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第二十九話

「あなたが……グレン様?」


 細く、弱々しい声。

 姉に似た美しい金色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。

 病床に伏せていたためだろうか、姉よりは幾分か幼く見える少女ーーラナミリア・ガーランドは物珍しげに俺の顔を見ている。


「ええ、彼がグレンよ。ラナを助けるために力を貸してくれたーー」

「ーーお姉様の恋人ですね」


 ぶっとエレーナが吹き出す。

 もし飲み物を飲んでいたら、さぞや綺麗な放物線を描いたことだろう。


「ち、違うわよっ!」

「あら、違いましたの? 私、てっきり……」

「ど、どうしてそんな勘違いを……!」

「だって、あのお姉様がそれはそれは楽しそうに、グレン様のことを語ってらっしゃいましたから」


 ころころと笑うラナミリアは、きっと勘違いなどしていないのだろう。

 彼女の笑みはある知り合いを連想させた。

 つまるところからかっているのだ。

 どうやら、ただの薄幸の少女ではないらしい。


「でしたら、グレン様、これを機にお姉様を貰ってはくれませんか?」

「ちょっ!?」

「妹の私が言うのもあれですが、贔屓目なしに優良物件かと思います。貴族あるあるの擦れた感じもなければ、才能故の高飛車でもない。ふふっ、あと私に似て美人ですよ?」


 自分で言うのかとはつっこまない。

 客観的にも二人の容姿は優れていると言っていい。下手に謙遜するよりはよほどやりやすい。


「諸々否定はしないが、遠慮しておくよ。俺にはもったいない」

「っ!?」

「そんなことありませんよ。グレン様なら姉をお任せできます。私、見る目には自信がありますので」

「申し訳ないが、節穴と言うしかないな」

「あら、酷いお方。お姉様を夜あれだけ泣かせながら」


 頬に手をやり、ため息を吐く。

 一つ一つの仕草もよくできていた。


「夜? 詳しく聞きたいな」

「ふふっ、それはですねーー」

「い、いい加減にしなさーい!」


 エレーナが噴火する。

 ラナミリアを捕まえ、その口を黙らせてやると優しく抱きしめる。


「随分と楽しげに回る口だこと! 塞いであげようかしら!?」

「お、お姉様、そんな大胆な……。グレン様ので前ですよ……」


 頬を染め、うっとりとするラナミリア。

 その意味を理解し、エレーナは慌てる。


「いつもやってるからと口が滑りましたね。ふふっ、恥ずかしい」

「ラ、ラナー! そんなことやってないでしょ!?」

「そんなこと?」


 ラナミリアの目が光る。網に獲物がかかったと。


「いつも添い寝してくれるじゃないですか。抱きしめてくれるのは嬉しいのですが、お姉様の胸元では口は塞がれてしまいます。私の減らず口を黙らせるには効果的かと思いましたが……」

「〜〜〜っ!?」

「お姉様、いったい何と勘違いしたのですか?」

「う、うるさいうるさいうるさーい!」


 会う前に想像していた姉妹の関係ではなかったが、仲が良さそうで何よりだ。

 じゃれ合いをのんびりと眺めていると、


「グレン様」

「ん?」

「この度は、私と、姉のために本当にありがとうございました」


 佇まいを直し、ラナミリアはゆっくりと頭を下げる。

 貴族のご令嬢が平民にと指摘する者はいない。

 ガーランド家の方針もあるだろうが、何よりラナミリアの凛とした在り方が指摘を躊躇わせる。


「依頼だからな。報酬は貰ってるから気にしないでくれ」

「では、姉もお付けします」

「だ、だから……!」

「足りないと言うのでしたら私もお付けいたしますよ?」


 小首を傾げ、さらりと提案してくる。

 ほら見ろ。エレーナが絶句しているではないか。


「両方、遠慮しておくよ」


 肩をすくめて、恐れ多いしなと返す。

 エレーナは微妙な顔をしている。

 素っ気なくされたらされたでプライドが傷つくのだろう。


「……まあ」


 宿でのエレーナとの会話を思い出し、苦笑しつつ、


「必要があったら貰う……ってか奪うさ」

「グ、グレンっ!?」


 エレーナが声を張り上げる。

 言ったのはお前だろうがと視線を向けると、エレーナは顔を真っ赤にして顔を背けた。


(何を照れてるんだ、こいつは)


 呆れているとラナミリアは手を合わせ、ニコニコと嬉しそうにする。


「まあ、二人の間には絆があるのですね」

「絆っていうか呪いだな、エレーナ曰く」

「ふふっ、更に素敵です」


 やはり姉妹は似ているのか尚のこと嬉しそうだ。

 呪いよりは絆の方が聞こえが良いのに、不思議な感性をしている。


「私とお姉様の間にも絆……もとい呪いがありまして」


 そう言って指につけている誓いの指輪を見せつける。

 エレーナの指輪にも嵌めてあった。


「指輪を通してお姉様の想いが流れ込んでくるのです。私を思う気持ち、お父様やお母様、お兄様たちを思う気持ち。それと、もちろんグレン様をお慕いする気持ちです」

「ラ、ラナ……」


 エレーナはいよいよ半泣きになる。

 いじめすぎたとラナミリアも口元を抑える。


「そこはシグレとかユンナにしてやってくれ」

「お二人への感謝の思いも当然届いてますよ」


 ユンナに向けてラナミリアが言う。


「勿体なきお言葉です」


 ユンナは冷戦に頭を下げる。

 しかし、上げた顔には僅かに緩みがあった。嬉しいようだ。

 主従関係が良好なのは、二人の彼女への接し方で見て取れた。


「できればグレン様にもこの思いを感じていただきたいのですが……」


 ラナミリアは指輪を取ろうとして、ビクともしないことを披露する。

 やはり、呪いの道具のようなものであったか。

 強力な道具は得てしてデメリットもあるものだ。

 二人に後悔している雰囲気はないので、特に問題はないだろうが。


「取れないのです」

「だから呪いか」

「いえ、指輪がなくても双子で生まれたあの瞬間から私たちの間には呪いがあります」


 さらりと言い放つ。

 ラナミリアの虚弱体質の原因らしいが、彼女の言い振りにはそれ以上の意味があるように感じられた。


(まあ、首を突っ込むのもあれか)


 ガーランド家に関することかもしれないので、深くは聞かない。

 また縁があれば絡む未来もあるだろう。


「ただ取れないだけです……とは言い難く」


 はあとしおらしげに息を吐く。

 艶があるのは意図してか。


「グレン様、指輪はどの指に?」

「指? ……薬指だな」


 見やすいように手を上げていたのですぐに答える。

 一応、エレーナの方も見る。同じく薬指だ。


「これでは婚約者を探すことができないのです!」


 突如、ラナミリアが大きなこえをあげる。

 あくまで彼女にしてはであり、先ほどのエレーナの怒声に比べれば耳に優しい。


「わかりますか?」

「まあ、体面は悪いよな」


 これから婚約者を探そうにも、指輪の件は少なからず懸念点にはなるだろう。

 流石にもう一つはめるわけにもいくまい。


(そもそも呪いの道具だからな。はめたら死ぬとかありそう……)


 下手したら他の人と結婚式を挙げるだけで死ぬかもしれない。


「ラナミリアは結婚願望があるのか?」

「ラナとお呼びください」

「遠慮しとく」

「ラナとお呼びください」

「大丈夫」

「ラナとお呼びください」

「結構だ」

「結婚だ?」


 まあと嘘くさく驚くラナミリア。

 この手合いは面倒だと諦める。


「はあ……ラナは結婚願望があるのか?」

「ありますよ。生まれてこの方、ベッドの上にいる時間の方が長いですから」


 家族も常には一緒にいられない。

 だからラナは本を好んだ。

 歴史書や学術本もだか、娯楽小説も沢山目を通したという。


「颯爽と現れる白馬の騎士様を夢見ていました。……現実はお姉様に引きずられて来ましたけど」


 どうやら俺のことを言っているらしい。

 ちゃんと自分の足で歩いて来たのだが。


「渋っていたところをお姉様に連れて来られてたのでは?」

「よくわかったな」


 エレーナに聞いたのかと問うが、そんな時間がなかったのは俺もわかっていた。


「グレン様の人となりは昨日お姉様から聞きましたし、今し方、お話させていただいたことで何となくわかりましたので」

「それはそれは……」


 本当に賢い娘だ。

 ガルシアとはまた違った厄介さを秘めている。


「現実は小説のようにはいきません。だからこそ憧れるのです。ですが、幸いにも私には騎士様が現れてくれました。白馬にこそ乗ってはいませんがね」

「どちらかと言うとエレーナの方が騎士じゃないか?」


 助けようとしたのも、助けたのもエレーナだ。

 功績はあるが、俺一人なら深碧の洞窟に行きもしなかった。


「ふふっ、お姉様も騎士がお似合いになりますが。私の言う騎士は……私たち姉妹を救ってくれる方です」


 ね、お姉様とエレーナに同意を促す。

 エレーナはおずおずと頷く。


「子供の頃から、二人でずっと祈っていたのです」

「……私たちを助けてくれる白馬の騎士を」

「ですが、いくら願っても騎士は現れません」

「だから私がラナを助けないとって」

「お姉様だけでは誓いの指輪は取ってこれませんでした。……もしかしたら、死んでいたか、それに近い代償を払うはめになっていたかもしれません」

「…………でも、グレンがいてくれた」


 たまたま、俺だっただけだ。ルナの兄である俺が。

 実力さえあれば、エレーナと近づく理由があれば。


「そんな風に言ってもらってもな。俺にしか成し遂げられないモノではなかった」

「机上の空論です」


 ラナはぴしゃりと俺の言葉を切る。


「あなたがいなければ、私たちは救われていません。……ハーヴェル様は私の未来はわからないとおっしゃられました」


 薄々勘づいていました、未来がないのだととラナは目を伏せる。

 そういえば、ハーヴェルが主治医だったなと思いだし、ルナの件が脳裏に浮かぶ。

 未来が見えないため、何もわからない。

 ハーヴェルは時折見えると言うが、もしかしたら必ず見えているのかもしれない。存在する未来であれば。

 それが何年後、何十年後かわからないため、確信をもたらす何かにはならないが。


(実際、ラナは死んだはずだ)


 俺の知っているエレーナからするに、ラナミリアは助けられなかった。

 よしんば生きていたとしても、今のように元気にはいられなかったのだろう。

 それこそ、コクサキ商会から得た薬を使って生きながらえたのかもしれない。


「死ぬのは怖くありませんでした。ただ……ただ、お姉様がどうなるのか、それだけが怖かったのです」

「ラナ……」


 エレーナが優しくラナを抱きしめる。


「私も怖かった。未来を諦めた……ううん、未来から見放されたラナを見てるのが」

「お姉様……」

「運命を神を憎んだわ。でも、その前にやれることがあるから、やれることをやりきった先に何もなければ、私もって……」


 やはり、ラナは俺と似ているのだろう。

 ただ、守るためと復讐するため、その違いが決定的な差を生み出していた。


(そりゃ、エレーナに説教されるわけだな)


 守る道を歩む先輩だ。

 後輩である俺の情けない態度に喝を入れるのも当然だろう。

 二人の寄り添う形に、頭ではな納得するものの、心は付いてこない。


(自分で思ってるよりイカれてたんだな)


 人として正常な在り方を見失った己は、真似事を続けるしかないのだろう。

 ルナを守るために。


「グレン様」


 ラナは立ち上がり、辿々しい足取りで俺へとちかづいてくる。

 エレーナはその体を支え、共にやってくる。


「私たち姉妹は、グレン様に一生のご恩があります。どうかーー」

「ーー私たちの手を取って」


 伸ばされた手は有無を言わさずに俺の手を取るのだった。


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