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第二十七話

 街行く人々の注目の的になっていた。

 どうしたことかと視線の行方を追うと、どっぷりと血を吸い込んだ服が目につく。

 そういえば、洞窟探索だったため、汚れ避けの外装を纏っていなかった。

 流石にこのままガーランド家に向かうわけにも行かず、宿に直行する。

 酒場と併設されたそこは流石手慣れているだけあって驚く様子もなく、部屋へと通される。


「桶はあそこ、水浴びは共同だけど洗うのは体だけにしとくれ」


 洗濯も手慣れたものだ。さっさと終わらせ、血を流す。

 幸い、天気は良いものの乾くまでは時間がかかる。

 昼時なのもあって腹は適度に空いている。

 酒場へと繰り出し、看板メニューに舌鼓を打つ。


「ここ、空いとる?」


 癖のあるイントネーション、甘ったるい香り。

 店内には空席があるにも関わらず、目の前に座った眼鏡の男に内心ため息を吐く。


(まあ、この展開は読めた)


 深い緑色の髪に琥珀色の眼はどことなく猫を連想させた。


「僕、ガナルって言うんや。コクサキ商会の若頭って言った方が通りが良いやけど、威を借る狐って感じで好きじゃないんよね。ほら、哀れやん?」

(相変わらず、このパターンか)


 目の前にいる男ーーガルシア・ダドルは、人懐っこい笑みを浮かべているが、見る人が見ればその奥に隠れている本性に気づくだろう。


(俺はものの見事に騙されたけどな)


 ガナルという若頭は、こいつが好んで使う設定の一つだ。

 ガルシアこそコクサキ商会を一代で大きくしたボスであり、複数の顔を使い分ける厄介な男だ。


「あっそ」


 腹の探り合いで勝てる相手ではない。

 相手にしないのが一番の対策だ。


「はっはっは、お兄さんは随分と豪胆なようやなあ。器用に生きなしんどいよ」

「ご忠告痛みいる」

「一転素直! でも、もうちょい愛想良くした方がええで? 嘘やって丸わかりや」


 よくもまあペラペラと心にもないことを口にする。

 それなりに仕事をこなしたが、結局ガルシアの本心に触れたことはなかった。


「お兄さんははよ本題に入れってタイプやね。了解了解」


 ガルシアは懐から袋を取り出し、机に置いた。

 何の真似だと目で訴える。


「ちゃうちゃう。仕事の依頼やあらへん。これは、“手間賃”や」

(あいつらを追ってたのか)


 ガルシアが現れた理由に勘づく。

 下手人は簡単に口を割った。嘘の情報とも知らず。

 今回の一件だけとはとても思えない。


「お兄さん、えろー強いんやな。僕らがアホ追ってきたらびっくり、死体しかないんやもん。それも、見るも無惨な形でや、なあ?」

「命を狙われたんだ。やりすぎでも何でもないだろ」

「せやな! お兄さんの言う通りや! あいつらは金のために人を殺す下衆、いくら苦しもうが誰も悲しまん」


 気に入ったわと袋を一つ足す。


「ええから! もらっときな! お金はいくらあっても足らへんやろ? 年頃の妹さんがおるんやから」


 相棒がガルシアの首に触れていた。

 しかし、顔色ひとつ変えない。


(こいつが知っててもおかしくないが、激怒しないのもおかしいからな)


 ガーランド家の次男坊に関わっているのだ。

 エレーナのことは調査済みだろう。

 となれば俺たちの素性もある程度把握しているはずだ。

 だからこそ、俺は殺す気で当たらないといけない。


「死にたいのか」

「死にたくあらへんよ。死んだら全部しまいやないか」


 過去聞いたことのある台詞。

 気の合わない彼だったが、唯一共感できた。


「なら、言葉は選ぶことだな。護衛が動くより先にお前の頭が落ちるぞ」

「せやろな。でも、グレン君はせん。ルナちゃんの将来のために……せやろ?」


 ゆっくりと相棒を引く……ど同時に食べ終わった骨を投げる。

 完全に虚を突かれたにも関わらず、ガルシアに一切の動揺は見られなかった。


「……あのアホ共が」


 笑顔を貼り付けたまま、ガルシアは愚痴をこぼす。


「見事なもんやな。緊張と弛緩、バレてもーたか」

「想像より多くてびっくりしたよ」


 店内に蔓延る部下を探るための行為だったが、驚くことに全員がそうだった。


「酒場の店主までとは恐れ入った。転職した方が良いんじゃないか?」

「伝えとくわ」

「依頼主は?」

「サグルネスって奴や。まあ、もうこの世におらへんけど。殺し屋言うても道理があるのを知らんかったんやな」

「無知は時に大罪だからな」


 聞き覚えのない名前だったが、ガルシアの口ぶりからするに知る必要もなくなったらしい。

 殺し屋と聞けば無法者を想像するし、実際に合っているのだが、何でもありなわけではない。

 サグルネスとやらは一線を超え、粛清されてしまったようだ。


「それと……」


 真後ろの虚空にナイフを突き立てる。

 肉に突き刺さる感覚、ナイフを伝って血が流れ出でる。


「あいつらも使ってたけど、これはなんだ?」


 足を透かし、地べたに這いつくばらせると姿を現した。

 苦悶の表情の浮かべているが、声は一切漏らさない。


「随分と気配に敏感なんやな。まるで戦場で生まれ育ったみたいや」

「質問してるの俺だ」


 真っ直ぐガルシアの目を見据える。

 すると、ガルシアはあかんあかんと天を仰ぎ、ため息を吐く。


「君、あかんよ。商売する相手やない。こっちが損しかしないわ」

「なら、おしゃべりはやめて答えを寄越すことだな」

「はいはい」


 ガルシアは肩をすくめ、指を鳴らす。


「新商品の“キエルくん”や。見ての通り、姿を消すことができるで」

「欠点は?」

「そこ聞いてまう? 聞くわな……はあ、ろくに動けへんことやな」


 ガルシア曰く、日常動作程度でも透明化は解除されてしまうらしい。


「森とか空間の色の割合によっては、もう少し粘れるんやけどな」


 嘘はないと判断する。

 ガルシアは商品の説明をする時に嘘はつかない。言わないことがあるだけだ。

 彼の信念なため、信用できるだろう。


「それを補ってあまりある性能だな。暗殺し放題だ」

「そう簡単に行かへんのが現実の辛いところや。良いところのお家は魔法的仕掛けがまずある。キエルくんは繊細やからあっさり壊れてしまうんや」


 まあ、聞かれへんからお客さんには言わへんけどと悪びれもぜず言い放つ。


「そして、狙われる側に言うわけか。こんな道具が出回ってる。良い物があるんだけど買いませんかって」


 胡散臭い奴らではあるが、商売に関して嘘はつかない。

 どちらの客も怪しみつつも取引を行うだろう。


「はっはっは、グレン君には敵わないわ! ええやろ、これはサービスや! 持っていき!」


 そう言ってキエルくんを寄越す。


「欠点はあるけど、使い方次第や。……君ならどない使う?」


 まずは欠点は改良できないかと調べるだろう。

 仮にできないとしても、俺のような輩には使い方はある。

 ただ、なくても成し遂げることができた。


「生憎、アホなもんでな。……こうするしか思いつかないよ」


 斬り捨てる。

 バラバラになったキエルくんを見下ろし、ガルシアはうんうんと頷く。


「まあ、君ならそうやろな。やれることはやり遂げるタイプ。隠れる奴はな、所詮はその程度の覚悟なんや。君とは違う」

「随分褒めてくれるんだな。お前の部下も使ってたって言うのに」

「僕らは覚悟のないただの商人やからな。君とは生きてる世界が違うんや」


 生と死の狭間とか怖くてよう渡れへんわとガルシアは呟く。


「若」


 部下の一人がガルシアに耳打ちする。

 聞き終わるとガルシアは膝を叩いた。


「おめでとう!」

「はあ?」

「かー、商売上がったりや! あんな仕入れてしもうて、ボスにどない言い訳しろ言うんや!」


 頭を掻きむしる演技まで入れ、ガルシアは苦悩を表現する。

 ピンとこず、ただただ眺めていると、


「可哀想なお姫様は鳥籠から無事出られたらしいで。君の大切な友人もとりあえず元気そうや」


 そこまで言われてエレーナの件だと気づく。

 次男を介して高額な薬品を売りつけようとしていたのだろう。


「坊ちゃんも気ままな生活継続や。まあ、そっちの方が向いてるやろ」


 坊ちゃんとは次男のことだろう。


「次男はどういう腹づもりだったんだ?」


 ふと疑問に思ったことが口につく。

 ガルシアは立ち上がり、部下に撤収するように指示を出す。


「坊ちゃんは……せやなあ、まあ拗ねてるだけのボンボンやな」

「そうか」


 野心家だったり、性根が悪かったりするわけではないのは朗報か。

 ガルシアの言い振りだと操りやすそうでもある。


「加えてヒーロー願望もあれば、悲劇のヒロイン気分でもあって、結局のところ愛されたいだけのホンマしょーもない男やわ」


 坊ちゃんがガーランド家で発言力を手に入れてくれたら楽やったのにと笑う。


「まあまあ、ご縁がなかったってことや。商売相手はまだまだいる。頑張って損失埋めるわ」


 ガルシアは背を向け、扉に向かって歩き出す。

 そして、扉に手をかけたところで、


「どうして僕がボスだとわかったん?」

「…………」

「動揺なし。あかんで、カマにはある程度ひっかからんと」


 ひらひらと手を振り、去っていった。

 誰もいなくなった酒場の中ではーっと息を吐く。


「本当、食えない奴だ」



◇◇◇


「……ボス、良いんですか?」

「何がや」

「あんなガキに舐められたままで」

「肩の恨み晴らしたいだけやろ、ボケ」


 真意を見透かされ、部下はぐうの音も出ない。

 ガルシアは大袈裟にため息を吐く。


「僕らは何や? 言ってみ」

「コ、コクサキ商会です」

「せやな。商会や、つまり商人や。お前がやりたいことは犯罪やろが。あかんで、真っ当に生きな」


 ガルシアの言葉は何も間違っていないが、肩を刺された部下だけでなく、話を聞いていた全員が腑に落ちない表情をする。


「それにな、グレン君に手を出すのはおすすめせんで。……最悪、皆殺しや」

「っ!?」


 部下の顔色が変わる。

 腕っぷしに自信がある彼は、年下の子供に見下されたことが許せなかっただけで、その先は一切想像していなかった。


「僕らが死ぬかは五分五分やな。止めた言うても結果が全てって輩やからな」

「そ、そんな危険な奴なのですか?」


 部下の声は震えていた。

 ガルシアは腕を組み、悩ましげに唸る。


「危険、危険なのは確かやけど……あら、壊れてるんや」

「こ、壊れてる?」

「何があったか知らんが、一度壊れて奇跡的に戻った風に見えるだけや。目を見たらわかる。沈んだ人間特有のドス黒い光を宿してたで?」


 部下はごくりと喉を鳴らす。

 ただの子供だと思っていた相手が、想像だにしない存在に思えてきたからだ。


「まあ、出すにしても本人にしとき。間違っても妹さんには手を出さんように。ええな? お前らもや」


 部下たちは口々に返事をする。

 ガルシアの見解の正確さを誰よりも知っているのは彼らだった。


「あ、報復しに行くならちゃんと辞表だしてからにしてや。グレン君にも伝えてからやり合ってな」


 そうすれば僕らは大丈夫やと快活に笑う。

 部下は肩の痛みなどすっかりと忘れ、しませんよと情けない声を出すのだった。


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