67話
ムルムルにお茶を入れ替えてもらう。
どうやって次の話題に切り替えようか、そう考えているとボルフライがタイミングよく話を振ってくれた。
「わたくしたちより出発の遅かったハーゲンティ様が先にお戻りになられていたので、どの家にも寄らずに野営したのではとお兄様たちが話していました」
「正解です。補給が必要だったので、シンヒカー侯爵の家にだけ寄りましたが」
私は一度口を閉じて、再度開く。
「その時に、アミーがわたくしの管理官見習いとして側近に入ることが決まりました」
「……今日、わたくしだけをお呼びになった理由でしょうか」
「その通りです」
ボルフライは自分の手にあるカップをゆっくりと揺らす。
どちらの側近も動かない。
私はひざの上の握る手を緩め、エルダを自由にさせる。
「ボルフライの家と、ボルフライ個人。両方から見てシンヒカー侯爵家は、わたくしの味方と言えるでしょうか。わたくしを公爵へと推すためにアミーを側近に寄越したように思えないのです」
「ハーゲンティ様がそのように気にかけたのでしたら、きっとなにかあるはずです。すぐ調べましょう」
ふぅ、とボルフライが息を吐いてから、
「バイェモン様にはわたくしから声を掛けます」
と言ってくれた。
「ありがとう。オリアクスを経由するつもりだったのだけれど」
「同い年で伯爵家同士なのでバイェモン様とは以前からある程度交流があります。それに、今回はシンヒカーと同じ侯爵家のマルティム様やオリアクス様が動くと……」
んー、とボルフライが首をかしげる。
ボルフライの書陵官がそっと耳打ちする。
「変に亀裂が入るかもしれません」
「それは避けたいですね」
難しい言い回しにつまずいたようだった。
よかったまだ子共だった、とボルフライの様子に私は少し安堵した。
そのままボルフライは書陵官から何やら聞き出しているようだ。何度かうなずき、書陵官がその場で書き出したメモを受け取った。
「シンヒカーはバティン様のご実家ですから、アミー様の側近入りを現時点ではハーゲンティ様の後ろ盾についたと周囲は見るでしょう。これは、わたくしの家も含めてです」
本当にそうなら嬉しい。しかし、シンヒカーに滞在していた時の使用人たちの対応を考えるとそれだけではない気がしてならない。
王城への行きに滞在させてもらった時はどうだった?
王宮での社交はどうだった?
侯爵夫妻が何を考えているのか私にはさっぱりわからない。
バティンはどうしてアミーを受け入れたのだろう。
「わたくし、シンヒカーの提案をお母様が受け入れて、アミーが側近入りしたのだと思っていました」
今度はボルフライが黙ってうなずく。
「もしかして、お母様がアミーを渡せと……」
その先の言葉は続かなかった。
「ハーゲンティ様、それを調べるための書陵官です。バイェモン様に任せましょう」
「はい」
ボルフライが手に持っていた資料をすべて自分の側仕えに渡す。
「わたくし個人としては、アミー様の側近入りは不思議に感じます。バティン様のご結婚当初は分かりませんが、わたくしたち中立から見るシンヒカーはあまりバティン派とは呼べません」
「お母様の実家なのに?」
「はい。一歩引いた立ち位置にいる印象でした。なのでこの時期に側近入りするのがとても不思議です。ハッキリと派閥を示すならハーゲンティ様の帰敬式直後にチャクス様やムルムルと一緒に側近入りさせるでしょう」
言われてみれば。まで考えて私は首を横に振る。
状況が変わった。私は王宮の仕掛けを起動したのだ。
「本当は、弟のアイペオスの側近にしたかったけれど、わたくしがエルダを手に入れて戻ってきたのでやむなし? うーん、でもそれならなぜ先にアイペオスの側近にしておかなかったのでしょうか」
「アイペオス様はこの秋で3歳ですよね? ならこれから大人の側近たちが選ばれ読み書きなどの教育が始まります。見習いの子供を側近にできるのは6歳の帰敬式後からです」
細かっ。
でもそうか、なら。
「公爵からぞんざいな扱いを受けているわたくしと無理につながって睨まれるより、アイペオスが6歳になるのを待ってそこからバティン派として本格的に動こうとしていた」
ボルフライがハっとした顔をする。
金の髪にあぐらをかいているだの、わがままだの、それら悪意あるウワサは全てスコックス派の印象操作だとボルフライは知っている。周囲も気づき始めた。
けれど、その悪いウワサをザブナッケは容認してきたのだ。
シンヒカーは親族だからこそ、後ろ盾になる相手、時期を慎重に検討していた。
「大いにあります」
「ですよね、わたくしが何もかもをひっくり返したようです」
天井を仰ぐ。
エルダが私を覗き込むように近づいてくる。
お前が原因だぞという想いを込めてグーで殴る。
痛い。
「先ほど聞かせてもらった、社交最終日関係のウワサはみんなバラバラの意見でしたね。ある程度情報を与えて周囲を静かにさせるためにお母様がシンヒカーからアミーを引き抜いた」
何もわからないからこそ好き勝手が言える。
「わたくしが、公爵になる可能性がある、とか」
「そう思わせておくためにアミー様をハーゲンティ様の元へ送った、かもしれないですね」
無茶苦茶だ。
「そうだった場合、アミーも周囲に振り回されていることになります。アミーの側近たちは腹を立てているかもしれません。ボルフライ、バイェモンに依頼をするときはこの懸念点も伝えてください」
「かしこまりました」
だからって、いまさら手放せない。
全部全部。
これからもっと、欲しいものも増えていく。
「やり切ります」
ほとんど声にはならなかったけど、今はこれでいい。内緒話はこれで終いだ。
私は風の魔法を解いてエルダを机の上に置く。
「では、コレの話をしましょうか」
「聞かせてください!」
3度目にもなればもう慣れたものだ。
私はボルフライにギルティネの書の写しの話を始めた。
ボルフライが帰り際「あ、そうそう」と私の耳元に近づいた。
「無事を確認する間もなく、早々に領地へ戻るよう通達が出ていました。とても心配していたので、今日お顔を拝見できてよかったです」
私がどうにかできる事柄ではないのだが、それでも心配をかけてしまったことに少しの罪悪感とまだ友達でいられる安心感の両方を感じて身をよじる。
「わたくしがマルティム様より先にエルダを見せていただいてしまったので、彼女はきっと拗ねてしまいますよ?」
「うあ、どう伝えよう」
私は一瞬で感情が焦りに塗り替わった。
そんな私の様子を見てボルフライは口元を両手で抑え、笑うのをこらえるようにして馬車に乗り込んだ。




