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第三十一話

「負けた負けた」


 師匠は大の字に寝転がり、あくびをする。心底どうでもよさそうだ。


「さあ、煮るなり焼くなり好きにしろ。あ、連れて行くのはおすすめしないぞ。何をするかわからないからな」


 そう言って笑う師匠の言葉に嘘はないだろう。

 自爆の一つぐらい涼しい顔でしそうだ。


「よっこらせ」


 師匠の横に腰を下ろす。

 ジロッと見られるが無視する。


「陰気な場所だな」

「廃村なんてそんなものだろ」

「理由は?」


 師匠はこれ見よがしげにため息を吐き、


「魔物に襲われたからだ。……表向きはな」

「誰かが魔物のせいにした?」


 いやと師匠は体を伸ばす。


「襲ったのは間違いなく魔物だ。痕跡からもわかるし、何より目撃者が複数いる」


 生き残りがいたため、魔物による被害だと認定された。


「元々、安全とは口が裂けても言えない土地だっだが、それにしても襲ってきた魔物の数が異常だった」


 師匠を始め、戦える者はそれなりにいたらしく、自分がいなくてもそう易々と遅れを取ることはない。

 それでも、あくまで不自然なだけだと師匠は言う。


「とはいえ、精々ここらの魔物を統率する魔族でも現れたかって疑ったぐらいだ」


 そいつをぶち殺すために一人、調査を続けた。


「そもそも、ここが襲われる前から魔物の生息地の変化は見られてた。広い規模でだ。まさか、人災だなんて夢にも思わなかったぜ」


 本当に馬鹿らしいと師匠は笑う。


「せめて大義の一つでも持っててくれよと願ったもんだね。だからって、あいつを皆を犠牲にする理由にはならない……ってな。もしくは情け容赦ない悪人か」


 どんな理由だったと思うと師匠は問いかける。

 俺は数秒程、考えて口を開く。


「趣味、とか?」

「あっはっはっは! 良い線言ってるぜ!」


 師匠は上半身を起こし、ニヤッと笑う。


「正解は……魔物に欲情したからだとさ」

「………………は?」

「ガキには早かったか? 性的対象って奴だ。変わってるだろ?」


 当然、人と魔物は見た目が似通っている者でも全く違う。


「小難しいことはわからないけどよ。魔物と番ために試行錯誤した結果、異常な個体が生まれて、そいつが群れやら生息地域が被る魔物に影響を与えたんだとよ」


 せめて、魔族なら見た目は人に近いからわかるのによと師匠はため息を吐く。


「俺が現れた時、そいつどうしてたと思う?」

「……いや」

「カリカリワーム、わかるか?」

「もちろん」


 どこにでもいると有名な魔物だ。

 土の中に生息し、食物の根などを食べるのでたまに駆除する必要がある。

 細長く、肌色で女性などは苦手な者が多い。


「あれをデカくしたヤツとやってた」

「………………頭が痛くなってきた」

「それは俺の台詞だ。長年探し求めた敵がこれだぞ?」


 自身に置き換えてみたら絶望感が酷かった。

 だからと言って許せるわけではないが、いくら何でも物には限度がある。


「なぶり殺したことすら虚しかった。世の中、無情にも程があるぜ、全く」


 そんな奴でもなと師匠は続ける。


「研究者としては偉大だったらしく、結構な人間に恨まれた。まあ、悪行を知らないんだから無理もないが」

「公表しなかったのか?」

「その時点で俺は既に悪人だったからな。復讐者にルールなんてゴミ以下だろ?」


 立場のある者を殺害した犯罪者。

 確かに理解されるわけがなかった。


「罰は俺が与えてやったから、別にそれ以上は求めてなかったしな」


 だからと言って捕まる気はなかったので今ここにいる。


「大義がある奴なら捕まっても良かったんだがな。流石に性癖ってのは癪だった」

「わかる」


 強く同意する。


「はー、墓場まで持って行くとばかり思ってたんだがな」


 師匠はスッキリした表情で笑う。

 この人の真っ当な笑みは見たことがなかった。


「どうしてだろうな。似た目をしてたからか? それとも手口が似てたからか? ……お前さんには心当たりはないか?」

「……さあな、死に間際で素直になりたくなったんじゃないか?」

「はっはっは! その可能性は十分あるな!」


 小僧、名前はと聞かれる。


「グレン」

「カッコ良い名前じゃないか。親御さんには感謝しろよ?」

「余計なお世話だ」


 師匠は健在なようで何よりだと背中を叩いてくる。相変わらず力加減が苦手な人だ。


「頼まれたか、恨みのある奴かと思ったが、どうにも違ったみたいだな。グレン、俺に何か用があったんじゃないか?」


 師匠の奥さんの墓にいたのだ。

 ここで何もないと言うのも変な話だろう。


「感謝でも恨みでもないが……そうだな」


 適切な言葉は何だろうかと考え、これだなと納得する。


「あんたを超えたかったんだ」

「俺を?」

「超えなければできない話がある。実際、過去について話してくれたろ?」

「おいおい、まるで俺のことを昔から知ってるみたいじゃないか。うーん、マジで見覚えないんだが」


 ヒントをくれないかと顎に手を当てながら言ってくる。

 俺は間抜けな姿に吹き出し、嫌だねと笑う。


「可愛くないなあ。師匠の育て方が悪かったんだな、絶対」

「くくくっ、そうかもな」

「なんだよ、その反応は……。あ、師匠か! その師匠が俺の知り合いなんだろ!? よしよし、心当たりは多くないからな。すぐに化けの皮を暴いてやるよ」


 絶対にわからない謎について、真剣に考える師匠の姿に笑いが止まらない。

 師匠の口から出てくる知り合いの名前は、もちろん正解なわけもなく、尽きるまで続くのだろう。


「かー! 本当に誰だよ! 生きてる知り合い自体少ないってのに!」

「いい加減諦めろよ。絶対にわからないって」

「黙れ黙れ……」


 師匠はぶつぶつと何かを呟く。

 師弟の時とは違う距離感は、違和感がありながらも新鮮で面白い。


「あーくそ……カナリンハ、なわけないよな」

「カナリンハ?」

「……お前、知ってるのか?」

「いや、俺は……それよりあんたこそ」


 二人して顔を見合わせる。

 師匠から出た名前はそれ程の訳あり人物だった。


(いや、ありえるか)


 一瞬、驚いたものの俺を誘ったのだから、師匠を誘っていても不思議ではない。

 師匠も同じ結論に達したのか、微妙な表情をしている。


「あいつからの刺客ってわけではないんだよな?」

「俺は断ったから。あんたもだろ?」

「まあな」


 カナリンハーー聖獣である蒼鳥の人としての名前だ。

 実際は総称であるため、他の蒼鳥も同じ名を名乗るらしいが、生憎他の個体には会ったことがない。


「宿とかには世話になってるけどよ」

(あんたもか……)


 流石は師弟。

 断っておきながらコネは使い倒すのが俺たちの流儀だ。


「お前の会ったカナリンハはどんな奴だ?」

「どんな奴って……蒼い髪に金色の目、身長は俺より頭一個分ぐらい低かったか、外見だけなら歳は近そうに見えたかな」

「やはりか、俺が会ったのとは違う奴だな」

「は? じゃあ、この国には二体もいるってのか?」

「まあ、見た目を変えるぐらいあいつらには朝飯前だが、どうにも気に入った見た目は変えないらしいからな」

(そういえば、あいつも……)


 思い出の中のカナリンハも特定の見た目に拘っていた。

 潜入に使えそうだと連れて行ったら、違う姿になるのは嫌だと駄々を捏ねるので困ったものだ。


(うるさいから放り投げたっけか)


 使えないなら帰れと言っても、頑なに帰らなかったので窓の外に投げたのだ。

 何階だったか覚えていないが、中身は鳥なので大丈夫だろう。実際、大丈夫だった。

 必死に窓枠を登ってきた時は、その根性に感服したものだ。


『はあ……はあ……はあ……き、君、何をしたのかわかってる?』

『黙れ。焼き鳥にされたくなかったら大人しく帰るか、役に立て』


 ……昔の俺は大層性格が悪かったようだ。

 あまり思い出すのもあれなので記憶に蓋をする。

 これで、気に入ったとスカウトしてくるのだからカナリンハも変わった奴だ。


「……グレン、女には優しくした方が良いぞ? 俺も身をもって知った」


 何かを察した師匠がアドバイスをくれる。

 どうやら尻に敷かれていたようだ。


「言われなくても優しくしてる」


 ルナからもお墨付きをもらっている。

 流石に妹とそれ以外では差をつけなければならないため、多少の距離は感じるかもしれないが。


「……刺されんようにな」

「そんな下手はうたない、安心しろ」

「いや、俺が言ってるのは……まあ、背後には気をつけろ」


 当然のことをやけに重々しく言う。


「さて、俺はそろそろ行くが、グレンはどうするつもりだ?」

「家に帰るよ。あまり開けすぎるのもあれだしな」

「そうか」


 師匠はズボンの埃を叩き落とし、歩き出す。


「二度と会うことはないかもしれないが……死ぬなよ」

「あんたもな」

「はははっ、俺はそろそろ死なせてくれ」


 大きな背中が震える。

 その表情は窺い知れない。


「グレン」


 師匠は足を止め、真面目なトーンで、


「どうして俺のやり方に合わせた。お前なら他にもっと確実な方法があっただろ?」

「……さっきも言っただろ。超えたかったって」


 今の俺であれば薄氷の勝利ではなく、確かな勝利を掴むことはできた。

 しかし、それは地力の差以上に情報の差が大きい。

 チャンスは再び訪れない。

 真正面からねじ伏せる道を俺は取った。


「俺が俺に自信を持って勝ったと誇るためにな」

「……けっ、生意気な小僧だ。お前なんか絶対に弟子にしたくないね」

「奇遇だな。俺もあんたを師匠にしたくはない」


 俺の師匠はただ一人。

 どれだけ同じ過去を持っていても、どれだけ生物学的に同じ人間でも、俺と積み重ねた時間だけは持っていないから。


「あばよ」

(ありがとう。そして、さようなら)


 踵を返す。二度と振り返ることはなかった。


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