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第二十八話

「どうして来ないのよ!?」


 部屋でのんびりしているとエレーナが怒鳴り込んでくる。

 鍵はかけていたはずだがと不思議に思っていると、後ろに控える侍女が一仕事終えた顔をしていた。御者をしていた彼女だ。

 どうやら、一癖ある人物らしい。


「良かったな、上手くいって」

「何で知ってるのよ!」

「知ったから行かなかったんだよ」


 当たり前だろと言うとエレーナのこめかみに青筋がはいる。

 どうやら、怒っているようだ。


「あ、そうそう、依頼主はもう死んでるらしいから安心して良いぞ」

「死んでるらしいから……じゃないのわよ! まずは生存報告でしょ!?」

「見たらわかるじゃん」

「幽霊かもしれないでしょ!」


 そんな無茶苦茶なと呆れているとエレーナが胸に頭突きをかましてくる。

 そして、頭を抑えて苦しげにうめく。


「な、なんでそんなに固いのよ……」

「鍛えたからな」


 魔法使いの頭如き逆に砕ける。


「はあ、心配してたのがアホらしいわ」

「あの程度の奴らに俺が負けるとでも思ってたのか?」

「ごめんなさいね。あなたみたいに気配なんてわからないのよ。当然、力の差だってね」


 得てして魔法使いはこの手の読みが苦手だ。


「まあいいわ。減らず口も相変わらず、ピンピンしてるもの」


 それでとエレーナは立ち上がり、手を伸ばしてくる。

 意図がわからず見つめていると、


「行くわよ」

「どこに?」

「もちろん家に」

「何故?」

「あなたを紹介するから」

「誰に?」

「家族」

「どうして?」

「私たちの命の恩人だから」

(面倒くさい……)


 誓いの指輪の成功をもって依頼は完了した。

 報酬も妥当だと納得しているため、アフターサービスをする気にはなれない。


「俺はいいよ。家族水入らずで楽しんでくれ」

「……嫌そうね」

「嫌だからな。面倒くさい。お偉いさん相手とか、仮に無礼講だって言われても気をつかえってなるだろ」


 俺はそんな空気に反抗したくなるのだと胸を張る。


「公爵家を怒らせるだけの結果になる。ほら、行く意味なんてないだろ?」


 お前もお礼のつもりならそっとしておいてくれと本音をぶつける。

 俺の言い分を一通り聞いた後、エレーナは納得した素ぶりを見せ、


「じゃあ、ラナにだけ会ってあげて」

「ラナ? ……ああ、妹さんか」

「……まさか、忘れてたとか言わないでしょうね?」

「名前をな。覚える気なかったし」


 会う機会もないだろうしと忘却の彼方に放っていた。

 エレーナは口元を引き攣らせる。


「あなたは命の恩人だもの。一言、お礼を言いたいって気持ちぐらい汲んでくれても良いでしょ?」

「気持ちだけ受け取っておくって言いたいところだが……」


 脳裏にルナが浮かぶ。

 未来を取り戻した妹がと姉に言われたら断れない。


「ラナだけだからな。他の家族に会わせようとしたら屋敷を斬るからな」

「やめてよね、冗談でも……」

「俺の剣は軽いぞ」


 エレーナは絶対に約束は守るわと強く頷く。

 俺の本気が伝わったようで嬉しい。


「ユンナ、馬車を裏口に回してくれる?」

「かしこまりました」


 侍女ーーユンナは軽やかな足取りで階段をくだっていく。

 単純な強さはシグレの方が上だろうが、色々と小細工が上手そうな護衛だ。


「彼女は色々と優秀だから私付きってわけにはいかなかったのよ」


 俺の視線に気づいたのか、エレーナが語る。


「お父様もお兄様も、もちろんラナもユンナにはお世話になってるわ。今回は私のわがままに付き合ってもらったけど、このまま残ることになるでしょうね」


 シグレは御者はまだしも根回しとかは苦手だからと苦笑する。


(根回し……そんなことをしていたのか)


 誰に、何を、どのようにして……何もかも想像がつかなかった。

 エレーナの振る舞いから当たり前なのがわかる。

 やはり、貴族とは面倒くさい。


「ルナも大変だな……」

「どうしたのよ、いきなり」

「いや、貴族相手ってのは斬る殺すだけで済まないだろ?」

「斬る殺すで済む相手の方が少ないけど……まあ、その通りね。権力を振りかざす相手ならまだしも、じわじわと外堀を埋めてくる輩は厄介極まりないわ」


 だからこそ、その手のタイプは学園の生徒である限りは安全だと言う。


「囲い込んではくるけどね」


 優秀な人材であれば、先んじて確保に走る家もあるだろうとエレーナは言う。


「中には愛人にって下衆もいるわ」


 見目麗しい平民の生徒や地位の低い貴族は、好色家に狙われるのが常。

 もちろん男女問わずだ。


「ルナはどちらでもあるから心配するのも当然だわ。まあ、先生が後ろ盾になるからある程度は大丈夫だけど」


 相手の地位次第では流石のハーヴェルも守りきれなくなる。


「…………」

「物騒なこと考えてるでしょ?」

「まあ? 指名手配はされるだろうな」


 当然とばかりに言うとエレーナは俺の頭をぽんぽんと叩く。


「頑張りすぎよ、お兄ちゃん」

「別に。……ただ、ルナに陽の当たらない生活を送らせるのは忍びない」


 両親はこの際、諦めてもらおう。

 勘当したとか知恵を働かせてほしい。


(流石に国を相手取るよりは、他国に逃げた方が無難か)


 知り合いはもういないが、使える情報はいくつか持っている。

 暮らしていく分には問題ないだろう。


「……時々するわね、その目」

「目?」

「全てを諦めたような悲しい目」

「諦めるどころか生きる気満々なんだが?」

「悲しくて寂しい、孤独な目よ」


 どうやら、エレーナは俺の返事は聞いていないらしい。

 彼女の言う目は昔の俺がしていた目だろう。今の俺ではない。


「ルナは生きてる」


 だから、そんな目をする理由がない。


「そうだ、生きてる。ルナが生きてる限り、俺が絶望することない。全てを殺す、壊す、消す……。諦めることはありえない神を敵に回してでも俺はルナを守る」


 それが俺の原点だ。魂のあり方だ。

 あの日、全てを奪われた日に誓った。


「…………グレンはルナを守りたいのよね」


 エレーナがゆっくりと問う。

 当たり前の問いに答えはせず、ただ睨む。


「じゃあ、どうして私を使おうとしないの?」


 エレーナの言葉が理解できなかった。


「私はエレミナリア・ガーランド、公爵家の娘よ。利用価値は大いにあるはず」

「それ、は……」

「神を敵に回すぐらいなら私を懐柔して、ガーランド家を手に入れるぐらいの気概を見せなさいよ」

「…………」


 ぐうの音も出なかった。

 刹那的な未来を想像しながらエレーナをどうこうするなど考えもしなかった。


「わかるわ。これでも公爵家の娘だもの。人を見る目は養ってきたつもりよ」

「で?」

「グレンは使える物は何でも使ってやるって考えてる」


 その通りだ。


「でも、結局自分の腕しか頼れない。何故だかわかる?」

「………いや」


 エレーナは指を二本立てる。


「一つ、臆病だから」

「っ!」

「斬る方が楽だから、考える必要もなければ悩む必要もない」


 不意を突かれた感覚が全てだろう。

 エレーナの言葉は正しかった。

 覚悟を口にしながら楽な方に逃げていく。

 復讐の道では通じた言い訳は、守る道では使えない。


「もう一つは……壊したいんでしょ、全部。それこそルナすら」

「………………は?」


 何を言っているか理解するまでに時間がかかった。


「自覚はないのね」

「あるわけ、ないだろ。そもそも……!」


 百歩譲って全部壊したいのは理解できる。

 ただ、そこにルナが入っているわけがない。

 全部だとしてもルナだけは別だ。


「まあ、私の目が曇ってるだけかもしれないけど……グレン、あなたは酷く不自由に見える時があるわ」


 まるでサイズの合っていない箱に無理やり押し込んでいるみたい。


「黙れ」

「人は我慢を強いられる生き物だけど、しすぎも体に毒よ」

「聞こえなかったのか? 殺すぞ」

「わざわざ言葉にするタイプじゃないでしょ。脅しにすらならないわ」


 何故、このエレーナがこんなに目障りなのだ。

 頭の中でガンガンと音が響く。

 思考を、感情をかき乱す。


(……いや、もっと前から)


 音は鳴っていた。

 きっと、始まりはエルガーを殺したあの瞬間。


『死ぬつもり?』


 月明かりの下、雑な作りの墓標の前、ムエンと言葉をかわした。


『この世に未練はない』

『借りはあるでしょ。死ぬ前に精算してよ』

『……何をしろって?』

『魔王を殺しにいく。盾ぐらいにはなれるでしょ』


 きっと縋るような言葉だったら俺は止まらなかっただろう。

 ムエンの吐いて捨てるような台詞だからこそ、俺はもう一度剣を取った。


(俺の人生はもう終わっているはずなのに……)


 終わりのその先が続いている。

 過去が未来に変わっていく。


(俺は何のために生きてるんだ)


 ルナの笑顔が鮮明に浮かぶ。

 そうかと納得する。

 終わりの先に来てからルナと離れたのは初めてなのだ。


「ルナがいなければ飛んでいける……」


 そこでルナが待っているはずだった。


「でも、飛んでいってはダメよ」


 エレーナが俺の声をかき消す。


「あなたは兄なのだから」


 私が姉であるように。

 説得もくそもあったものではない。

 ただ、ただただその通りだった。


「これは呪いよ。ルナが……そして私がかける。同じ妹を持つ身として、命をかけると誓った同志としてあなたが逃げることは許さない」


 あなたが逃げるのなら殺してでも止めてあげるとエレーナは笑った。

 酷く酷く綺麗な顔、残酷なほど美しい。


「だからこそ、少しでも楽に生きれるように頑張りなさい。合わない箱だって創意工夫次第で快適になったりするかもよ?」

「……善処する」


 鈍い音をあげる心に楔が一つ刺さるのだった。


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