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第二十三話

「双子の妹がいてね」


 最奥に続く道には魔物の気配がないこともあり、エレーナはポツリと漏らした。

 対象は妹だったかと納得する。

 ガーランド家は一人娘だと聞いていたが、貴族である以上、秘め事があるのは珍しくもない。


「生まれたその日に定められたのよ。あの子ーーラナの未来は」


 ラナミリア・ガーランドは生まれつき魔力が少なかった。

 それこそエレーナが人の倍ある代わりのように。

 人の身体的強さは潜在魔力に左右されるという考えがある。

 もちろん、戦うための身体は鍛錬などで作らなければ意味がないのだが。

 生命力そのものには大きく影響する。

 俺も受け売りなため、実際のところは知らない。


「ちょっとした風邪で死にかけるし、そもそもまともに歩くこともできない。ラナはいつもベットにひとりぼっち」


 本当ならこの歳まで生きてるだけでも奇跡だとエレーナは言う。


「先生のおかげよ」

「ハーヴェルの?」

「ええ……当時、学園で神童と呼ばれた先生を父が招いたのよ。学生の頃から風変わりな研究ばかりしたいたからね」


 白い部屋を思い出す。

 確かに常人には思いつかない発想をしている。


「それでも延命に過ぎない。あと何年残ってるか……」


 大きな扉の前に辿り着く。

 手で触れると冷たい金属の感触が伝わってくる。

 エレーナへ振り返る。

 彼女の瞳には怒りの炎が宿っていた。


「私があの子の魔力を奪ってしまったから……。だから、絶対に契りの指輪が必要なの」


 ハーヴェルの言い回しからも自身の魔力と折半すれば丁度良いことは察したという。

 双子であるが故に、己に非があると考えることは理解できた。


「じゃあ、この先にあってもらわなくちゃな」

「……ふふっ」


 軽く返すと何故だがエレーナが笑った。


「グレンは何も聞いてこないわね」

「クライアントの事情には首を突っ込まない主義なんでな」

「手慣れてるわね。何人、経験してきたのかしら」


 人聞きの悪いことを言う。

 これでは遊び人の彼氏みたいではないか。


「優しさかしら。それとも興味がないのかしら」

「とりあえず、エレーナが何を言いたいか全くわからない」


 あえて声のボリュームは落としていないが、扉の向こうから反応はない。


「大層な扉の先にはボスがいるものなんだがな」

「むしろ、いてほしいわ。だって、ボスの先にはお宝があるのが定説でしょ?」

「一理ある」


 エレーナに扉から離れるよう命じ、慎重に扉を開く。

 徐々に広くなる隙間から見える影はない。

 完全に扉が開く。中は存外小部屋だった。

 先行し、とりあえずの危険がないことを確認するとエレーナを呼ぶ。


「指輪は?」

「あるとしたらこの中だろうな」


 中央に置かれた台の上には箱が一つあった。

 指輪を入れるには丁度良い大きさだ。台に固定されているため、持ち運ぶことはできない。

 エレーナは箱にかぶりつく。


「あかない!? なんで!」

「落ち着け。仕掛けがあるはずだ」

「っ! ……見たところ鍵穴は見当たらないわ。グレン、斬ることはーー」

「強度も相当なものだ。斬れなくはないが、中の物の無事は保証できない」

「じゃあ、なしね。魔力が通っている感覚はあるけど……変、初めてかも」


 エレーナの解析力は学生の身を超えている。

 にも関わらず検討がつかないと頭を悩ませる。

 ロボットの存在といい、元の王朝の技術レベルはどうなっていたのだろうか。

 そもそも、この部屋に来るにも男女ペアで手をーー。


「ーー隠し扉の時みたいな仕掛けの可能性は?」

「それよ!」


 エレーナが大声をあげる。

 そして、その姿勢のまま固まる。


「エレーナ?」

「っ!? …………はい」


 躊躇いがちに出された手を握る。

 しばし待つが箱に反応は見られない。


「違ったか?」

「いえ、契りの指輪の逸話からしても妥当な線のはず」


 永遠を誓った恋人が生命すら分かち合う。

 契りの指輪には二種類の逸話があり、一つは二人で幸せに天寿をまっとうする。

 もう一つは、永遠の愛に背き、離れようとした結果、二人とも死に飲まれた。


(……エレーナとラナで使えるのか?)


 家族愛の判定はどうなるのだろうかとの疑問が浮かぶ。

 まあ、ハーヴェルが承知の上なのだからおそらく大丈夫なのだろう。


(なんにせよ、手に入れてからだな)


 妹のためと聞いた以上、協力する意思は強くなった。

 と同時にシグレのルナへの対応にも納得が行った。

 エレーナ姉妹のことがあり、妹には甘いのだろう。気持ちはわからなくもない。


「どうして……」


 エレーナが唇を噛み締める。

 箱はうんともすんとも言わない。


「土台を斬って箱を外に持ち出すか?」

「できるの?」

「多分……」


 箱とはまた違う鉱石で作られた台座は、見るだけで頑強さが伝わってくる。

 それでも“斬”を使えば不可能ではないだろう。


「ただ、トラップが怖い」


 正規の手順を踏まないと洞窟や部屋が陥落し、獲得できないようにしてくるケースもあった。


(あいつはどうやって手に入れたんだ?)


 契りの指輪を持っていた商人を思い出す。

 お世辞にも手だれとは呼べない彼は必ず護衛を雇う。

 その者の特異な能力故とかであれば、考えるだけ無駄なのだろうが。


「最終手段ね。とりあえず、やれることをやってみましょう」

「ってことは、恋人みたいなことをか」

「そ、そうよ」


 口をもにょもにょとさせているエレーナの体を引っ張り、抱きしめる。


「っ!!?」

「愛してるよ、エレーナ」


 耳元で愛の言葉を囁く。

 エレーナがぐへっとダメージを受けた時のような声を上げる。

 そんなに受け付けないかと笑ってしまう。


「エレーナは優しくて努力家だ。諦めが悪いし、根性が座ってる。たまに想像だにしないことをやらかすし、失敗もド派手だ。……何より、意志が強いのが良い」

「な、ななななにを!?」


 過去、幾度となく対峙したエレーナに抱いた思いだった。

 実際はイメージより年相応な顔も多いが。

 それでも、俺の言葉に嘘はない。


「聞き慣れてるかもしれないけど、顔の輪郭、耳の形、色艶の良い唇、そして真っ直ぐ瞳が……本当に美しい」

「〜〜〜!」

「…………ダメか」


 うんともすんとも言わない箱にため息をつく。

 胸元に収まっているエレーナは、きゅっと俺の服を掴んでいる。

 もしかしたら、もっと直接的な証明を求めているのかもしれない。


(……まあ、真っ先に思いついたけどさ)


 誓いの証明など昔も今も変わらないだろう。

 流石にその先を求められたら洞窟ごと埋めてやろうかと思うが。


「グ、グレン……」

「どうしーー」


 唇に柔らかな感触。

 体勢からして……なるほど確かに不意をつけば唇を奪うのは簡単だろう。

 唇を合わせている時間はほんの一瞬だった。

 カチッと何かが外れる音に、二人して視線を向けたからだ。


「開いた……?」

「みたいだな」


 エレーナがおそるおそる箱を開く。

 中にはお揃いの指輪があった。

 確かに契りの指輪だ。


「良かった……! あった……!」


 エレーナが声をふり絞り、指輪を抱えたまましゃがみ込む。

 俺は周辺の様子を探るべく、扉の外に出ようとして……。


「……おい」

「……どうしたの?」


 目の前で閉じた扉を押す。

 入る時とは違い、うんともすんとも言わない。重いなどの次元ではない。


「閉じ込められた」

「ええっ!?」


 エレーナが飛び起きる。

 そして、俺の横に来ると扉を精一杯の力で押す。


「どうなってるのよ」

「ある意味、死が分かち合うまでだよな」

「軽口って時と場合を選ばないといけないのよ?」

「……ごめんなさい」


 冷ややかな声に素直に謝る。

 場を和ませるつもり……でもなかったので本当に言い訳ができない。


「ん?」


 台の表面に文字が書かれている。

 古めかしい文体なため、俺には解読不可能だ。エレーナに頼む。


「古代エレメストロ語ね」

「エレメストロ?」

「この洞窟の下地になったとされる王朝の公用語よ」

「はあ、エレーナは物知りだな」


 素直に感心しているとエレーナはくすぐったそうに笑う。


「ええっと……指輪の交換を?」

「あー、なるほど」


 指輪の交換も当然あるか。


「……って、キスの後に交換かよ」

「キキっ!?」


 ぼんっとエレーナが茹蛸になる。

 しまった。あえて触れなかったのに。

 何故なら、エレーナの行為はまさしく犯罪だからだ。


「ご、ごめんなさい!」


 とはいえ、ここまで勢い良く謝られてしまうと困ってしまう。

 訴える気など微塵もなかったし、何よりエレーナ相手なら感情的にはプラスだ。

 シグレと違って面倒なことにもならないだろうしな。


「気にするな」


 手が震えていたエレーナには申し訳ないが、俺は過去に幾度となくしてきた。必要なら一つや二つ気にしない。


「…………」


 優しく許してやったのに腑に落ちないといった表情をするエレーナ。


「……もしかして、初めてじゃない?」

「まあ?」


 この世界線では初めて……でもないか。

 ルナが誕生日プレゼントとしてしてくれるのだ。


「曖昧なリアクションね……」

「エレーナだって家族としてたりするだろ?」

「か、家族? ……あ、子供の頃ね」


 ルナはまだ子供なので間違っていない。

 頷くとエレーナは嬉しそうな、それでいて申し訳なさそうな顔をする。


「シグレとはしてないの?」

「したら人生が詰む」

「それもそうね。……ちなみに、私は初めてだから」

「可愛らしいキスだったよ」

「っ!? バカっ!!」


 これでキスの件は終了だ。

 それよりと話を戻す。


「指輪の交換は……しない方が良いよな」


 一度したら死ぬまで外せない呪いの装備な気がする。

 逸話的にもそう判断するのが妥当だとエレーナも同意する。


「でも、交換しないと部屋から出られないのよね」

「……指輪はもう手に入ったし、手荒な真似をしても良いよな?」

「え、ええ」


 何とかなるのと扉に施された魔法を理解しているエレーナが問う。


「仕事柄、斬るだけなら慣れてるんだ」


 殺す、壊すはお手の物。


「俺が扉を斬ったら一目散に走り出せ。最悪、ここが崩壊するからな」

「わかったわ」

「それと、何かが出てきてもエレーナの役割は逃げることだ。戦うのは俺の役目」

「え……で、でも二人で戦った方が」


 脳裏に過ぎるロボットの姿。

 あれには魔法が効かない。エレーナがいても足手纏いなのだが、説明するのは難しい。


「指輪を持ってる奴を優先的に狙うかもしれない。後衛が積極的に狙われるとやりづらいんだよ」


 とにかく、俺が困るからとアピールする。

 エレーナは尚も何か言いたげだったが言葉にはしなかった。


「じゃあ行くぞ」


 そう宣言し、相棒を抜く。


 ーー斬。


 閉ざされた扉が吹き飛び、通路への道が空く。

 幸いにも閉じていた扉はここだけだったようだ。

 走り出したエレーナの後方を陣取り、周囲に木を配る。

 崩壊の兆しもない。このまま外に出られたらーー。


「エレーナっ!」


 エレーナを抱え、前方に飛ぶ。

 一瞬遅れてエレーナがいた場所に拳が落ちる。


(やっぱり出てきたか)


 二本足で歩く金属の塊ーーロボットはその巨体をもって襲いかかってくるのだった。


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