第二十二話
深碧の洞窟は5階層からなる。
広さも部屋数もあるため、調査隊は苦労したようだ。
「次は右だな」
「地図によるとトラップがあるみたいよ。気をつけて」
地図片手に後ろをついてくるエレーナが忠告してくる。
俺は頭上から襲いかかってきた雑魚を殴り殺しながらトラップを回避する。
洞窟の魔物たちは嗅覚が敏感なため、匂いの強い袋を首にかけておけば標的を誘導できるのだ。
とはいえ、後ろからやってくる魔物には気をつけてなければいけないのだが。
「光よ」
光弾がベビーシュラに命中し、絶滅させる。
エレーナは探索慣れしていた。忠告する必要はさほどない。
「手慣れてるな」
「結構潜ってるからね。それに先生は習うより慣れろ派だから……」
苦労が滲み出ていた。
ルナにも同じ指導をしようものなら目にものを見せてやる。
「それにグレンが前を引き受けてくれるから楽なものよ。……というか」
エレーナは疑惑の眼差しを向けてくる。
「グレンこそ手慣れすぎてない? 視線すら動かさずに左右上下の魔物を倒してるじゃない」
「辺境の村を舐めるなよ。近くの森すら魔物がうようよいやがる」
いちいち見ていたら間に合わない。
精度は増したが、これ自体は昔からやっていた。
「それに目が合ってないと狩りやすくかる奴らもいるしな」
「視線を理解してるってこと? そんなに強い魔物だったの?」
基本的に知性は強さに比例しているため、エレーナの疑問も当然だった。
「いや、本能みたいなものだろうな。獣と違って魔物は狩る側のつもりなんだろうよ」
だから、危険に鈍感なのだ。
群れであれば習うのだが、群れる魔物は少ない。
「待て」
小声でエレーナを止める。
意味を理解し、すぐに身を縮めて近くに寄ってくる。
「……凄い数」
「見えないところにもいるな。30匹ってところか」
開けた場所だからだろうか、道中と違い、体格の大きい魔物もいる。
それでも単体で脅威になる魔物はいないが。
「下に降りるにはここを通らないといけないのに……」
「ここで待ってろ」
「グレン!?」
短く告げ、地面を蹴る。
ーー流。
音の発信源に視線を向けた魔物を斬る。
空中に佇む敵を魔力の刃を飛ばして落とす。
事態を理解し、咆哮を上げた魔物の胴体を突きで貫く。
最後に密集地帯へと体を滑り込ませると、その流れのまま回転斬りで残りを始末する。
「良いぞ」
斬り漏らしはいないか確認した後、エレーナを呼ぶ。
エレーナは目を白黒させていたが、はっと我に返ると小走りで近寄ってくる。
「…………」
「なんだよ」
「言葉にならないわ」
「これぐらいシグレにもできるだろ」
エレーナはうーんと唸り声をあげる。
「勝てるは勝てるだろうけど、あなたみたいに優雅にはできないと思うわ」
「優雅? ただ斬っただけだぞ?」
流石は貴族様と言うべきだろうか。
まさかの感想に驚く。
「私は素人だけど、グレンの剣の一連の動きは無駄がなく、終わりまでの道筋を感じ取れたわ」
どことなく興奮気味なエレーナ。
「もしかして、もうシグレより剣の腕前上なんじゃないの? いや、そもそも最初からグレンの方が上手だったのね」
そこまで察してニヤニヤと悪い笑みを浮かべる。
「あの子の求愛を避けるためね?」
「……言うなよ」
「言わないわよ、安心して。シグレの猪突猛進ぶりは私が一番知ってるもの。放っておいたら気づけば結婚してるわよ」
「怖いこと言うなよな……」
いつの間にか挙式をあげているなど恐怖でしかない。
「俺はルナの成長を見守る大事な役割があるんだ」
「ふふっ、良いお兄ちゃんね」
「兄妹ならこれぐらい普通だろ?」
「うーん、どうかしら」
エレーナは苦笑する。
その顔が答えを物語っていたが気付かないふりをする。
「でも、良いんじゃない? お兄ちゃんなんだから。ルナが羨ましいわ」
「エレーナって……」
「ええ、兄が二人いるわ」
後継の男児がいるのは知っていたが二人いたのか。
エレーナの仕草からして良くも悪くもない関係性なのだろう。
「私がってより二人がね」
俺の内心に気付いたのか、エレーナは下の階層に下りる中、軽く身の上話を始めた。
「一番上の兄とは十歳も違うから、昔は可愛がってはもらえたわ。下の兄とは四歳さ。少し……奔放なところがあるから関わりは薄いかしら」
「エレーナが言うんだから相当奔放なんだろうな」
「もう!」
悪い悪いと謝る。
「能力にも人柄にも問題がないから順当に一番上の兄が継ぐことになってたんだけど……」
そこに待ったをかけたのが次男一派。
「下の兄はコクサキ商会とのパイプを持ってて」
「コクサキ商会か……」
またきな臭い名前が出てきた。
彼らの悪行が世間に広まるには時間がかかる。
とはいえ、トップの首は安泰だろうが。
一端に関わっていたため、どうしても良い印象はない。金払いは良かったが。
「確か薬品に強い商会だな。親父さんは健康に問題があるのか?」
エレーナの目が僅かに揺らぐ。
「お父様は健康そのものよ。風邪だって引いたことないって豪語してるわ」
(じゃあ、他のやつか)
当たりをつける。
そもそも、そうでもなければたかが一商会とパイプがあるだけで、ガーランド家の後継問題に一石は投じられない。
(普通に考えれば母親だけど……)
話題に出ていない家族は母親だけだからだ。
シグレみたいな従者の可能性もなくはないが、限りなく低いだろう。
「雑談はここまでだ。気合い入れて行くぞ」
聞いて欲しいのなら自ら話すだろう。
タイミングも良かったため、深碧の洞窟の攻略へと気を向けさせる。
エレーナも意図を理解し、気持ちを切り替える。
「ありがとう」
「それは無事に帰れた時に聞かせてもらう」
深碧の洞窟の最下層にたどり着く。
以前来た時は、ここにデカブツがいたのだが幸いにも姿は見えない。
厄介な奴らの姿も確認できないため、あれらは誰かの意図したものであることがわかる。
(まあ、明らかに人工物だったもんな)
機械のオバケと表すべきだろうか。
金属でできた肉体にて様々な武装を操る。
クライアントは“ロボット”と言っていたか。
壊すなと言われたので壊したのは良い思い出だ。
その後、報復を図ってきた組織ごと潰したが、当然今の世では健在である。
「やっぱり行き止まりみたいだな」
手分けして周辺を探るが怪しい箇所は見当たらない。
確信を持っていたエレーナも渋い表情になる。
「ここで終わりのはずがないのに……」
「男女ペアでってのが間違いとか?」
「その可能性も低い……はず」
仕方がないが全て“はず”でしかない。
空振りも立派な学問の過程だろう。
しかし、エレーナの表情は鬼気迫るものがあった。
(深入りするのはNGだけど……)
クライアントの事情は探らないのが俺の信念だ。
しかし、エレーナはクライアントであり、ルナの先輩でもあった。
「エレーナはここに何を探しにきたんだ?」
「…………契りの指輪」
聞き覚えがあった。
というか、持ち主に会ったことがある。
確かに彼はとある洞窟で手に入れたと言っていた。
その効果は……。
「私にはどうしても救いたい子がいるの」
決意に満ちた瞳だった。
契りの指輪はつけた者同士を平均化する。
何を、どのように、数値は誰か決めるなどなどわからないことだらけで、実験体を探していた。
「死が二人を分つまで。契りの指輪は、とある人たちの結婚指輪だったのよ。だから、きっと寿命を、
生命力を分け与えることができる」
「つまり、お前の命をやるってことか」
そうよ。エレーナの答えは肯定だった。
「私はお姉ちゃんだから」
(下がいたのか)
親父さんがコクサキ商会とのパイプを評価したのもそれかと腑に落ちた。
あいつらの薬品の中には確かに寿命を超越する物がある。
「お父様は……いえ、お父様もお母様も、それにお兄様たちも助けたいと思ってるはず」
甘い願望でしかなかったが、彼らの人となりを知らない俺が否定するものでもない。
「でも、コクサキ商会に頼るのはダメ。彼らは信じられない」
お父様もわかっているのだけどと呟く。
切羽詰まると藁にも縋りたくなるのが人間だ。
甘言に乗ってしまう可能性はあった。
「……知り合いの商人が言ってたんだが、コクサキ商会の薬品はとある国では禁止にされてる薬物を使ってるとか」
「ーー本当!?」
「市場に出回ってないから国は認識してないんだ。だから、犯罪には当たらない」
問題は何故禁止なのか。
「生ける屍って知ってるか?」
「グールってやつよね。それが今の話と……まさか」
嫌な想像とは得てして当たりやすい。
「グールは心臓こそ止まってるが、意識もあり、会話もこなせる個体もいる。考え方によっちゃ死んではいないよな」
「そんな……!」
成功例も数をこなした上で二桁に届かない。
その希少な成功例も悉く人間性を失っていった。
「証拠はないの? お父様を通じて陛下に……」
「ない」
そして、それ以前の問題でもあった。
潜入捜査をしていた頃、顧客先に王族がいたのを偶然見てしまったのだ。
理由はわからない。
無敵の兵士でも作りたかったのならまだマシだ。
情愛が関わっているならば事態は深刻になる。
「コクサキ商会のトップは切れ者だ。下手に動くと目をつけられる。やるなら慎重にだ」
そもそも、今はもっと大事なことがあるだろと言い聞かせる。
正義感の強いエレーナだが、流石に家族の方が優先度は高いようで心を落ち着かせる。
「……帰ったらその商人を紹介して」
「仕事中に約束はしない主義でな」
だって死にそうだもの。
今回は、追求を逃れるためだが。
「話を整理しよう。エレーナが探してるのは“契りの指輪”で、それはとある人たちの婚約指輪だったと」
情報の信憑性を問う必要はない。
正しいとして動く。
「隠されてるならその二人、男女のペアでないと入れないと考えたんだな」
「ええ、調査隊にも男女は揃っていたけど見つからなかった。だから、二人である必要があると考えたわ」
「妥当な考えだな。だが、今のところ変化は見当たらない」
顔を突き合わせ、頭を捻る。
「ここは洞窟だ……。しかも、古代の文明が関わってる……。色々と規格外の仕掛けが……?」
「…………あの、グレン」
エレーナが躊躇いがちに声をかけてくる。
何故だかその耳は薄らと赤くなっていた。
「て、手を握ってくれる?」
「は?」
「い、いいから!」
「別にいいけど……」
差し出された手を握る。
小さく、柔らかい手だ。
「お、大きいわね。やっぱり男の子なのね」
「どこからどう見ても男の子だろうが」
「そ、そうよね! あ、あはははっ!」
ウブな反応だ。
手ぐらい必要とあればエルガーとさえ握れる。
「むう」
平静でいるのが気に食わないのか、エレーナが睨んでくる。
「それで?」
「だから! それは!」
「それは?」
「……こ、恋人みたいにしないといけないのかなって」
なるほど一理ある。
「なら、手はこう繋ぐべきだろ」
そう言って手を絡ませると、エレーナが悲鳴を上げた。
「傷つくなあ」
「だ、だってだって!? ……ごめんなさい」
「いや、傷一つついてないから謝らなくて良いぞ」
「っ!?」
ころころと表情を変えるエレーナで楽しんでいると、地響きと共に壁の一部が横に開く。
「マジか! 凄いなエレーナ!」
心からの称賛を送ったにも関わらずエレーナはジト目で見てくるのだった。




