第十七話
「あ、兄さん」
「おかえり、ルナ。変なことはされなかったか?」
「大丈夫ですよ」
言葉の割には妙に笑顔に圧を感じる。
矛先をハーヴェルへと変えるべく、視線を向けると、
「はあ……はあ……はあ……」
息も絶え絶えでソファーに体重を預けきっていた。
それほどまでに多大なる魔力を必要とするのかと思った一方、それも当然かと納得する。
無法に近い魔法に加え、おそらく精神を俺とルナ、二つに分割していたのだから。
「そんなになるなら、わざわざ使わなければ良いのに」
「おま……くそ…………」
「先生、お水です」
ハーヴェルは俺たちを指差し、何かを訴えかけるが言葉にならなかったため、エレーナからもらった水を勢いよく飲む。
魔力を使いすぎると喉が渇くのか。初めて知った。
「はあ、もう嫌だ……」
ハーヴェルは息を整えるとポツリと呟いた。
最初会った時の威厳はもうどこにもない。
「何があったんですか?」
代表してエレーナが尋ねる。
ハーヴェルは待ってましたと言わんばかりに口を開く。
「こいつらは何をしたと思う? 楽しくおしゃべりをしてたと思ったら方や突然魔法を斬るし、方や突然魔法を壊すし……」
「き、斬る? こ、壊す?」
理解ができないと言わんばかりに、俺たちを見る。
俺は横に座るルナの方向を向く。ルナもこちらを向いていた。
「壊したのか?」
「案外、簡単に壊せました」
兄さんは斬ったのですかと尋ねられる。
「案外、簡単に斬れた」
「「なーんだ、結構脆いんだな(ですね)」」
「「ふ、ふざけるなー!」」
俺たち兄妹に対し、師弟コンビが立ち向かってくる。
命知らずな奴らめ。
「だって、実際斬れたし」
「壊れましたし」
「「ねー」」
事実を突きつけると二人はぐぬぬと悔しそうに唇を噛み締める。
「せ、先生、何か言い返してくださいよ!」
「私に振るな! お前こそふんわり、やんわりと引き分けもっていけ!」
「無茶振りすぎます!」
対抗するどころか身内で争い始めた。
所詮は他人かと鼻で笑う。
俺たちとは年季が違うのだよ。
「そもそも、どうして斬られたり、壊されたりしちゃったんですか!」
「わ、私だって知りたいわ! ……多分、グレンのは魔力を剣に込め、魔法の繋ぎ目を斬った、はず」
「そんな神技できるわけないでしょ!」
「そ、そうとしか見えなかったんだ!」
流石は名高いハーヴェル教官だ。
一目見て仕組みを見抜いていた。
まあ、エレーナが言う通り、行うのが何よりも難しいため、わかったところではある。
ちなみに、シグレ無限流の応用なので彼女も似たことができる。
流石に空間系の魔法は斬れないだろうが。
「じゃあ、壊されたってのは?」
「ルナのはシンプルだ。暴走した魔力に“白い部屋”が耐えられなかった」
「っ!? そ、そんなことありえるんですか!!?」
「ありえたのだから仕方がない」
あの魔法は“白い部屋”というのか。安直な名前だ。
しかし、斬った手応えとしては相当なものだったが、あれを内側から押し破ったというのか。
「流石はルナだな」
「えへへ、狙ってやれたら良かったんですけど」
「そこ和やかにしないで! 無茶苦茶なことをやった自覚はないの!?」
手を上げる。
「素人質問で恐縮ですが、そんなに無茶苦茶なやり方なのですか?」
「その言い方で、本当に素人なことある?」
「素人で恐縮ですが、うちの妹は凄いってことで良いですか?」
「「うん」」
ハーヴェルとエレーナは揃って頷く。
勇者パーティの魔法使いーーリースも似たようなことをやっていたが、彼女も規格外だったのだろうか。
「俺からすれば白い部屋の方がとんでもなく見えるんだがな」
「わかります! とんでもない魔法ですよね!」
ルナも同意する。
俺たちのリアクションにハーヴェルがニヤニヤと笑う。
落ちていた自尊心が回復してきたようだ。
「まあ、あれは? 私が学生の頃から研究してきた魔法だし? まだ誰も再現できないし?」
やっぱり私は天才だと高らかに笑う。
実際、天才と評するに値する。
「見た感じリスクもあるんだろうけど、仲間を控えさせておけば誰にだって勝てるんじゃないか?」
途端に汗が吹き出し、首を真横に向けるハーヴェル。
エレーナは澄ました顔で紅茶を飲む。
どうやら、そう上手くはいかないようだ。
「……条件が複雑なのか?」
パッと思い当たるのは発動条件だ。
たとえば、密閉された空間内でだけとか、何人以下とか、特別なアイテムが必要とか。
「…………しか……」
「ん? 聞こえない」
「だ、だから……ごにょごにょごにょ」
「三十代がそんなことをしても可愛くないぞ」
「まだ二十代だ! 馬鹿者!」
最初からその声量で話してくれ。
あまりの勢いにルナが面食らっている。
「先生、落ち着いてください」
「こ、こいつが……!」
「気持ちはわかりますが……見てください、彼の表情を。微塵も響いていませんよ。時間の無駄です」
「ふん、早くしろ」
あえて偉そうに振る舞うとハーヴェルは拳をわなわなと震わせる。
「すーはーすーはー…………白い部屋はこの部屋でしか使えないんだ」
「ダメじゃん」
「がーん!」
「とはいえ、理論を作り出しのは画期的な発明か。生まれてくるのがもっと早ければなあ」
「きゅん!」
……この二十代ももしかしてちょろいのか?
百面相さながらに様子が変わるハーヴェルに、シグレと似た雰囲気を感じる。
「実用化の目処は?」
「へ、へへへっ」
「芳しくないわ」
「……みたいだな」
この部屋限定となると格上相手にどうなるかや、魂を操る術を持っている場合、どうなるかなどの実験も行えていないだろう。
今はまだ魔王は復活しておらず、脅威とは見られていないが、一年もすれば神託と同時に勇者が認定される。
それでもしばらくは全面戦争はないため、人によっては平和そのものだったりするが。
(俺たちの村は特別なんだよな)
ルナを見る。
あーたこーだと実用化に向けて話をしているハーヴェルとエレーナを真剣な表情で見ていた。
(特別なのはルナか)
白い部屋を魔力の放出だけで破ったことといい、ルナの潜在能力は計り知れない。
仮に脅威であるからと狙われたのなら異常事態だ。
何故なら勇者であるムエンでさえ、故郷は狙われていないのだから。
(まあ、たまたま見つけられたのがルナだけだって可能性もあるけどな)
色々推測するにしても、どうしても運の要素が存在し、それが大きな意味を持つことは少なくない。
どうしても行き当たりばったりになる。
もし、運良くエルガーが潜伏している場所を発見できたら無力化は容易だろう。
魔王の復活に力の大半を注ぎ込んでいる彼は、酷く衰弱しているはずだ。
そして、エルガーを倒せば魔王の復活は遠のく。もしかしたら、完全に阻止できるかもしれない。
「まずは部屋から出てください! 認識を広げるにはそれしかありません!」
「い、嫌だ……! 外は、太陽は、日に焼かれるー!」
意識を戻せば、エレーナが引きこもりの子供を引き摺り出そうとしていた。
ハーヴェルは必死になってソファーにしがみついている。
「これが、魔法」
ルナは何故かしきりに納得していた。
ダメだ。天才の感性はわからない。
ルナの中ではインスピレーションが沸いているのだろう。
目を見ればわかる。色々と考え込んでいる時の表情だ。
(外で待ってるか)
盛り上がっている三人は放置し、廊下に出る。
すると、壁に寄りかかって待っていたシグレがパッと笑顔になる。
(しまった。こいつがいたか)
「遅かったな! あの害虫に変なことはされてないか?」
そう言ってぺたぺたと体を触る。
心配する振りをして筋肉を確かめているな、こいつ。
大方、剣を振るために必要な体か調べているのだろう。
「うむ!」
ご満悦のようだ。
全盛期には満たないが、だいぶ体は仕上がってきていた。
節々の故障がないため、順調にいけば前よりも強くなれるだろう。
「体づくりは必要なさそうだな! 流石はグレン! 私の弟子だ!」
「あ、はい」
弟子であることを思い出し、げんなりする。
「ちょうど良い。今週末、稽古をするぞ。というか、毎週末稽古だ」
「え、嫌だけど」
「じゃあ、結婚か」
「ひゃっほー! 稽古楽しみだぜ!」
際どい発言をジャンプ一番回避する。
……おかしい。婚約者のはずが、結婚に変わっていた。
おそらく、シグレの頭の中で自動的に関係が進んでいるのだろう。
このままでは、いきなり旦那様と呼ばれかねない。
「師匠、俺たち師弟の絆は一生変わらないですよね!」
「っ! もちろんだ!」
「師匠についていくっす!」
「ついてこい! あの夕陽まで走るぞ!」
まだ昼間なんだが。
走り出したシグレを見送り、一難去ったと胸を撫で下ろす。
楔を打ったので、しばらくは師弟関係に熱を上げるだろう。
定期的に修正を入れておけば大丈夫、なはず。
(……帰りたい)
王都に来て一週間も経たない内に故郷が恋しくなるのだった。




