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第二十五話

「このまま家に向かっても良いかしら」

「もちろん」


 エレーナの要望を受け、竜者をガーランド家の本邸へと向かわせる。

 王都から更に離れてしまうが、いち早く誓いの指輪を届けたい彼女の思いは理解できた。

 この程度、依頼の範疇だと笑うとエレーナは嬉しそうにはにかんだ。


「はあああああ……」


 指根に浸かり、間の抜けた声を出す。

 ここはガーランド家の別邸の風呂場だ。

 日も暮れていた為、道中にあるここに泊まることとなった。

 御者は侍女でもあるらしく、料理などを任せている間に体の汚れを落とすことになったのだ。

 報酬の家にもついていたが、浴槽がある家は田舎にはほとんどない。

 水はともかく温める手間が面倒なのだ。


(魔法の使い手がもっといればなあ)


 高価な魔道具を買ったとしても定敵的に補充しなければ使えない。

 必然、庶民は湯に入る文化が養われないのだ。

 当然、俺もそうだったのだが、師匠が大の風呂好きだったため影響を受けた。


「しかし、綺麗なもんだな」


 負傷した右腕以外、ろくに傷がない体に我ながら呆れる。

 前の体にはおびただしい程の生傷があった。

 特訓のモノもあれば、無茶をした代償のモノ、そして視線を潜り抜けた結果のモノ。

 傷の数だけ強くなれたと実感したものだ。

 過程がないのに結果だけはある違和感は気持ち悪くもある。

 薄くなった手のひらの皮にもそれは言えた。


「まあ、わるかないけどな」


 結果が変わらないのなら問題はない。

 過程が、自信が必要な時期はとっくに過ぎている。


「古傷が傷まないってのは良い気分だ」


 何度となく思ったことを口に出す。

 エルガーとの決戦で大怪我を負った左膝は半ば使い物にならなくなっていた。

 残るは強敵は魔王だけだったので、捨て石になるつもりでムエンたちに同行したのだ。


(残りの人生なんてどうでも良かったしな)


 俺とは違い、復讐を選ばなかった彼らの盾になるのも悪くない。そう思っていた。


「そういえば……」


 勇者パーティの大半は魔物の被害に遭っていた。

 例外なのはムエンとその幼馴染であるリースぐらいだろう。

 過去の暗い話など今更する必要もないと詳しい話は聞いていないが。


「……知ってたところで助けには行かないか」


 ルナが生きている世界にいてわかったことがある。

 俺は根っから善人から遠いらしい。

 てっきり復讐に生きる決意をしたからかと思っていたが、想像より情が薄い自分に驚いている。


(ま、目の前に転がってくれば拾ってやるか)


 エレーナの件のように、事態から迫って来れば手を貸すのもやぶさかでもない。

 あくまで、積極的に助けるつもりがないだけだ。

 とはいえ、彼らにはムエンと一緒に魔王討伐の旅に出てもらわなければならない。

 ルナの平和な未来のため魔王は殺してもらう必要があった。


「えーっと、ムエンが勇者に選ばれるまで後どれくらいだ?」


 魔王復活の啓示を受けた神官により、勇者が見定められて旅に出る。そんな話だった。

 現在、魔物の脅威はそれほど認知されていない。

 流石に国の長などは知っているが、一般市民はまさか滅ぼされる可能性があるとは露とも思っていないだろう。

 実際、魔族との小競り合いで被害は出ているものの、国同士の争いに比べれば小さい。

 あくまで表向きの話だが。


(四天王の一人が国の上層部を乗っ取ってるらしいんだよなあ)


 少なくともここカタリアン王国ではない。

 また鉱山を抑えている四天王はとある武器を作成するためであり、研究をしている奴は……神への昇華だったか、そんなよくわからないことが目的だ。

 どれもこれも人の世に影響は与えているが、まさか魔族ーー四天王が関わっているとは思っていないだろう。


「よしんば思ってても顔と向かっては言えないわな」


 言った奴は死んでいるだろう。

 エルガーを除き、四天王やその直属の配下は搦手が得意らしい。

 戦闘力だけであれば猛者はいるのだが、いかんせん後手に回ってしまえば勝ち目はない。


(そう考えると面子が揃ってたんだな)


 勇者パーティにはその搦手に強いメンバーが多かった。

 まるで、そのために揃えられたかのように。


(魔王復活のことといい、本当に啓示を受けてるのかね)


 眉唾だと思っていた神官の存在がはっきりしてくる。

 理由まではわからないだろうが、結果として選定は成功したのだから。

 魔王に勝てたかまでは知らないが。


「最悪、エルガーをやる時は参加するとして……」


 問題は俺が絡んだことがある事件だ。

 俺がいないことでスムーズに進む反面、黒幕に辿り着けなかったり、窮地を脱出できない可能性があった。


「特に問題なのはドンマ神父事件だよなあ」


 魔族に通じている神父によってムエンたちは捉えられてしまう。

 しかも、神父は町の信用を得ているため誤解を解くことは不可能に近い。

 幸い、エルガーの足跡を追っていた俺が神父を殺したことで事なきを得た。


(…………完全に犯罪者じゃん、俺)


 これをやる前から指名手配されていたため、全く気にしていなかったが、今の俺には真似できない。


「暗殺……暗殺しか、ない?」


 そもそも、ムエンたちが町に寄らなければ済む話なのだが、それに相応の信頼関係が必要不可欠。

 だとしても、警戒するだけで立ち寄ることを完全に封じるのは難しい。

 村に寄る理由も知らないため、事前に潰す策も取れなかった。


「………………」


 天井を見上げ、息を吐く。


「何とかなるか……」


 ムエンたちならと心の中でエールを送る。

 様々な奴らの思惑が交差する事態を俺一人でどうにかできるわけがない。

 先人は言った。ぶつかって後は流れでと。


「誰だ?」


 扉の前にいる人物に声をかける。

 気配は部屋に入ってきた時点で感じていた。

 敵意はなかったのだエレーナか侍女かと思い、捨て置いていたが……。


「グ、グレン」

「エレーナか。何のようだ?」


 上擦った声はエレーナのものだった。

 ……嫌な予感がする。

 人とは一過性の熱に飲まれやすい。

 特に、エレーナのようなウブで真っ直ぐな若者など。


「お、お邪魔します……」


 消え入りそうな声には羞恥が滲んでいた。

 ひたひたと湿った床を歩く音が響く。

 護衛が護衛なら主人も主人だとこめかみを抑える。


「もしかしなくても全裸か?」

「い、言い方!」

「……身にまとう布切れはないのか?」

 

 せめて、湯浴みは着ててくれとの願いは無言によって否定される。


「はあ」

「ちょ、ちょっと、何でため息つくのよ!」


 勇気を振り絞ったのにとの幻聴が聞こえる。頼んでいない。


「年頃の娘さんがハシタナイことをするからだよ。ほら、早く戻った戻った」


 目を閉じ、背を向けたままぞんざいに扱う。

 浮かれた頭も冷えればとの行為だったが、逆効果だったようだ。

 湯にそこそこの質量が入る音がする。ついで湯嵩が増す。


「………………」

「恥ずかしいならやらなきゃ良いのに……」

「余裕ある感じ……ムカつく」


 会話にならない。

 近寄ってくる気配。


「痛む?」


 右腕の傷にそっと触れる。

 罪悪感が理由だったかと納得する。

 エレーナの性格を考えると気の迷いより余程理解できた。


「全然、これぐらい慣れてるからな」

「傷跡残るかしら」

「まあ多少はな。動きに支障はでないし問題はない」


 嘘を言っても仕方がないので本音で答えのだが、エレーナは落ち込んでしまったようだ。

 警備隊に所属した彼女には見えるところにすら傷があった。

 が、今は良家のお嬢様でしかない。


「気にするなって。剣士なら誰だって傷跡ぐらいあるもんだ」

「……でも、他にはなさそうだけど」


 この体にはないが、傷跡には慣れているとは言えない。

 さてどうしたものかと悩み、


「まあ、強いからな」


 嘘でも本当でもない台詞を選ぶ。


「…………じゃあ、初めてってこと?」


 エレーナの声は相変わらず暗かったが、僅かに高揚も感じ取れた。


(気のせいか?)


 気づけばエレーナは両手で俺の腕を取っていた。

 肌に伝わる柔らかな感触、熱を帯びた吐息、過去の経験がなければ今頃襲いかかっていただろう。

 無防備すぎると呆れつつ、


「そうなるな」

「……ふふっ」


 何故か嬉しそうに笑う。


「エレーナ?」

「あ、ごめんなさい」

「いや、別に良いけど……」


 悪寒が走るのは気のせいではない。

 エレーナのいつもと違う雰囲気に戸惑いを隠せないでいると、


「私がつけたんだなって思って……一生残る跡を、グレンに」

「???」


 つけたのはロボットだがとは言えなかった。

 おそらく……おそらく、罪悪感からくる台詞、なはずだ。


「……そろそろ出たいから先に出てくれないか?」

「あら、私はもう少し入ってるつもりよ」


 グレンは気にせず上がって良いわと言われる。

 もしかして、ただ風呂に入りたかっただけなのだろうか。ついでに傷もチェックできるからと。

 ウブを通り越して純真無垢なのではなかろうか。


「じゃあ、俺は先に上がるな」


 エレーナの評価を二転三転させながら浴室を出る。

 もちろん、目は閉じたままだ。

 開くと人生が一本道になりそうな、そんな予感がした。


「お、大きい……」


 扉を閉める瞬間、聞こえてきたエレーナの声には艶っぽさがあった。

 しかし、気づかないフリをしている俺はやはり気づかない。


(戸締りはちゃんとしよう……)


 ごくごく当たり前のことを心に誓うのだった。


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