第二十四話
「先に行け」
「グレンっ!」
予定通りエレーナを先行させる。
エレーナは未知の生物を目の前にし、明らかに気圧されていた。
そのせいか、表情には不安が色濃く見える。
「俺は大丈夫だ! 必ずお前のところに戻る!」
「っ! ……死なないで!」
エレーナの足取りが力強くなる。
一度対峙した相手だ。勝算は高いが、それはエレーナという不確定要素がなければの話だ。
(窮地感出す方が案外逃げてくれるんだよな)
仕事柄、クライアントを逃すことがしばしばあったのだが、正義感が強い者やフレンドリーな者ほど残ろうとしてしまう。
必然、相手の背中を押す言い回しを覚える。
「お前の相手は俺だ!」
エレーナに向かって放たれた一撃を相棒で受け止める。
その巨体に見合った重さだがーー。
ーー硬。
左で柄に、右手で刀身に魔力を込める。
タイミングが重要な技で、衝突する瞬間にだけ大量の魔力を流すのだ。
見間違えば圧力に屈し、ひき肉になるだろう。
「相変わらず重いな……!」
地面には靴の跡が伸びている。
やはり、筋力が劣っている分、押される距離を伸びていた。
それでも、身体にも相棒にも問題はない。
ロボットの赤い目が俺へと向けられる。ターゲットが俺へ移ったようだ。
(前回は“囮”が役だったが……)
胡散臭いクライアントを囮に使ったおかげで楽に破壊できたが、今回はやり方がわかっている代わりに一対一。
『ぴーがらがらがら!』
ロボットから謎の音が漏れる。
口に当たる部位はないため、その意図はわからない。
「まあ、どうせぶっ壊すんだから関係ないけどな」
このロボットは残しておけない。
あのクライアントは、ロボットを壊すなと命令してきた。
(依頼外だから無視したけどな)
依頼は命の保証のみだったため、あの男の思惑は喜んで壊した。
結局、何者だったかはわからないが、俺は俺の勘を信じている。
だからこそ、こいつはここで潰す。
「行くぞ……!」
久々に血が沸き立つ。
エルガーの時とは違い、守る戦いではない。ただの殺し合いだ。
『ぴー!』
蒸気の吹き出す音。ロボットの頭部から熱湯が噴射される。
予期していた俺は斜めに走り出し、軌道から逸れつつ近づく。
ロボットとはいえ、大きさ以外は人に近い形状をしている。
つまり、読みやすい。
「はっ!」
薙ぎ払いに来た腕をジャンプでかわし、その上に乗る。
ついで、そのまま登り始めた俺を潰すべく振り下ろされた逆の手に飛び乗る。
ロボットの頭部がギギギッと鈍い音を響かせ、頭部を左右に動かす。
「おらよ!」
右目を突く。
一番脆い部分なため、あっさりと貫通する。
肉とは違い、引き抜くのは容易。顔を足場にバク宙を決め、着地する。
掠るようにして通過した両の手が轟音を響かせた。
生物とは違い、壊れるまで致命的なダメージになり得ない。
こいつ相手は常に動き続けることを意識する必要がある。
「っ!」
唐突に胸部が開く。中には爆弾が搭載されていた。
簡易的な追尾性能があるため、大きく円状に走り、壁へと追突させる。
二本、四本、六本……二十を数えたところで胸部が閉じる。
(数が前より増えてる?)
俺とやる前に誰かに使っていたのだろうか。
順当に考えるなら誓いの指輪を持っていた商人一行だろう。
「なんだ?」
残っている左目の色が強くなる。
初見の動きだ。
かかとを浮かせ、即座に対応できるようにする。
「っ!?」
ピュンと軽い音と共に光線が放たれる。
理解する前に体が動き、直撃は免れるが右腕に掠った。
痛みはない。ただただ熱かった。
(毒か?)
痺れる右腕は早々に諦める。
片腕どころか両腕使えなくても戦えるようには鍛えている。
幸いにも左目の光は弱くなっており、連射できるものではないようだ。
近づけさせないよう、地面を抉り、鉱物やら土石を投擲してくる……が。
ーー流。
片腕な分、体を回転させることで相棒を振るう。
体の使い方は複雑になる分、魔力は扱いやすくなる。
上下左右に振れる視界にさえ対応できれば戦いやすさは変わらない。
「はっ!」
上から落ちてきた両手を斜めに回転しながらかわす流れで相棒を上に投げる。
そして、ロボットの両手を使い、頭上へと飛び上がる。
「おら、よっ!」
同時に落ちてきた相棒を掴み、合わせて上へ向けられたロボットの左目に突き刺す。
爆発音。煙をあげ、ロボットの足元が揺らぐ。
ーー斬。
一閃。
繋ぎ目を絶たれた右腕が地に落ちる。
ーー斬斬斬斬。
左腕、右足、左足、頭頂部……あっという間にダルマにする。
「はああああっ!」
最後に胴体を縦に真っ二つにする。
ロボットは不快な音を喚き立てながら徐々に静かになっていく。
「……まあ、こんなところか」
完全に壊したことを確認して、一つ息を吐く。
「ちっ」
未だ痺れる右腕に舌打ちをする。
反応が遅れた。
油断がなかったとは言えない。
ただ、それ以上に勘が鈍っていた。
昔の俺ならあのタイミングでも完全に避け切れたはずだ。
(……それだけ平和ってことか)
相棒を鞘に収めながら天を仰ぐ。
あっちを立てればこっちが立たず。
平和な世界に飢えていたはずなのに、心のどこかで物足りなさも感じていた。
(そういえば、言われたっけか)
誰だかは忘れた。
どこか酒の席で一緒になった男だ。
『お前は血に飢えている。平和を願えば願う程に落ちていく……』
俺のようになと笑った男とは二度と会うことはなかった。
正しくと肯定する気はない。
ただ刺激を求めている自分がいるのも否定できなかった。
「ままならねえなあ」
一言呟き、気を取り直す。
ロボットの残骸は残しておくと面倒なことになりかねない。
道中に底なし沼があったので、一つ一つ運んでは細かくして落としていく。
「俺って働き者だな……」
なんなら戦闘時間より長い。
(エレーナを呼ぶか。……いや、いないか)
比較的安全とはいえ、洞窟付近で待っているのはリスクが高い。
竜者と合流しているだろう。
もしかしたら、増援を呼ぶため近隣の街に戻っているかもしれない。
「……一人でやるしかないか」
うだうだと文句を言いながら何とかやり遂げる。
時間がとれほど経ったかはわからない。
物音は聞こえないので増援は来なさそうだ。来られても困るから良いのだが。
「あー疲れた」
大地が夕焼けに染まる中、疲労感を漂わせながら洞窟を出る。
「グレン……!」
瞬間、体に誰かがぶつかってきた。
油断したと相手を確かめる。
「エレーナ?」
エレーナだった。
見たところ別れた時と姿形に変わりはない。
薄汚れた顔には涙が流れていた。
「無事……無事なのね!」
「お、おおう」
テンションの差に気圧される。
まさか、ずっと待っていたのかと気づくのに少しかかった。
(マジか……)
一番ないと思われた行動だった。
俺が知るエレーナならしないはずだが。
(そうか。まだ学生なんだよな)
頭ではわかっていたはずだが、改めて彼女がまだ学生であることを実感する。
きっと警備隊で色々な経験をしたのだろう。
(……いや、もしかしたら)
俺の知っているエレーナは“誓いの指輪”を手に入れられなかった。
(大切な人を失う)
奇しくもエレーナは俺と同じだったのかもしれない。
大切な人を亡くしたからこそ止まれない。
責任感の強い彼女のことだ。
妹の分まで必死に生きようとしたのだろう。
(ルナを失わなかった俺は……)
口では大きいことを言いながら、村で一生を送るような平々凡々な男だっただろう。
剣だって片手間、学問は精通せず、商売だってできない。
(それはそれで尊い人生なのかもな)
泣きじゃくるエレーナの背を摩りながら思う。
彼女の強い意志が好きだった。
でも、このままの君でいてくれるなら……。
(消え去った俺も浮かばれるかもしれない)
そう願わずにはいられなかった。




