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第十九話

 宣言通り昼休みにも現れたシグレに連れられ、俺とルナはとある部屋に通された。

 俺たち小市民には恐れ多いほどの豪華絢爛さ。

 ルナは小動物みたいに体を小さくする。


「待ってたわ」


 何の緊張感もなく、エレーナはいつも通りの朗らかな笑顔を浮かべる。

 彼女からすればこの程度、日常の範疇なのだろう。


「まるでお城だな」

「そこまでではないわよ」


 長い長いテーブルの端、エレーナの対面に腰掛ける。

 後ろをくっついてきたルナはそそくさと横に座る。

 シグレは一瞬不満そうにするが、気を取り直してエレーナの後ろに立つ。


「シグレ、あなたも座りなさい」

「いえ、私はあくまで従者ですので」

(へえ、案外ちゃんと従者やってるんだな)


 澄ました顔は腹立つが、仕事なのだから仕方がない。


「どうしたのよ、今日は。いつもは何も言わなくても横に座るのに」


 ……訂正、こいつはダメだ。

 おそらく、俺たちの前だからカッコつけたかったのだろう。

 まんまと騙された自分に腹が立つ。


「それもそうですね」


 イタズラ子っぽく舌を小さく出し、席に着く。

 少女という歳でもないのに痛々しい限りだ。


「その蔑む視線も素敵だぞ」

「くそがっ!」


 頬を染め、いやんいやんと首を振るシグレ。

 何をやってもポジティブに受け取りやがる。


「兄さん、いい加減に学びましょう。シグレさんは無敵です」


 落ち着きを取り戻したルナは、構うだけ調子に乗るだけですと不満げに言う。


「やるなら命を刈り取るしかありません」

「……流石にまだしないかな」


 シグレのせいで義妹がどんどん過激になっている気がする。

 やはり、近づけてはいけない部類の人間だったか。


「はっはっは、仲が良いな」

「すっかり気に入られたわね」

「まったくだよ」


 苦笑するエレーナに、肩をすくめて返す。

 敵対心ありありの頃が既に懐かしい。


「噂になってたわよ、二年生で」

「噂?」

「あなたがシグレの恋……あ、来たわね。ありがとう」

「待て待て待てっ! 変なところで中断するな! 話すならちゃんと話せ!」


 身も毛もよだつ話が聞こえた気がする。

 しかし、エレーナは運ばれてきた料理を前に、すっかりと話をする気が失せていた。


「食事中にする話じゃないわ。食べ終わったら教えてあげる」

「食事どころじゃないんだよ!」


 主に横にいるルナの冷気のせいだ。

 せっかくの豪華な料理もこれでは台無しだ。


「……先輩、私も気になるんですが」


 ルナが低い声で尋ねるが、エレーナは謎の図太さを見せ、黙っている。


「おいシグレ、お前は何か知ってるか? 知ってるだろ?」


 既に一口齧り付いていたシグレは口を拭くと、


「ああ、どうやら私たちは恋人だと認識されているらしい」

「なんでだよ!」


 わかりきっていたがやはり言葉にされると心に来る。


「今日が初日だろうが! 勘違いされるにしても早すぎるだろ! は? 午前中か? あの時のせいか?」

「殺す? やっぱりやるしかないよね……。最悪、先輩も……でも公爵家は……まあ、でもやるしかないかあ」


 義妹が完全に道を踏み外しそうになっていた。

 自身も巻き込まれる流れなのに、エレーナはやはり悠然として料理を楽しんでいる。

 そんなに食に対するこだわりが強い奴だったか?

 思えば、エレーナと食事をすることなどなかった。

 会うのは大体騒ぎの中心地だったし。


「ちゃんと訂正したんだろうな……!」

「…………うむ」


 無理だよ、それで信じるのは。

 だって、訂正する理由がないものね。

 よしんばその気があっても、こいつは他の人とちゃんと話せるかすら怪しい。


「ルナ、とりあえず落ち着け。ほらほら、ルナの大好きな牛肉だぞ。しかも、きっと超高級のだ。美味しそうだなあ」


 頼りにならない二人は捨て起き、ルナの機嫌取りに走る。


「私が大好きなのは兄さんですよ。……食べても良いんですか?」


 ルナの瞳は真っ黒だった。

 ここで頷けば本当に食べられる……そんな危機感が湧いてくる。

 首を横にぶんぶんと振り、咄嗟の判断で牛肉を切り取り、ルナの口元へと持っていく。


「あーん」

「…………ずるいです、兄さん」


 光を取り戻すマイシスター。

 嬉しそうに頬を染め、小さな声であーんと言いながら口を開く。


「美味しいか?」

「天にも昇る気持ちです!」

「はっはっは、ルナは可愛いなあ」


 物欲しげに見つめるシグレは無視し、せっせとルナに肉を運ぶ。

 少しでも流れが滞ると目が座るので、結局最後まで給仕をすることに。

 ルナは満足げに息を吐く。


「兄さん、あーん」

「え、でも……あーん」


 料理は自分のペースで食べたい派だが、ルナの意に沿うのが兄の役目。


「美味しいですか?」

「ルナが食べさせてくれるから何倍も美味しいよ」


 本音はおくびにも出さない完璧なスマイル。

 復讐の旅では、シグレを始め、人の懐に入らざるを得ない時が多々あった。

 気づけば身についていた偽りの仮面。

 剣の腕の次くらいには得意なのが悲しい。


『いいか、グレンよ。女など所詮は共感の塊だ。表面上だけでも合わせておけば落とせる』


 師匠の言葉を思い出す。

 言った本人は微塵もモテていなかったため、心理からは程遠いと思っていたが、俺がやると存外上手くいった。

 ……下心が透けて見えるからか。

 別居している奥さんと娘さんの話をする時の小さな背中は哀愁を漂わせていた。


「ふふふっ」


 ありがとう師匠。

 師匠の尊い犠牲によって俺の平和は保たれたよ。

 反面教師って素晴らしい言葉だね。


「合わせてくれる兄さんが大好きですよ」

「…………は、はははは」


 脳内の師匠がニヤニヤと笑う。


『グレンよ。女の勘は怖いぞ? 騙せているなどとは間違っても思ってはいかん』


 こっちを思い出すべきだったかと冷や汗を流す。

 幸い、言葉通りルナとしては褒めていたようで食事は平和に終わる。


「やっぱり、食事は良いわね。効率重視のゲテモノは人類の敵だわ」


 食後の一杯を嗜んでいるエレーナが呟く。

 遠い目には若干の怒りの色が含まれていた。

 どうやら、食への執着は後天的なものらしい。


「それで何の話だったかしら」

「もういい。とりあえず、誤解は解いておいてくれ」

「……あー、二人の話ね。解くのは良いけど、しんじてもらうのは難しいわよ」

「どういうことですか? そこの芋虫なんぞ眼中にないのは普遍的な事実じゃないですか」


 ルナの圧が再び増す。

 シグレは何故かニコニコとしている。変な奴。


「お、落ち着いて。……知っての通り、シグレは好きな人とそうでない人の差が尋常にないくらい激しいのよ」

「盛った獣より理性がないですね」


 お兄ちゃん、ルナの口が悪くなりすぎてて心配だよ。

 エレーナも口元を引き攣らせる。


「い、今までは私に対してだけだったから、度の過ぎた従者ってこういう者よねで済んでたんだけど」

「え、従者だとそんなよくある感じなのか?」

「……たまに?」


 少なくとも共通認識が出来上がるぐらいの事例はあるのか。

 所詮は金で雇われた関係かと思っていたが、従者と主人の関係は俺が思っているより深いのかもしれない。

 だからなんだって話ではあるが。


「そこに他の人が、しかも異性が現れると……ね? 噂好きな子が多いから。シグレも否定しないし」

「否定しない?」

「ルナよ、私は自分の気持ちに嘘はつけない」


 ルナの問いにシグレは胸に手を当て、


「恋人って勘違いされると嬉しいじゃないか!」


 良い顔で言い切った。

 ドン引きだよ、こちとら。

 ルナがまたヒートアップするかとヒヤヒヤしていると、


「……それは、わかりますけど」

(わかっちゃうんだ!)


 ルナはシグレを睨む。


「だからって嘘はいけません!」

「私は嘘はついてないぞ。ただ否定しないだけだ!」


 ちなみにフッと笑って返すらしい。


「きゃーって盛り上がって嬉しい。羨ましそうな視線も心地良い」

「清々しいな、お前も……」

「う、羨ましい……!」


 例が隣に現れる。

 ルナにもそんな子供っぽい感性があったのだなと失礼なことを考える。

 村でのルナは女性陣のリーダーであり、誰よりも大人びていた。

 シグレとやーやーやりあう姿は年相応だ。


「存外、相性が良いのかね」

「かもしれないわね。似てないけど似てるもの」

「なんだ、トンチか?」


 エレーナは呆れたと言わんばかりにため息を吐く。


「わかってないわね」

「は?」

「二人が組んだら、あなたはどうにもならないってことよ」

「なる、ほど?」


 曖昧な物言いに首を傾げつつ、盛り上がっている二人に目を向ける。

 シグレが俺を監禁、拘束するとしたらとの話をしており、ルナは熱心に頷いていた。


「…………組まなくても身の危険を感じるんだが?」


 お宅の従者のせいでとエレーナに振る。

 エレーナは首をがくりと落とし、


「本当、気をつけて……」


 身内から犯罪者が出るかもと頭を痛めるのだった。


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