69話
久しぶりに、家族(?)全員そろっての夕食だ。
ザブナッケが留守の間、食事は各自の部屋でとっていたため、スコックスとレライエの二人と顔を合わせるのはおよそ3ヶ月ぶりになる。
私は二人の顔を思い出せるだろうか。
「ハーゲンティお姉様」
そして、3歳になった弟アイペオスが今日から一緒に夕食をとる。
“お姉様”の響きにむずがゆくなり身をよじる。前世にも弟はいたが「まゆり」と呼び捨てだったので、恥ずかしさが大きい。
私は今、ちょっと顔が赤くなっている気がする。
「その、黄色い本は、何ですか?」
一気に感情が落ち着いた。
「これは、ギルティネ様からいただいたエルダの写しです。中はわたくししか読むことができませんが、少しの間、本に触れることはできます。持ってみますか?」
「持ってみたいです!」
元気でよろしい。
私の頭上で踊っていたエルダを呼び寄せ、アイペオスに渡す。
アイペオスの側仕えが顔を真っ青にしてオロオロしながら本を支える。
そこまで警戒しなくてもいいじゃないか。
少し視線を外し、部屋の中をぐるりと一周させる。
スコックス、レライエ、その側近たちも皆一様に顔を青くしていた。
なぜだ。
「んんん、あかない」
「いけませんアイペオス様」
私が目を離しているすきにアイペオスがエルダの中を見ようと挑戦していた。
エルダが逃げようとしている気がする。3歳でも男の子だから力が強いのだろうな。なんならまだ加減ができない年頃だもんな。
前世の弟を思い出す。
「大丈夫ですよ」
私はアイペオスの側仕えに声をかける。
「王子殿下や王女殿下も、試していらっしゃいます。ただ、ムキになって爪が割れるなど怪我だけ心配です」
「はい、よくよく見張っておきます」
私は側仕えにうなづいてからエルダにそっと触れる。
「わたくしの弟です。今日の食事の間だけはアイペオスと一緒にいてください。お願いいたします」
エルダは観念したように動きを止めた。
「お姉様すごいです! 本とお話ができるのですね」
「そうですよ」
2冊だけね、と心の中で付け加える。
ザブナッケが部屋に入ってきたので会話を切り上げて各々決められた席に着いた。
「王城の様子はいかがでしたか?」
「あぁ」
スコックスがひっきりなしにザブナッケへ話しかける。
それを「あぁ」とか「そうだな」とか適当な相槌だけで返事をしているザブナッケ。
他は全員黙って食事をとり続ける。
アイペオスはこの空気に異常さを感じたのだろう。ずっと視線が泳いでいる。
初めてそろっての食事がこれって、アイペオスが可哀想すぎる。
私の感情が伝わったのか、エルダがアイペオスのひざの上で向きを変え、表紙を私に向けていた。
私は「大丈夫だから」と机の下で小さく手を振る。
目や鼻は無いけれど、やっぱり表紙が顔なのか。なんて思いながら自分の皿に視線を戻す。
「ハーゲンティ様」
食事を再開してすぐ、カシモラルに肩を掴まれて何事かとカトラリーから手を放す。
ザブナッケがアイペオスのひざに置かれたエルダに手を伸ばしているところだった。
「戻って」
私は短く呼びかける。
瞬時にエルダが飛んで戻ってきた。
「なんのつもりだ」
ザブナッケがこちらに顔を向けた。正面からザブナッケの顔を見たのは、カシモラルたちが側近に決まったその場に乗り込んできた時以来だ。
オレンジの髪に緑の瞳。
少しつり上がった目の形は私に似ている。
だからどうした。
「わたくしがエルダを貸す約束をしたのはアイペオスです」
「何様のつもり!?」
なぜかザブナッケではなくスコックスが立ち上がって大声を上げた。
「え、ハーゲンティ様ですけれど?」
あ、やべっ。
慌てて自分の口を押さえる。
つい、ほんとに、ポロリだ。
周りの顔が見れない。
引きつっているのだけは視線を下げる前に見えた。
「んっん、わたくしがエルダを貸す約束をしたのはアイペオスです」
もう一度言ってみる。
次はスコックスが口を開く前にザブナッケが手を上げて黙らせた。
「私には貸せないと言いたいのか?」
ザブナッケの声は意外にも穏やかだった。
私は、今まで何かと妨害してきたり存在を無視したり、だというのに珍しいものがあると見せろと言ってくるなんて都合のよろしいことでと呆れる。
呆れました、という表情をしっかり作った上でザブナッケに返事をする。
「いいえ、きちんと、わたくしに、貸してと言ってください。あ」
エルダが私の後ろに隠れた。
「……エルダが、いえ、ギルティネ様が嫌がっているようです」
「ギルティネ様と常に会話ができるのか?」
「いつでも、というわけではありません」
どこまで言えるだろうか。
途中で声が出なくなる不安をおしのけて答える。
「限られた条件下でのみ声を聴くことができます。ギルティネ様との契約があるので詳細は話せませんが、ギルティネ様の書の写しは意思を持っているように動きます。この本を通してわたくしたちを見ていると考えるのが自然ではないでしょうか」
理解をしてくれたようで、ザブナッケは少し間を開けてうなずいた。
「なら、声をかけずに手を伸ばした私は無作法だったな」
「そ、そこまででは。少し驚いた程度ではないでしょうか」
なんで私はフォローしているのだろうか。
いやでも公爵で領主だし、私はここの住人っちゃ住人だし。良い事をした! と自分の中で結論付ける。
私がうなっている間にザブナッケは一歩下がって胸に手を当てる。
「領地に加護を与えてくださるギルティネ様へ大変な無礼を働いてしまったことをここに謝罪いたします」
淡々と告げてザブナッケは自分の席に戻った。
また私は、その緑の瞳から姿を消した。




