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第二十六話

 妙にスキンシップが激しかったエレーナも実家が近づくにつれて大人しくなる。

 その顔には緊張感が漂っており、彼女の内心を現していた。

 誓いの指輪が全てを解決してくれる……探している間は、そう信じて疑わなかっただろう。

 しかし、いざ手に入れてしまえば結果が出る。

 否が応でも最悪のケースが脳裏をよぎってしまう。


「……グレン」


 いつもの様に向かいではなく、横に座っていたエレーナが俺の手を握る。かすかに震えていた。


「大丈夫よね? ラナは助かるの、よね?」


 すがる様な眼差しを俺は受け止めない。


「さあな」

「さあなって……」


 ショックでも受けたのだろう。

 エレーナの声はか細い。


「なる様にしかならない。前向きに考えても、後ろ向きに考えても結果は変わらないからな」

「……そう、よね」


 探す前なら前向きな言葉もかけられるが、結果をその目にしに行く時にかける優しい言葉は持ち合わせていない。

 当然、嘘ならつけるが、今のエレーナに仮初の言葉は吐きたくなかった。


「ハーヴェルを信じるしかないな。あいつのことは信じてるんだろ?」


 この間の話を聞く限り、二人の付き合いは長い。

 俺からすれば情けない姿ばかりが印象に残っているが、エレーナにとっては信頼できる存在なはずだ。


「そうね……」


 エレーナの顔色が少し良くなる。


「だらしないし、子供っぽいし、たまに本気でイラつくけど」


 ボロクソだった。


「だけど、先生以上の魔法使いはいない。それこそ、大賢者ルヴェルト様よりも」


 聞いている人によっては、とんでもないことになる発言。

 彼女ら(魔法使い)にとって、これ以上にない言葉だった。


「信じる。信じてる」


 でもねとエレーナは遠い目で何かを思う。

 ラナミリアを見ているのだろうか。


「グレンには申し訳ないけど、こんなあっさり解決するのかなって……」

(なるほどな)


 言いたいことは理解できた。

 彼女の言う程、あっさりではないのだろうが、当人とっては終わりが見えてしまうと疑ってしまうのだ。


(エルガーを殺した時も、本当に死んだのかって一週間は疑ってたな)


 しばらくの間は、近くの洞窟で日々を過ごし、エルガーがどこからか生えてくるのではないかと調べていた。

 ムエンたちが来てくれなかったら日数はもっと長くなっていただろう。


(エレーナの場合はわかりやすいけどな)


 ラナミリアの体調が良くなればそれで解決なのだから。


(……いや、違うか)


 良くなったとしても一過性なのではないか、ロウソクの最後の輝きなのではないだろうか、危険な副作用があるのではないか……心から安心できる日はすぐには来ないだろう。


「不安は尽きないだろうな」


 意識して考えない様にしなければ。


「俺もルナがいつも心配だ。……命を狙われたことがあったからな」

「っ!?」


 エレーナが絶句する。

 ハーヴェルは薄々察しているようだったが、憶測では話していないようだ。


「幸い、俺がいたから事なきを得たが」

「だ、大丈夫なの!? そんな、どうして私の護衛を……!」


 パニックになるエレーナを落ち着かせる。


「大丈夫だ。首は取ったからもう心配はない」


 あくまで分身体でしかないが、エレーナを無用に不安にさせる理由もない。

 エレーナはほっと胸を撫で下ろす。


「それなら良いんだけど……」

「流石に今も狙われてるなら離れないさ」


 ただと続ける。


「また同じことがあるんじゃないかって不安になることがある」

「グレン……」

「もし俺がいなかったら、ルナを助けられなかったらって」


 過去に何度吐いた言葉、胸をしめつけた言葉だろうか。

 いたところで一緒に死ぬ未来しかなかったとはいえ、そばに居られなかった後悔ほど辛いことはない。


「だからって、ルナを鳥籠の鳥にするわけにもいかないだろ?」


 大事だからといって自由を奪っては意味がない。

 ルナの輝かしい未来が欲しかったのだから。


「エレーナもさ、同じなんだろ?」


 仔細は違うが、大きな感情の流れは同じもののはず。

 証拠にエレーナは深く頷く。


「だから、良いんだよ。心配しても、不安になっても、だって俺らはあいつらを守るために生まれてきたんだから。その上で明るい未来を願い、横を歩いていく」

「……ええ」

「エレーナの場合はまず上手くいくかどうかだけどな」


 湿っぽくなったので話を現実に戻す。

 エレーナはガバッと顔を上げ、信じられないこいつと言わんばかりの表情を向ける。


「そこに話戻す!? 先生を信じるってことで終わったでしょ!」

「俺は信じてないからなあ。上手くいかなかったらどうしたものかって悩んじゃうなあ」

「こ、この……!」


 本気で怒りそうな気配がしたので白旗を上げる。


「まあ、その時はまた違う方法を考えようや。ハーヴェルも、ルナも、シグレも捕まえてさ」

「グレン……」

「乗りかかった船だ。最後まで付き合うさ。護衛は任せておけ。何せ、俺は最強の剣士……といずれ呼ばれる男だ」


 きな臭いツテ……は今では途切れているが、情報は持っている。

 少なくともコクサキ商会よりは使えるだろう。


「…………」


 エレーナは目尻に涙を溜める。

 唇をきゅっと硬く結び、感情を堪えていた。


「……グレンは、よくわからない」


 エレーナが感情の代わりにとポツリと零す。


「優しいのか、意地悪なのか、どうでもいいのか、興味があるのか」

「どの俺もいるんだよ」


 そうねとエレーナは笑う。


「ずっとグチャグチャだった」


 父も、母も、兄も、妹も。

 エレーナは全てに心を砕いてきた。

 知らず知らずの内に心は疲弊し、前を向くことで見ないフリをしていたのだと言う。


(……相変わらず、俺は人を見る目がないな)


 自嘲する。

 師匠を始め、多くの人に指摘された欠点は彼女相手にも発揮されていたようだ。

 妹が死んでいないからエレーナはまだ走り出していない。

 確かに間違ってはいないのだろう。

 ただ、あくまで決定的な要因に足るだけだった。


(もう戻れなかったのか)


 速度が変わっただけでエレーナに戻る選択肢はなかった。

 過去を置き去りにしなければ歩けない。

 彼女が俺にやたらと干渉してきた訳を今となってわかる。


(似てたんだな、俺たち)


 違ったのは俺の終わりは未だ遠く、エレーナの終わりは消え失せたことだけ。


「よく、頑張ったな」


 エレーナを労る。

 本音から言葉だ。

 過去の彼女に送れなかった分、“終わり”ではなく、“始まり”を迎えられるエレーナに。

 先に始まりを迎えた先輩として。


「本当に……本当に……」


 気の利いた言葉は口から出てこない。

 ただただ、精一杯の感情を込めて。

 自然とエレーナの体は俺に預けられる。

 胸元に入り込んだ彼女の髪を、背中を優しく撫でながら何度も言葉を繰り返す。


「助けに行こう」


 ーー妹(自分)を。


 まもなく、ガーランド家の領地に入る。

 ……肌に刺さる殺気に感情が冷え込む。


「エレーナ」

「何が」


 俺の雰囲気が変わったことに気づき、エレーナは即座に臨戦態勢に入る。

 察しの良い彼女に口元を緩めつつ、気配を探る。


「刺客だ。数は八、強さはまあまあってところか」


 この距離で気取られるのだから刺客としても半端な腕だろう。

 あくまで、俺を狙ってくれたらの話だが。


「刺客……!」


 どうしてと叫ばないのは流石は公爵家令嬢だろう。


「スピードは上がるか?」

「既に全力です」


 侍女に確認をとり、扉を開ける。


「狙撃が怖い。防衛には俺が当たる。エレーナは中で大人しくしてろ」


 エレーナは何か言いたげだったが、飲み込んで素直に従う。良いクライアントだ。


「状況次第で降りて迎撃する。その時は、俺のことは気にせず行ってくれ。領地に入れば戦力はあるだろ?」

「了解です」


 エレーナが選んで連れてきただけあって、侍女も理解が早い。

 領地を目前に襲ってきたのはここで張っていたからと考えるのが妥当だろう。


(エレーナが洞窟に向かったことを知る奴が?)


 王都にいるエレーナが帰ってくることは普通に考えて想定できない。

 彼女が誓いの指輪を手に入れた際を除き。


(だとしても、誓いの指輪は眉唾ものだ。調査団が見つけられなかった以上、エレーナが手に入れられると考えるのは不自然)


 洞窟での出来事を見られていた。そう考えるのが妥当だろうか。


(俺に気取られず?)


 なら、その時、不意をついて殺せば良いだけ。

 それとも、監視の目は何かの魔法や道具で殺傷能力はなかった?


(たまたまって可能性があるのが面倒くさいな)


 竜車を利用するのは金持ちだけだ。

 ただの強盗の線も捨てきれない。


「まあ、そこに関しては捕らえれば良いだけか」


 ーー通。


 飛来してきた炎、水、雷を斬り裂く。

 想定通り遠距離の手段を持っているようだ。

 威力は上々、良い装備でも使っているのだろう。


「…………」


 左から飛びかかってきた刺客の首を落とし、胴体を逆側に放り投げる。

 全身を黒い服に包み、顔も目以外は隠していた。

 典型的な刺客のスタイルだ。


(偶然路線は消えたか?)


 次々と襲いかかる魔法に対応しつつ、隙を窺う接近戦の刺客を殺していく。

 やっとこさ力量差を理解し、侍女を狙う者も現れるが全て範囲内なため労せず対応する。


「冷静でいてくれて助かる」

「仕事柄慣れてますから」


 表情一つ変えない侍女と軽口を叩く。

 エレーナは険しい表情をしているが不安は感じていないようだ。


「で?」


 わざと見せた隙にまんまと引っかかった刺客の首を掴む。


「依頼主は誰だ?」


 刺客はこいつと魔法使いの三人だけになっていた。

 不利は悟っているだろうに、逃げないのだからちゃんとした相手がいるのだろう。


「だ、誰がああああああっ!」


 腕を一本斬り落とす。

 

「で?」

「が、はっ……は、ははは」


 もう一本。


「ぐああああああっ!」


 飛んできた炎を刺客の背中で受け止める。

 肉のただれた嫌な匂いが鼻につく。


「じわじわ死ぬのがお好みか?」

「……あ、悪魔が」


 眼光には力があった。

 自白を促すのがあまり上手くない俺の手には負えない。

 どうしたものかと舌打ちする。


「領地に入ります」

「先に行ってくれ」

「グレン!?」

「依頼主を吐かせる。任せとけ」


 エレーナに告げ、竜車から飛び降りる。

 魔法使いの三人は姿を見せない。

 姿を消す魔法か、それとも道具か。

 実力の割に竜車の速度についてきたことからも、相当良い道具を持っているようだ。


「う……あ……」


 両の足も斬り落とされ、ダルマになった刺客がか細い声でうめく。

 丁度良いサイズのそれをーー。


「ほーらよ!」


 真っ直ぐ、放り投げる。

 目標は魔法使いが居そうな茂み。


「ぐあっ!」


 ビンゴ。一人に直撃したようだ。

 あくまで姿を消すだけでいなくなるわけではない。

 魔法を使ってこないことからも、消せるのはあくまで自身の体(と身につけている物)のみなのだろう。

 音も消せないとなると逃げる術すらない。


「もしかして」


 獰猛な笑みを浮かべている自覚がある。

 獲物を狩る時の捕食者の笑みだとよく評された。


「剣士は遠距離攻撃ができないと思ったか?」


 ーー翔。


 鋭く尖った斬撃が振った先に飛んでいく。

 茂みを、木を、潜む人影をも一刀両断する。

 血飛沫がまった先にいたのは、頭部が輝かしい中年男性。

 胴体は見当たらないところから道具は胴体に仕込まれているようだ。


(しまった。これだと逆に探しづらい)


 死んでしまえば当然気配もない。居場所に心当たりがつかなくなる。

 ダルマをぶつけた奴も気絶したか、最悪死んでいるためーー。


「お前しかいないな」

「なっ!?」


 距離を詰め、虚空を掴む。

 今の内にと逃げようとしていたのだ。


「見えなくてもバレバレなんだよ」


 ナイフをかわし、腹に一撃を入れる。

 接近戦を知らない奴の攻撃など目を瞑っていてもかわせる。

 当然、見えなくても問題はない。


「げほげほ……!」


 咳き込む男の体を皮一枚残して斬り刻む。

 浮かび上がったのは派手な髪色が目立つ青年だった。


「姿を消すのは服の効果か」


 服の切れ端を拾い、懐にしまう。

 青年は必死に呼吸を整え、畏怖の眼差しで俺を見てくる。


「さて、楽しい楽しい質問タイムだ。苦しい思いをしたくなかったら素直に答えることだな」


 接近戦を仕掛けてきた奴らとは違い、慣れていない。

 表情には怯えが見えたため、あえて凶悪そうな素ぶりを見せる。


「まあ、答えたくなったらそれでも良いぜえ? へへっ、俺的にはそっちの方が楽しいしなあ?」


 取り出した短刀を舐める。

 青年はひっと悲鳴を漏らす。


「第一問、依頼主は誰だ?」

「…………」

「はーい、お指一本もらいますねー」

「ぎゃあああああああああっ!」


 スコンと軽快な音と共に小指が転がる。

 ついでに青年も転がるので持ち上げ、座らせる。


「それぐらいしゃ死なねーよ。で? 答えてくれる?」


 答えなくても良いからねえと笑いかけると青年は唇を噛み締め、


「……コ、コクサキ商かあああああああああっ!?」

「嘘はダメだよねえ」


 面倒なので残り四本全てを切った。

 青年は涙を流し、ついでに尿も垂れ流す。


「コクサキ商会のボスはね。こんな足のつくことはしないんだよ」


 だからこそ厄介なのだ。

 彼らのターゲットは常に情報弱者。

 ルールを守った上で愚かな選択をする相手から金を巻き上げる。

 刺客を送り込まれる側であり、送る側ではないのだ。

 俺が護衛に雇われたのもそこら辺が理由。


『本当に逆恨みは困るわなあ。僕、嘘なんて一個もついてへんのに』


 癪に障る喋り方をする男だった。

 ただ、襲われる回数は下手な貴族より多い。

 情報も含めて見入りの良い仕事ではあった。


「ほ、本当なんだ……」


 青年が足にすがりながら必死に口を動かす。

 嘘を言っているようには見えなかった。


「はあ、情報弱者がここでも騙されたのか」


 コクサキ商会のことを知っていれば疑問に思う仕事だろう。

 しかし、何も知らない彼は素直に受け取った。

 聞く価値のない情報しか持たない彼は、寝返る道すら存在しない。


「やれやれ」

「ひっ!? し、死にたくない! 死にたくないよ!」


 腰が抜けたのだろう。

 這いつくばりながら逃げる青年は、芋虫の速度と変わりない。

 一思いにと首を落とす。流石に苦しませるには可哀想だった。

 残った一人はと茂みを探していると、首があらぬ方向に曲がっている男を発見する。


「…………成果なしか」


 エレーナに大見え切った手前、どうしたものかと頭を悩ませる。

  

「謝ろう」


 素直が一番と早々に諦め、ガーランド家を目指すのだった。


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