも慣れ親しんでいるわけではないようだ。
俺がスルーしたことに不満げに頬を膨らませる。
「あの子のことですよ!」
「それより庭に積み重なった死体の山が気になるんだけど」
「あ、あれは、シグレの鍛錬に付き合ってたら大群に遭遇しただけで……放置してたらクレームが入ったので一先ず庭に置いてます」
明日にでも、ハーヴェルの管理下で処理をするらしい。
「おいおい、随分な話だな。魔物の大群を討伐したとか、むしろ感謝される話だろ。なのに、処理を押し付けるだなんて……斬るか」
「やめてください……」
俺の感想は至極真っ当な物だったにも関わらず、ルナは鎮痛な面持ちで止める。
「どうしたんだよ」
「はい、お茶。シグレが故郷の味だって言ってたやつ」
あとこれもと蒼髪の少女は、ピンク色のお菓子を追加する。
「お茶が苦いから合わせてみてって言ってたよ」
「どれどれ……うお、確かに苦いな」
「それと魔物の大群は彼女たちが引き寄せたから、むしろ温情だね」
「……王都付近にまで?」
「死者はいないよ」
返答になっていないが、一番大事なところだったのでホッと胸を撫で下ろす。
ルナは顔を背け、聞かないでくれとのオーラを出している。
「原因は?」
「シグレが鍛錬のためにと魔物寄せのお香を使った」
「はあ、あの馬鹿は……魔物寄せを使う時は人里離れた場所って決まってるだろ」
とはいえ、それだけで大群が引き寄せられるとは運が悪い。
王都近くとなれば生息地も個体数も限られているため、規模はどうしても小さくなるはずだが。
「加えて何を思ったか、ルナが魔法を加えて効能をアップさせた」
「ルナさん?」
「っ! し、知りません! 私は何も知りません!」
蒼髪の女に視線を向ける。
彼女は首を傾げ、
「確か、魔物寄せのお香が物珍しくて、解析した結果、効能アップできそうだからしたって」
「だ、だって、あれ程の規模になるはずじゃなかったんです!」
ある種、師匠の復讐相手と同じことをしていないか。
ルナの探究心が巻き起こした事件を聞き、目を覆う。
(本当に死者が出なくて良かった……)
好奇心といえばまだ聞こえが良い。
こんなことで復讐者を生み出していては、いくらなんでも虚しすぎる。
体を小さくしているルナをチラッと見る。
ビクッと体を震わし、怒らないでとますます小さくなる。
「……はあ、今後は軽はずみな行為は避けるように、いいな?」
「はい……」
「ルナは賢いからもう大丈夫だよな。運良く、被害は出なかったし、前向きに考えよう」
損害なく教訓を得られたのならむしろ行幸だ。
「怪我人は出たよ」
水を差してくる蒼髪女は無視し、ルナに優しく語りかける。
「シグレの影響を受けたんだよな。そもそも、あいつが魔物寄せを使わなかったら良かった話だし……そうだ、全てシグレのせいじゃん。つまりはガーランド家が悪い。文句は全てあそこに言ってくれ。ルナは何も悪くない」
「君は妹が関わるとポンコツになるタイプだね」
「黙れカナリンハ……あ、やべ」
蒼髪の少女ーーカナリンハの目が細まる。
「やはり、君は知ってるようだね。ふっ、使用人に扮した甲斐があった」
迂闊だったのは認めるが、使用人になる意味はなかった気がする。
(宿の人って聞いてたんですけど、やっぱり兄さんの知り合いだったんですね)
(……直接の知り合いじゃないんだけどな)
(つまり兄さんの間接的な知り合いと。……また女の子が増えましたね)
話を逸らすためにかルナが詰めてくる。
宿を出る時にカナリンハへの“お礼”を受付に渡しておいた。
そのため、いつか来るとは思っていたが、想像より早かったため現実から目を背けていたのだ。
(気ままに旅をしてるんじゃないのかよ……。今来られても困るんだが)
しかも、お礼のせいで不審がられている。
中身は何てことはない。彼女の好きな寒桜で作られたお守りだ。
たまたま見つけたので加工した物を、お礼兼まき餌とした。
「悪い。今は頼みたい用事はないから帰ってくれないか?」
「……もしかして、僕のことを可愛い使用人だとまだ思ってるの?」
流石、命がかかった状況でも保った外見だ。
随分と自信があるらしい。
胸を張っているが、残念ながらスタイルに乏しいため子供が背伸びしている感が抜けない。
だからといってシグレよりは遥かにしっかりしているのだが。
「(面倒くさいな)斬るか」
「っ!? な、なんで剣を抜く!」
「に、兄さん、流石に殺人は……。せめて、拘束して路上に放置しましょう」
「せめてじゃないよ!? ルナ、君とはこの数日で良好な関係を築いたはずだよね!」
「兄さんを出せと言うので使用人にしてあげた仲ですよね?」
力づくでと頬に手を当て、にっこりと笑う。
どうやら、俺と会う前に既に力に屈していたようだ。
「随分と魔法の扱いが上達したようだな」
「色々ありまして」
「……とある平民が貴族をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、最後には号泣させたって話が」
「光よ!」
「は、はひふぉふふ!」
ルナの魔法で拘束されるカナリンハ。
俺がいない僅かな期間でルナはとんでもないお転婆伝説を作っていたようだ。
シグレは何をしていたと言いたいところだが、どう考えてもノリノリだったに違いない。
ハーヴェルの庇護下にあり、エレーナが帰ってくればガーランド家の後ろ盾もつく。
大丈夫なはずと自分に言い聞かせる。
「このまま捨ててきますね」
そこらに捨てるのはあれなので蒼鳥の宿にとルナは家を出ていく。
一瞬、彼らの前でカナリンハをぞんざいに扱って良いのか心配になるが、モラル違反な行動をして説教されている姿を思い出し、まあ大丈夫だろうと背もたれに体重をかけるのだった。




