第二十一話
「世話になった。これ、渡しといてくれ」
「……約束しかねます」
「機があればで構わない」
それならと受付の女性は受け取る。
「ご利用ありがとうございました」
蒼鳥の宿を後にし、報酬の家へ引っ越す。
「「でかっ! ひろっ!」」
二人で住むには十二分すぎる大きさだった。
給仕を派遣すると言っていたのと納得だ。
「見てみて兄さん! お風呂が凄いよ!」
「あー、湯船か。珍しいな」
「中庭もある! 野菜植えようかな!」
「手間のかからない物ならな」
「……これは?」
「映写機だな。特定の絵を連続して見せる……動く絵本みたいなもん」
「絵本が、動く?」
「お、研究室に良いんじゃないか? あれだろ、学園は毎年一定の研究結果を発表しないといけないんだろ?」
「一応討伐など戦闘系の項目もありますが、私は研究にしよう思ってます」
「寝室何部屋あるんだよ……」
「お客さん用ですかね。ダブルベッドもありますよ! ふふっ、一緒に寝ます?」
「おおー! これがあるか! これがあるのか! 流石はエレーナだ! 最高だぜ!」
「金属の箱?」
「これは冷蔵庫って言ってな。手を入れてみろ」
「っ! 冷たい!」
「食料の保管ができるんだよ! ……動力源は魔力か。ルナに定期的に補充してもらう必要があるな」
「任せてください!」
などなど家ーー最早屋敷ーー探索は大盛況に終わった。
これは、失敗できませんよとはルナ。
契約では依頼の成否は問わないとなっているが、これでもプライドがある。
報酬に納得がいった以上、完遂するつもりだ。
幸い、踏破済みの洞窟なため然程問題はないだろう。
エレーナの言う最深部のさらにその先がなければの話だが。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってくるわ」
「行ってらっしゃい。気をつけてくださいね」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様。グレン、お嬢様を頼んだぞ」
「任された。シグレこそルナを頼むな」
「我が命に変えても」
優等生のエレーナは授業を好きに選べるとかで、早速深碧の洞窟へと出発することとなった。
移動は竜車なため三日もかからずに着く。
ちなみに竜車に利用される魔物は見た目から人が勝手に竜と呼んでいるだけで、本物の前で言おうものなら血を見ることになる。
「流石、速い速い」
「竜車に乗ったことがあるの?」
「……見たことがあるだけだ」
「ふーん、その割には乗り慣れてる感じがしたけど」
最初はあまりの速さに面食らう人が多いのにとエレーナは言う。
確かに俺もそうだった。
この世界線では初めてなので嘘は言っていないが。
「これでも剣士だからな。顔に出さないようにするのは得意なんだよ」
「グレンは実践経験はどれぐらいあるの?」
「まあ、村では狩れるのは俺ぐらいだったからな。森に出る魔物ぐらいなら飽きるほど」
「とんでもなく強い敵とかに会ったことは?」
「ないな」
エレーナにエルガーの件は話していないため、さらりと嘘をつく。
「あ、王都に来る際にジャイアントベアーと遭遇したな。とんでもなくって程ではないけど」
「いやいや、十分大物でしょ」
エレーナの表情からジャイアントベアーの群れとは思っていなさそうだ。
まあ、ボスを倒したら逃げていったので討伐数は一で間違いないが。
「それにしてもジャイアントベアーか……。街道に出たのよね」
頷くとエレーナは渋い顔をする。
「警備隊の人が言ってたけど、近頃魔物の出現地がおかしいらしいのよ。それこそ、森の奥地にいるはずの強力な魔物が人里に出てきたり」
「俺が倒したジャイアントベアーも爪がだいぶ痛んでいた。何かとやり合ったのかもな」
「強力な魔物が現れたってこと?」
さてなと肩をすくめる。
実際、可能性などいくらでもある。
「冒険者が半端に手を出した結果かもしれないし、強力な個体が生まれたのかもしれない。他の地からやってきたってのは勘弁してほしいがな」
「ふう、それもそうね」
「そういうのは専門家に任せてれば良いんだよ? 学園の生徒が参加することとか早々にないだろ」
「魔術的仕掛けとかがなければね」
あっても基本は教員や魔法師団の面々が対処するがとエレーナは言う。
「とにかく手が足りないって状況でもなければ心配は必要ないわ。特に一年生なんてね」
「そりゃ安心だ」
そこまでくれば総力戦だ。
少なくとも俺の記憶にはその手の争いは記憶にない。
現有戦力で何とかなる出来事なのだろう。
「ところで、よく許してもらえたな」
「え?」
エレーナはきょとんとする。
「え、じゃないだろ。親父さんだよ。ちゃんと許可は取ったんだろ?」
まあ、未知な洞窟とは違って既に調査は終わっている。
危険生物の排除はされ、構造も概ねわかっているが、それでもお供一人の旅は危険だ。
特に親父さんからすれば俺などどこの馬の骨とも知れぬ男だしな。
「ひゅーひゅー」
下手な口笛を吹く様に嫌な予感が高まる。
「……まさか、無断でってことはないよな? 契約書にはガーランド家の刻印もあったもんな」
貴族が正式な契約を交わす際に用いられる刻印。
理由は知らないが、偽造は不可能とされ、彼らと契約する時は必ず確認する。
独特の魔力も感じたし、偽物の可能性は低い。
「私はエレミナリア・ガーランド」
「知ってるよ」
「だから大丈夫!」
「どこがだよ! 何の保証にもなりやしないだろうが!」
御者を見る。
不穏な空気を察知していた彼女は首を横に振る。
「無駄よ。彼女は私個人が雇ってるもの」
ふふんも胸を張る。
今すぐひん剥いてやろうかと考えるが、すぐに考えを打ち消す。
(それでも引かなかったら俺が不利になるだけだしな)
ただの世間知らずのお嬢様ではない。
エレーナの目には常に強い意志を感じた。それは俺とやり合っていた時の物と変わらない。
彼女が決意を固めているのなら下手な脅しは通用しないだろう。
「はあ、バレたらちゃんと庇えよ」
「わかってるわよ」
「勘当されることになって、でもか?」
「っ!」
驚くエレーナに言葉を続ける。
「ありえる話だろ? 刻印を勝手に使ったんだ。愛されているか、期待されているか……何にせよ、私情がなければ許されない」
当主への明確な反抗に他ならない。
意味がわかったのか、エレーナはごくりと唾を飲む。
「……もちろん、グレンが罰せられるのならその全ては私が引き受ける」
「両親は言うだろうな。ただの平民だ。あいつになすりつければ良いと。お前の幸せを願っている者は全て、な」
例外なのはシグレぐらいだ。
俺は“知っている”。
エレーナとの契約は反故にされた。
まあ、シグレ曰くエレーナは重症で病床から動けなかったらしいが。
恨んではいない。
(あの時の俺は平民どころか犯罪者だったしな……)
俺ですらエレーナと天秤にかければグレンを罰せよと思う。
ただ、個人を信じることと約束を信じることは別物だと学んだのは確かだった。
「そんなわけ……!」
「まあ、平和に終われば大丈夫だろうな」
「……何が言いたいのよ」
「そうだな……。お前が右手、左足を失ったとする。護衛は俺だ。どうなる?」
「危険は付きものよ……」
「そうだ。人ならざるモノの住処に足を踏み入れる以上、危険は必ず存在する。……だからって納得はしてくれないだろうな」
大切な一人娘を傷物にされたのだ。
その怒りは想像に難くない。
「だからこそ許可が大事なんだよ。ガーランド家の評判は悪くない。その可能性も織り込み済みだろうからな」
「…………」
「他にも洞窟の最深部、その先があるとする。肩透かしでも世紀の発見でも良い。でも、もし国家を揺るがすような何かが眠っていたら? 一転、大犯罪者だ。首謀者は俺になるだろうな」
これに関しては探索に付き物なため、エレーナを責める理由にはならないが。
「まあ、後者は許可を取ってても意味はないだろうけどな」
相手は公爵ではなく、王家になるのだから。
権威というのは飾りが大事なのだ。表向き綺麗にしておかねば意味がない。
「公爵家の、しかも気さくで優しいエレミナリアお嬢様が犯罪者だなんて誰も幸せにしない」
「………………」
黙りこくってしまったエレーナを鼻で笑う。
「自己嫌悪に陥る暇があるなら気合いを入れろ」
「……許して、くれるの?」
今にも泣きそうなか細い声。
ムカついたので額にデコピンをする。
「っ!!?」
骨と骨がぶつかる良い音が響く。
あまりの痛みにエレーナはのたうち回る。
「痛い……なんで……意味がわからない……絶対赤くなってる……血出てない?」
混乱著しいエレーナを起こし、もう一発と構える。
「ひっ……!」
咄嗟に飛び退く。生存本能がしっかりしている証拠だ。
「よし、その感覚を忘れるなよ」
「え? あ……え? どういうこと?」
「むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない」
「…………はい?」
「俺は好き勝手やってるから、エレーナも好き勝手やれば?」
察しの悪いお嬢様に雑な言葉を投げつける。
ようやく理解したのか、エレーナは目尻に涙を浮かべる。
「ひぐっ……ひぐっ……」
と思ったら泣き始めた。
俺の周りにはいなかったタイプに、げっと面倒くさそうに顔をしかめる。
「なによ……文句あるの?」
「ないない。好きなだけ泣いて枯れ果ててくれ」
「ふん!」
「ぐはっ!」
完全に油断していたため、エレーナの頭突きをもろに受ける。
そのまま、俺の太ももへと頭を下ろしたエレーナは、ジト目で睨み、
「撫でて」
「はあ?」
「いいから撫でなさい」
「お、おう?」
強い圧を感じたので素直に従う。
ルナに鍛えられているため、頭を撫でるのには自信がある。
「……ふん、まあまあね。このまま続けなさい」
「へいへい」
ホッと胸を撫で下ろす御者を視界の端に収めつつ、エレーナの柔らかい髪を撫でるだった。




