70話
「ハーゲンティ様、お久しぶりです」
「ナベリウス先生お久しぶりです。本日からお勉強再開です。ご指導のほどよろしくお願いいたします」
軽く挨拶をし、エルダについて軽い説明とあまり大々的に話を広げたく無い事を伝える。
ナベリウスは授業の後で少しエルダを触らせる事と引き換えに了承してくれた。
「ではまず、社交期間中に出していた課題の採点を返却いたします」
結果はまずまず、と言いたい。暗記が苦手な私にしてはがんばった。
計算は問題ないのだ。前世の小学校低学年レベルでさっさと解けた。
地理と歴史に難あり。
「正答率は6割。子・男爵でしたら十分と言えますが、ハーゲンティ様は公爵です」
「はい」
「せめて8割取りたいですね」
「はい」
ここでつまずいていると、入学後に科目が増えた時に困ることになると説明を受ける。
「学校の教育課程は11科目あります」
読書、暗記、口授、問答、書取、作文、数学、画法、礼法、音楽、体操。
そして読書の中に地理、歴史、魔法、経済、法律、兵法がある。
体操はほぼ戦闘訓練だ。
聞かなかったことにしたい科目が何個かあったが、楽しみな科目を思い浮かべることで眉間にしわが寄ることを防いだ。
「でもナベリウス先生、学校でも授業があるのでしょう?入学前からたくさん勉強をする理由は何ですか?」
「入学試験があるからです」
え
私はポカンと口を開けてしまう。
「わたくしも入試を受けるのですか?」
「全員です」
「学校へ通うのは公爵家の義務だと以前教えていただきました」
ええそうです、と言いながらナベリウスは指を組んだ。
「国を動かす貴族の、さらにその上に立つのが王と公爵ですからね。当然、余裕で合格する事が義務です」
なんじゃそりゃああああああああああ
「なんじゃそりゃああああああああああ」
ちゃんと声が出た。
「ハーゲンティ様、大声を出して構わないのは騎士の訓練の時だけです」
「失礼いたしました」
ムルムルの手が私の顔の真横まで迫っていた。
振り返ると「間に合わなかった」と悔しそうに眉の寄った表情をしたムルムルと目が合う。
「チャクスが以前、10歳頃に家を出る事が多い、自分は特別早かったという話をしてくれました。これは、入試を受ける受けないが関係しているのでしょうか」
「その通りです」
上級貴族の子はほぼ全員学校に通うが、下級貴族は跡取りのみ通う場合が往々にしてある理由が見えた気がする。
今、私がナベリウスに勉強を見てもらっているように、家庭教師を雇えるだけのお金と時間がある家でないと子供を学校に通わせられないのだ。
あと入学の可能性があるとすれば、チャクスやムルムルのように運良く早くに側近入りすることだろうか。見習いはまとまって勉強をする時間も与えられるし教師も用意される。少ないとはいえ給金も出るので入学までに学費も貯められる。
貴族って大変だな。
こんな軽い言葉では済まないし、今の私はその大変な貴族のまとめ役を請け負う家の子だ。
余裕で合格。
入試の10歳まで4年を切っている。不安になるけれどやらなければならない。
「はぁ……いえ、がんばります」
私だけじゃない。
それに、私の見習いの側近たちは入学に向けて勉強も貯金も進めているし、「受験に失敗しました」なんて変に見栄っ張りな私は口が裂けても言えない。言いたくない。
「ぐぬぬ」
と声を漏らしながら、少しの間だけ机の木目を数える。
何も知らなければ、こういうものだと自然に受け入れて生きただろう。
下手に前世の記憶を持っているばかりに、何かと覚悟を決めなければ受け入れられない私は前世バフではなく前世デバフ持ちなのではないだろうか。
「ふう」
一息つく。
ここで悶々と考え込んでも何も進まない。
覚悟を決めるためにもせっかくだから話の流れに乗って、学校でのカリキュラムについて質問する事に。
「騎士団で基本呪文を教わりましたが、魔法の授業が別にあるのですか?」
「科目の魔法は魔法道具作りを指します。書陵官や研究員を目指さなくても基礎を知る必要があるので1回生は全員授業があります」
1回生を乗り切れば好きな科目を選択できることを知り、少し楽しみになる。
「公爵家は全科目必修です。ハーゲンティ様は2回生に上がっても選択授業にはなりません」
ま、またか!
なんなんだ公爵家!!
「そこを何とか」
「なりません」
覚悟を決めきれない私は、しばらくナベリウスとの問答が続いた。
授業が終わり、約束していたエルダをナベリウスへ渡す。
「とても、綺麗ですね」
そっと魔石を撫でる。
パチンッ
と弾ける音がして、ナベリウスは弾かれた手を振っていた。
「魔力を流してみようとしたのですが」
「あ、あー」
いやいや、とエルダが全身を震わせてナベリウスの手から逃れる。
「先生、意外とチャレンジャーですね」
「『ちゃれんじゃー』とは?」
「えーっと、挑戦的ですね?」
ナベリウスは、ふふふ、と笑って私の耳元へ口を寄せる。
「そうでなければ、ハーゲンティ様の家庭教師なんて務まらないでしょう?」
そうか?
私はエルダを撫でながら帰宅するナベリウスを見送った。




