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第十八話

 週末の稽古には、ルナとエレーナも付いてき、あーだこーだと騒がしく過ぎ去った。

 腕っぷしは立つが、剣の扱いはそこそこを演じる難しさを痛感したので、次からは初手でシグレを気絶させようと思う。

 昨日も最終的には後頭部への殴打で終わったので大丈夫だろう。

 だってほら、何もなかったかのような面をして横にいるではないか。


「……エレーナは良いのかよ」

「お嬢様は害虫のところだ。そもそも、学生主席のお嬢様は必要な授業にしか出ない」


 従者が控える部屋は当然生徒たちに比べれば手狭で、それを言い訳にシグレの距離が近い。

 てっきり一緒に教室にいるのだとばかり思っていたので完全に想定外だ。


「これで、いざって時はどうするんだよ」

「流石に教室で、先生がいる前でやらかす愚か者はいない。腐っても貴族だからな」

「本当か? そりゃ、大半は脳みそを持ってるから大丈夫だろうけど、やらかす奴なんて脳みそすかすかの馬鹿だろ。面目を潰されたとかでルナに絡む奴がいないか心配だ」


 ちなみにシグレも脳みそすかすか側である。

 叩いたら良い音がしたしな。


「心配しすぎだ。だが、家族思いなのは素晴らしい。シグレちゃんポイントをやろう」


 相変わらず全肯定野郎だった。

 いらんいらんと追い払うように手を振る。


「……ん?」

「どうかしたか?」

「いや? 別に?」


 殺気のこもった視線を向けられた。

 シグレと会話しながら誰かを探る。

 標的はすぐに見つかった。奥の方にいる三人組だ。

 視線はシグレ、時折俺の順で向けられ、前者には好意的だ。


「シグレ、あいつらが誰か知ってるか?」


 視線と会話を悟られないようにして尋ねる。

 ここら辺はシグレも得意なので、同じように雑談に興じるふりをしたまま、


「ヴァイオレット家の従者だな。主人はお嬢様のクラスメイトだ」

「ヴァイオレット家ってことは伯爵家か」

「先代は切れ者だったらしいが、今では名ばかりの貴族と有名な奴らだ。そのくせ、プライドだけは従者たちも含めて高い」


 口調からして何かあったようだ。


「お嬢様を口説こうとしたから丸坊主にしてやったわ」

「それはまた……血は流れてないからセーフか」

「ふん、刀の錆にすら値しないからな」


 値したら斬るのかよと聞こうと思ったが、答えは火を見るより明らかだったのでやめる。


「その割にはあいつらに好かれてるようだが?」

「腕っぷしの立つ女が好きなんだと」


 シグレは肩をすくめる。


「鍛錬不足、才能不足、力不足、知能不足……だが、妙に根性だけはあってな。いくらボコボコにしても懲りないんだ」

「ふーん」


 真性のドMなのだろう。

 シグレはその根性があるなら何故鍛錬しないのかと不服そうだ。


「その点、グレンは日に日に仕上がっているのがよくわかる。好きだ!」

「はいはい、師弟愛な」


 抱きつこうとするシグレの顔面を掴んで止める。

 ……歯軋りが聞こえる。

 例の三人組はどこから出したか、ハンカチを食いちぎらんばかりに噛み締めていた。


(ここは動物園の集まりか?)


 抱きつきから手刀ーー攻撃へと移行したシグレの額にデコピンを決める。


「いい加減、落ち着け」

「くー! 一瞬の隙を見逃さないその姿は正に達人!」

「……もう黙っててくれよ」


 もしかして、毎日これに付き合わないといけないのか?

 その内、勢いあまってやってしまいそうだ。


「ちなみに、訓練用に一部屋割り当てられてるんだが」

「行かねーよ」

「ちょっとだけ、ちょっとだけで良いから、切先だけで良いから!」


 騒ぐシグレ。

 三人組以外からも視線を向けられる。


(勘弁してくれ……)


 助けてエレーナ。シグレの命運が尽きるぞ。


「…………はあ、行くか」

「っ! やった! グレン大好き!」

「俺はお前が大嫌いだよ……」


 全く意に介さないシグレの後ろをトボトボとついていく。

 …………三人組も後を追ってくる。


「ここだ! ……今は誰もいないみたいだぞ!」


 やったなと嬉しそうなシグレ。

 縛りプレイの身としては面倒くさいだけだが、彼女からすればそれはそれは楽しいだろう。


「満足いくまでやり合おう」

「嫌だよ。お前、仕事を忘れてるだろ」

「……お嬢様は一人でも逞しく生きていける方だから」


 既に二本の愛刀を抜き、臨戦態勢に入っていたシグレは目を逸らす。


「……よく解雇されないな」

「お嬢様は寛容だからな。それにされたら泣き叫ぶし」


 真顔をとんでもないことを言い放つ。

 冗談を言っている雰囲気はない。


「ぐ、具体的には?」

「お屋敷の前で延々と」

「……本気で言ってるのか? 言ってるんだよな。シグレだもんな。マジか、呪いの装備じゃん」

「はっはっは、愛の装備と言ってくれ」


 快活に笑うシグレ。

 そういえば俺も装備者だったわと泣きたくなる。


(こいつの面倒を見てるガーランド家って天使の生まれ変わりだな、きっと)


 俺だったら問答無用で遠くに捨てる。

 死にはしないので良心は痛まない。ただ帰ってきそうで怖いだけ。


「斬り捨てごめん!」


 首を僅かに上に向けた瞬間、シグレは動き出した。

 姿勢を低くして視界に入り込むと、無防備な胴体に向かって容赦なく刀を振るう。

 それをバックステップでかわし、着地と同時に距離を詰め、刀ごとぶん殴る。


「くっ!」


 床と靴の摩擦音が響く。


「相変わらず素晴らしいパンチだな!」

「どーも、これしか取り柄はないもんで」

「今のタイミングで剣を振れれば、私なんか真っ二つだったぞ!」


 真っ二つにされる側が何故そんなにも嬉しそうに告げるのか。


「咄嗟だとどうしても拳の方が出るんだよな」

「そればかりは剣を振ってた時間によるからな。地道にやっていくしかあるまい」


 意識して拳を使っているのはバレていないようだ。

 そもそも、防御以外で相棒を抜く気はない。


「っ!?」


 代わりにと言わんばかりに懐から短刀を取り出し、一本をシグレに三本を覗き魔に投げつける。


「ぐへっ!」

「ぐはっ!」

「ぐほっ!」


 間抜けな声が三通り響く。


「むう」


 しっかりと避けたシグレは不満そうに頬を膨らませる。


「そんな奴らどうでも良いだろ? 私だけを見ろ」

「俺は秘密主義でな。覗かれるのは嫌いなんだよ」


 だから、学園では最低限しか力を振るう気はないと伝える。

 シグレは不承不承ながら納得する。


「この間みたいに、ちゃんと稽古場を用意してくれたら付き合うからさ」

「う、うむ!」

「ただし、制限時間はちゃんとつけるからな」


 いつまで経っても終わらないから強行手段に出る羽目になったのだ。

 稽古自体は俺もしておきたいので、絶対に嫌なわけではない。

 シグレ相手に素手で対峙するのも、武器を失った際の練習と見れば大変有意義だ。

 魔物狩りをする暇はあまりないので、勘が鈍る恐れもあった。


「半日」

「は?」

「……六時間」

「立ち会いはその半分だからな」

「…………わかった」


 わがままを言うと零になることぐらいはわかったようだ。


「そろそろ時間か。俺は戻るけどシグレはどうする?」

「お嬢様を迎えに行く。どうせ、また面倒事を頼まれているだろうしな。手伝わねばならない」


 そこら辺はちゃんと従者をしているのかと感心する。


(いや、姉の方が近いか?)


 自由人な姉とそれに振り回される真面目な妹。とはいえ、なんだかんだ妹の手伝いはする。

 まあまあ、納得のいく構図だった。


「そうか。じゃあ、また明日な」

「昼も会いに行くぞ」

(くそ、逃げられなかったか)

 

 仕方がないので、来たかったら勝手に来なとだけ伝えて去ろうとする。


「また後で。始末は任せてくれ」

「始末?」


 何のことだと振り返ると、シグレが今まさに三人組を斬り捨てようとしているところだった。


「ストップストーップ!」


 慌てて止めに入る。

 シグレは刀を振り上げた姿勢のまま、不思議そうに、


「グレンは見られたくないんだろ? 私は記憶をどうにかする術はない」

「うんうん、それで」

「だから、首をはねれば万事解決だ」

「しねーよ!」


 殴られたシグレの頭はポカンと綺麗な音を奏でるのだった。


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