第三十話
『見ての通り、体力不足なためまずは体づくりからです。待っていてくださいね、会いに行きますから』
そう言ってラナは笑顔で見送った。
根本的解決が成されたとはいえ、副作用までは消え去らない。
これからも大変なことは山ほどあるだろう。
(わざわざ、俺に恩返しなんてしなくて良いんだけどな)
何を思ったのか、エレーナ共々、俺に恩義を感じているらしい。
いくら言葉を尽くそうと“結果”しか見ない彼女らは聞く耳を持たなかった。
「グレン様」
竜車の御者を務めるユンナがちらりとこちらを見る。
「本当にここで良いのですか?」
寂れた街道に降りた俺に、ユンナが聞く。
エレーナもしばらく家に残るため、客は俺一人だった。
本来ならば王都まで送ってもらう予定だったのだが……。
『本来であれば、私自らグレン様の身の回りの世話をさせていただくところですが、旦那様の命もありまして……申し訳ありません』
何が本来であればか全くわからないが、危うくガーランド家きっての侍女を連れて帰るところだった。
そもそも、送りもいらないと断ったのだが、せめてそれぐらいはと三人に押し切られたのだ。
「この近くの村は廃村になっており、現在は誰も住んでおりませんが……」
一日も早く王都に帰りたい思いはあるが、ここまで来たからには足を伸ばしたいところがあった。
「廃村だから行くんでね」
「……お体にお気をつけください。お嬢様方も、もちろん私もグレン様の無事を祈っております」
ユンナは理解できないものの、口を出すことではないと判断したのか、恭しく頭を下げる。
どうにもユンナからの好感度も著しく上がっている気がしてならない。
表情にあまり出さないだけで二人のことを妹みたいに思っているのだろうか。
(まあ、シグレと違って面倒くさくないから良いか)
好感度が上がったが最後、全肯定で距離を詰めてくるシグレみたいなのはそうはいないだろう。
「ありがとう」
手のひらをぷるぷらさせ、気楽に返す。
すると、ユンナはすっと近寄り、耳元に唇を寄せると、
「必要とあればいつても呼んでください。朝でも、昼でも……もちろん夜でも」
艶かしい声が意味することは、つまりそういうことだ。
おいおいガーランド家はとんでもないなと呆れる。
「勘違いなさらないでください。私がご奉仕するのは過去にも未来にもグレン様お一人だけです」
(………………おう?)
意味がわからない。
今の言い振りだと、ガーランド家に対してはやってはいないようだ。
「グレン様はご存知にならないでしょうが、私とシグレは真逆の性格だとの評価を受けております」
「まあ?」
真逆かはともかく、護衛としてのラインをはみ出しまくりのシグレと違って真面目そうではある。
「ですが……」
ユンナは妖艶な笑みを浮かべ、
「趣味は存外似ているのです」
鋭い目つきは獲物を狩る目に似ている。
ユンナは指を俺の胸元を走らせ、
「浮気はお嬢様たちのみ許します。挙式はルナ様が一人前になってから行いましょう」
「……………………?」
「もし他の女に手を出すことがあれば……ふふっ、楽しい一日になりますね」
では行ってらっしゃいませと囁くユンナから逃げるようにして去る。
十分に離れてから振り返り、気配がないことを確認してから大きく息を吐く。
「話が飛躍しすぎてないか!?」
シグレの比ではなかった。
いや、あいつと一歩間違えれば危ないが、それでもトリガーが存在する。
ユンナにはそんな物はなく、気づけば脳内設定で完結していた。
やり合えば必ず俺が勝つ。
(……勝てるからってなんだよ)
時折、復讐者にしては俺って普通ではなかろうかと虚しくなる。
ナチュラルなイカれっぷりに気圧され、逃走一択とは情けない。
五年ぶりの敗走だった。もうユンナに会うのが怖い。
「浮気って……浮気ってなんだよ……」
これならシグレに言われた方がマシだった。
過去のことがある分、受け入れられた。
肩を落とし、とぼとぼと歩く。程なくして村に着く。鬱蒼としていて薄暗い。
それほど大きくない村の墓地へ向かい、名前を確認する。
(あんたの旦那には世話になった)
簡素な墓の下に眠るのは師匠の奥さんだった。
師匠は復讐の先輩でもあったのだ。
豪快に笑う彼からは復讐の香りは全くしなかったが、その口から語られる過去は重く、先が見えなかった俺の道標になってくれた。
「……やっぱり、来てないか」
奥さんに挨拶するのも目的の一つだったが、師匠が来てるのではとの期待もあった。
しかし、墓の汚れ具合から長らく顔を見せていないことがわかる。
『俺は俺のために生きてるだけだ。今も昔もな』
復讐など自己満足の塊だと言い切り、だからこそやり遂げるのだと語った男だった。
『その後も好きにしろ。死にたきゃ死ねば良い。生きたきゃ生きろ。どうでも良いなら……ただ歩け』
ただ歩いている中、拾ったのが俺だったという。
豪快に笑い、酒を飲み、いびきをかく。全て虚無でしかない。
「見ない顔だな」
男が立っていた。
黒いロングコートに帽子、サングラスまで黒とくれば夜の闇のようだ。
左右の腰には剣があり、懐には銃を仕込んでいる。
これでいて素手が一番強いとかいう化け物だ、師匠は。
「人様の墓になんの用だ。お前みたいなガキの知り合いなんぞいなかったはずだが?」
警戒心なく近づいてくる。
声もそうだが、大柄な男性に対する通常の警戒心が発揮されない。
師匠の在り方が、あまりに軽やかで希薄だからこそ懐を許してしまうのだ。
「お世話になった人の大事な人らしいんでな」
「ほう?」
師匠はくっくっくと笑う。
するりと横にやってき、墓にどこからか出した酒をかける。
「この下には何も眠ってないんだがな。死体なんぞ一片も残っちゃいなかった」
「じゃあ、どうして酒を?」
「俺の自己満足だ。好きだった酒が久しぶりに手に入ったから飲ませてやろうかってな」
お前も飲むかと突き出す。
酒は飲めなくてなと遠慮すると、何故だか愉快そうに笑う。
「酒に溺れてないとはやるな。そんな目をしときながらよ」
師匠は酒をぐびぐびと飲み、大きなゲップを出す。
「復讐か?」
軽く問われ、何て返したものかと悩む。
「……まあ、昔な」
結果、嘘をついてもなと本当のことを言う。
「中半端な返事だな。ちゃんとぶっ殺したんだろうな? 四肢をもぎ取り、内臓を引き裂き、頭部をおもちゃにしてやったか?」
「それは……あんたがやったことか?」
弟子をやっている時はついぞ聞けなかった。
自分の復讐だけ考えろと。
終わった後、会いに行きたかったが行方をくらましていた。
「かっかっか、ジジイの武勇伝だぞ? 聞きたくないだろ、そんなこと!」
「聞かせてくれ」
師匠は面食らった表情をし、すぐに呆れたようにため息を吐く。
「やめとけやめとけ。聞いたところで時間の無駄だ」
「やったんだろ? ボロクソに」
「まあな」
自己満足だからこそ徹底的に。
そんな余裕すらあったつまらない話だと語る。
「一族郎党皆殺しにするつもりだったが、飽きたからやめた」
俺も魔王や他の魔族まで滅ぼしてやろうとはならなかったので気持ちはわかる。
「角度を変えれば俺も略奪者だ。他の奴らにまで刃を振るう熱量はなかった」
お前もその口だろと師匠は俺の背中を叩く。
さらりとかわすと師匠は不満げに唇を突き出す。
「身のこなしの軽い奴だな」
「上手くやらないと死んでたんだよ。師匠が悪くてな」
「はっはっは、その師匠ってやらはとんだ奴だな」
あんたのことだよとは言えない。
ただ、短期間で力を手に入れるには必要な処置だった。
「まあ、復讐は孤独な旅だからな。一人でどうこうする力が必要だ」
「だな。感謝こそすれ恨みなんてないさ」
「そいつは良い。良好な師弟の関係ほど酒が不味くなるものもない」
ゆっくりと、だがはっきりと師匠は言った。
酒が不味くなると。
(来る……!)
相棒の刀身で弾丸を弾き飛ばす。
いつの間にか取り出した銃からは硝煙が上がっていた。
「なんだ、知ってたのか?」
「そんなロングコートを着てるんだ。警戒しろって言ってるようなもんだろ」
「そりゃ、道理だな」
師匠はポリポリと頬をかく、
「やれやれ面倒くさいのは嫌いなんだがな」
「奇遇だな、俺もだ」
舞う木の葉をブラフに銃声が三つ。
肩、足、脇腹を狙った攻撃は同時に放った短刀とぶつかり合う。
「くっ……!」
金属のぶつかり合う音が響く。
師匠の二刀を受け止めた相棒から軋む音がする。
「この、馬鹿力が!」
両の足で踏ん張り、押し返す。
師匠は綺麗なバク宙を決め、再び距離を取る。
音のない移動、空気を切る剣勢、そしてーー、
「雷よ」
雷撃一閃。
師匠が放った魔法を間一髪で避ける。
魔法が使えないからこその銃、そう思わせての不意打ちだ。
今の最速の攻撃は、事前に知らなかったら致命傷を負っていただろう。
「……随分と俺のことを調べたようだな」
師匠の顔色が変わる。
会話を受け付ける気配はないし、俺もそのつもりはない。
「殺す気で行くぞ。頼むから死なないでくれよな」
「ガキが……」
雷撃、銃弾、炎弾、銃弾、カマイタチ、一瞬にして繰り出された攻撃を掻い潜り、接近する。
「っ!」
飛び去る師匠に向け、“翔”を放つ。
「ちっ」
流石の勘の良さから直撃は避けるが、右肩から血が滴り落ちる。
「腕一本もらうつもりだったが、そう簡単にはいかないか」
「死なないでくれ……ふふっ、文字通りってわけか」
師匠がついで取り出したのは丸い玉だった。
叩きつけると煙がいったいを包む。
見たことがない手法だったため、反応が遅れる。
(気配が複数!?)
目が見えなくとも気配を読めばと考えたが、何のカラクリか複数存在した。
師匠に殺気はない。それどころか揺らぐこともない。
ダミーと本物を区別する手段が思いつかない。
(なら……)
相棒に魔力を通し、左足を軸に円回転する。
ーー巻。
字の通り風を巻き起こす。
研ぎ澄まされた斬撃は風の刃とかし、煙を吹き飛ばすと共に周囲の存在を切り刻む。
「……いない!?」
反射で頭を庇う。
次の瞬間、強烈な揺れが脳を揺さぶる。
意識が飛びかねない中、必死に足を動かす。
相棒を持つ手の握りを緩め、師匠の攻撃の衝撃に合わせて動く。
数秒程だったが、確かに生死の狭間にいた。
「……今のを凌ぐか」
息を整え、クリアになった視界の中央に収まる師匠は首を鳴らす。
「しかし、やけに既視感がある奴だな。……その動き、どこで習った」
「我流だ。まあ、色々とごちゃまぜにしただけだがね」
「俺のも似たようなもんだ。だからか?」
「さてな、あんたが納得する答えが真実だろ?」
違いないと師匠は目を細める。
師匠の引き出しは多いが、それでも決める時に使う技には限りがある。
(相変わらず、不気味な色をしてやがる)
薄汚れた刀身に炎が絡み、大剣へと変貌していく。
そう俺はこの人から大剣の使い方を学んだのだ。
ーー焔蛇。
地面に火の道が走る。
うねる軌道、肌を焼く灼熱、穿つ焔。
迫り来る一撃に対し、
ーー炎砕。
同じく焔を纏った相棒で受け止める。
「っ!?」
ーー徹。
力が拮抗したところに加えられた徹により、衝撃が師匠の体を貫く。
ぐはっと口から血を吐き、地面へと伏す。
燃え上がった炎路が静まり返る。
(師匠超え……なんて口が避けても言えないな)
全身を包む脱力感に溺れながら、それでもどこか晴々とした気持ちだった。




