第十六話
気がづけば真っ白な空間にいた。
地に足がついているような、浮いているような、どっちつかずの感覚。
幻覚の類だと判断し、相棒を手に取る。
「待て待て」
魔力を通し、魔法を斬ろうとした瞬間、目の前に先生ーーハーヴェルが現れた。
ついでと言わんばかりにテーブルと椅子が降ってくる。
ご丁寧に紅茶とお菓子も乗っている。好みは弟子と一緒のようだ。
「即断即決は評価するが、私の仕業なのはわかってただろ?」
「本物であるか確証が得られない」
人差し指を立てる。
「操られている可能性を否めない」
中指を立てる。
「そもそも、お前を信用していない」
薬指を立てる。
「はあ」
足を組み、紅茶を飲んでいたハーヴェルは大きなため息を吐く。
一見すると隙だらけだが、斬れるイメージがわかない。
「おい、今どうやって斬るか考えただろ!」
返事の代わりに無造作に相棒を振るう。
鈍い音共に硬い衝撃が手に伝わる。
「本当にやる奴があるか、馬鹿!」
「硬いな」
「話を聞け!」
喚くハーヴェルは無視する。
やり方はいくつかあるが、ルナが人質にされる可能性なども考慮すると迂闊には動けない。
「何の話だ」
椅子に座り、単刀直入に尋ねる。
ハーヴェルはズレたとんがり帽子を直し、がくりと肩を落とす。
「話には聞いてたが変わりすぎだろ……。何があった」
お前はこうもっと危機感がなかっただろと言われる。
ハーヴェルの感覚は正しい。
事実、全てを失うまで俺は平和な明日が来ると信じていたからだ。
「確かに剣の才能はあった。けど、そんな物騒な未来は見えなかったんだがね……」
「未来? どういうことだ」
気になるワードに食いつく。
ハーヴェルは再度ため息を吐く。
「そう怖い顔をするな。……まるで数多の戦場を経験してきたようじゃないか」
「はぐらかす気か?」
「だからそう殺気を出すな。物事には順序がある」
「……早くしろ」
過去に戻った身としては、未来を見るとの言葉には反応せざるを得ない。
一つの仮説として、俺は過去に戻ったのではなく、未来を見ていただけとの考えもあった。
「私はその人の可能性……まあ未来みたいなものが時折見えるんだよ」
「可能性? 未来というには語弊がありそうだが」
「漠然とした光景だ。お前の時は、大剣を自由自在に操る姿が見えた。相手は……おそらく魔族だろうね。仲間の姿を見えた」
ルナがいたかはわからなかったがねとハーヴェルは言う。
大剣使いは珍しい。
ハーヴェルが見た光景が嘘でないのなら一定の信頼は置ける。
仮に本当に未来が見えていたのなら、仲間とやらは勇者たちだろう。
それ以外と共に魔族と共に戦うことはなかったからだ。
「ルナは?」
真偽はそこで測る。
ハーヴェルは難しい顔をし、
「見えなかった。言ったろ、時折だと」
「論外だな。信じられる要素がない」
大剣使いなど相棒を見ればわかることだし、魔族やら仲間やらも証拠には程遠い。
ルナの死の運命が見えていたらと思ったが……。
(それはそれで見殺しにしたってことでやってたけどな)
「……だが」
ハーヴェルは続ける。
「ある日、不意にルナの未来が見えた」
「…………」
ハーヴェルの表情は暗く、己の失態を嘆いているようだった。
「その時、私は気づいたんだ。見えなかったんじゃない。未来が真っ暗なだけだったんだと」
「真っ暗とは何の暗喩だ」
「……わかるだろ」
ハーヴェルは口に出すのも嫌と言わんばかりに苦い表情をする。
しかし、俺が引き下がらないのを理解すると観念して、
「死、だ。ルナに未来はなかった」
ハーヴェルが見えるのはある程度先の未来らしい。
だからこそ、三年後に死ぬ運命にあったルナの未来は見えなかった。
(……一応、辻褄は合うか)
何故、その可能性に思い至らなかったのかなど疑念は尽きないが。
どうにも、ハーヴェルに都合の良い設定に感じる。
「未来を見るのは初めてじゃないだろ? なんで思い至らなかったんだ」
「私はそれ程、人とは関わらない。……そもそも、制御もできない、理屈もわからない力など若い頃は嫌いで仕方がなかった」
「だから、研究を怠ったと。後悔するのは虫が良くないか?」
「くっ、痛いところを突きよる」
エレーナとは違い、ハーヴェルは俺と近いタイプなのだろう。
後悔した理由はルナの命運を悟れなかったことで、誰かを救えたなどは一切考えていない。
「それで?」
「見えたのはルナの誕生日だ」
「…………」
信憑性が高まる。
ルナの運命が変わったのは確かにあの日だったからだ。
それを知るのはこの世で俺一人だけ。
「ルナにそれとなく尋ねてもはぐらかされてしまった。理由はおそらくお前だ」
ルナが口を噤む理由はそれ以外ないだろう。
エルガーの話は、信じてもらうには荒唐無稽であり、信じてもらったとしても無駄なリスクにしかならない。
ルナには秘密にしようと約束していた。
「あの日、何があった。未来は何故変わった」
「お前の見た未来は変えられないのか?」
「……サンプルが少ない故、断言はできないが」
今までに未来が変わったことはなかったらしい。
「何故だ? それこそ俺なんて大剣を使わないだけで変わるじゃないか。もしくは、俺を殺せば手っ取り早い」
「ぶ、物騒なことを言うんじゃない」
「じゃあ腕を切り落とせば良い。あの時の実力差なら簡単なことだろ?」
「……それはそうだが」
明らかに戸惑いの色が浮かぶ。
なるほどと納得する。
どうやら、ハーヴェルは俺よりはだいぶ善良よりのようだ。
大切な人たち以外に心を割くことはないが、かといって無用に傷つけるのは良心が痛む。
俺なら未来を変えられる可能性を探るため、腕の一本や二本、平気で斬るだろう。
「じゃあ、話は簡単だ。俺はルナのためなら関係のない奴らなんて平気で傷つけられる。だから、変わったんじゃないか?」
特別な要因には心当たりはないしなと嘘をつく。
ハーヴェルが敵である可能性残っている以上、本当のことを話す理由はない。
エルガーが動くのを知っていたら死ぬ未来がどうたらと言えるだろう。
「身も蓋もない……」
ハーヴェルはしょんぼりと肩を落とす。
年齢は聞いていないが、見た目からして二十代後半だろう。下手したら三十代もありえる。
それにしては考えたところで師匠を思い出す。
(あの人は五十近いってのに少年の心を忘れてなかったからなあ)
五年後の俺も今と大して変わりなく、とてもではないが立派な大人とは言えない。
存外、そういうものなのかと納得する。
「変えたい未来でもあるのか? というか、見える未来についてまだ話してないことあるだろ」
「お、おおう?」
わかりやすく動揺するハーヴェル。
とんがり帽子がずり落ち、視線が泳ぐ。
「な、なんの話かさっぱりわからないなあ」
「そろそろ斬るか」
「え、ちょ!?」
ーー通。
相棒を手に取り、シグレ無限流から着想を得た技、“通”を使う。
魔法を斬る技法といえばわかりやすいだろう。
魔族と戦う上でこれ程、役に立つ技もない。
「おかえり」
紅茶を嗜んでいたエレーナが出迎えてくれる。
どうやら、時間は経過するようだ。
「体もここに?」
「そうよ」
いつの間にか腰掛けていたソファーの背に体重を預け、息を吐く。
隣に座るルナは安らかな寝息を立てている。
「とんでもない魔法だな」
強制的に敵を拘束、無力化できる魔法だ。
仲間がいればどんな強力な敵すら殺せるだろう。
(……こいつを勇者パーティに加えない理由よ)
足を組んだまま目を瞑っているハーヴェルの頬を引っ張る。
エレーナが紅茶を吹き出す。
「な、なにしてるのよ!?」
「いきなり人を得体のしれない空間に引き摺り込んどいて、この程度で済ませるだけ褒めて欲しいわ」
「そ、それはそうだけど……」
「精神だけだから拉致、監禁にはならないと? 警備隊はこいつを捕まえられないのか?」
「げ、現行法だと無理、かも」
「かー、しょーもない」
「あ、あはははっ……お菓子食べる? 美味しいよ」
エレーナが師匠の不祥事の尻拭いをしようと、必死にご機嫌を取ってくる。
清廉潔白かと思ったエレーナも案外そうでもなく、本当に人っての何枚の顔を持ってるのだなと笑う。
『視野を広く持った方が良い。世界は広い』
ムエン(勇者)に言われた言葉を思い出す。
彼女の言う通り、俺の見ていた世界は狭かったのだろう。
『たとえば私とか。……わからない? いつかわかる』
まだわからないことも多いが。
「とりあえず、腕を縛っておくか」
「やめてー!」
静止するエレーナとの争いは数分間続くのだった。




