66話
「また腕を上げましたね! すごい」
「ふふ、ありがとうございます」
私は今、ボルフライの新作を見せてもらっている。
今回はボルフライだけを私の部屋にある多目的スペースに招待し、内緒話をするのだ。
城に戻ってムルムルは、すぐにボルフライに連絡を取ってくれた。仕事が早くて助かる。
ただ、野営をして最短最速で戻ってきていたのは私たちだけだったので、ボルフライの家の侍従が馬を駆ってわざわざ手紙を帰路中継地点の親戚の家まで届けてくれたらしい。
そこまでしなくていいのに! と、話を聞いた私はさすがに顔が青くなっていたと思う。私の配慮不足だ。次から気をつけなくてはならない。
「こちらもご覧ください」
「3色のマフラー」
「はい! あと少しです。出来上がりましたらハーゲンティ様とマルティム様に招待状を出しますね。次は我が家でお茶にいたしましょう」
そうニッコリ笑っているボルフライの視線は、私の頭上でウロウロしているエルダを追っている。
そろそろ雑談を切り上げて、エルダとアミーの話をしなければならない。
「あー、これは、そのー」
なんと説明をしたものかとエルダを手招いて膝に乗せ、しばらく見つめる。
先にあの日、扉に私が入ったあとどんな状況だったかを聞いた方が説明しやすいなと顔を上げる。
「『ティファレト』」
風の呪文ですっぽり包み込む。
ボルフライたちは一瞬固まったが、私が周囲に声をもらしたくないからと言えば一応は納得してくれた。
ボルフライは後々私の側仕えになる予定だし、帰りにでも風のドームの作り方を教えようかな。
そう考えながら本題に入る。
「子供の社交最終日、わたくしは再び聖獣様の声を聞く機会が巡ってきました」
ボルフライが姿勢を正す。連れてきているボルフライの側仕官と書陵官の2人は表情に緊張が浮かぶ。
普段のお茶会にボルフライは側仕えしか連れてきていなかったので、今回は前もって信用している書陵官1人の同行をお願いした。
「わたくしが扉をくぐった後の状況、子供大人関係なく流れた噂など、できるだけ詳細に教えてください」
「かしこまりました」
ボルフライは自分の側仕えから資料を受け取り、読み上げてくれた。
予想はしていたが、私が扉の先へ完全に姿を消した後、魔法陣へ入ろうと挑戦する人が何人か出ていたようだ。
私が扉に入る前に怪我を負った子がいたので注意もしてから向かったけれど、好奇心とは恐ろしい。ふと、王立研究所の研究員たちの姿が脳裏をよぎった。
「チャクス様が近づく方々を見事に捌いていらっしゃいました。よい騎士ですね」
「ありがとうございます。自慢の騎士です」
以前なら、ここでチャクスは照れて身じろいでいただろう。しかしその気配は感じない。
直立不動の堂々とした姿のままチャクスは立っている。
「それから、やはり派閥や地域によって皆様好き勝手な噂を流していらっしゃいます」
ボルフライの眉間に皺が寄った。
「知っておきたいです。教えてくださいボルフライ」
「はい」
ボルフライは新たな資料を受け取って、一呼吸置いてから読み上げた。
「なんと言えば良いでしょうか……迷走している?」
ウワサを聞いて一言。私はため息を隠せなかった。
国境沿いは私の教育の遅れを知らない貴族がほとんどだったからか、次期公爵間違いなしと大変にぎわっているようだ。あとでチャクスと話し合う必要があるかもしれない。
教育の遅れを帰敬式で目にした貴族もそこそこいたはずなのだけれど、手のひらを返したようにさすがだなんだと私を誉めだしたらしい。ひっぱたきたい。
他領と境の貴族たちは王子二人を押しのけて王太子に選ばれるのではと危うい話をしている人たちが少数だが現れたと。話を聞くだけでこちらの肝が冷える。
スコックス派は不気味なほど静まり返っているようだ。
「どこから対処するべきか」
どの情報を聞き返しても、ザブナッケが私をどうしたいのかが見えてこない。
ボルフライの言葉通り、それぞれが好き勝手に話を進めている。領地のリーダーである公爵の意を汲んだグループ、もとい派閥が存在しないことにいまさら気が付いた。
いないものは対処のしようがない。なら最優先は、私を王太子に担ぎ上げようとしている少数の貴族たちだろうか。
私の周囲で領地境の出身はボルフライのみ。そのボルフライは秘密裏に私と一緒に新たな派閥を生み出そうとしているのだ。
危うい発言をしているのは本当にごくごく一部だろう。心配すべきは私が担ぎ上げられることではなく、王家に睨まれる可能性だ。
「レラージュ王女とディリエル王子。初めての社交にしてはお二人となかなか良い関係を築けたと思っていた分、関係が壊れそうになるウワサは早めに潰してしまいたいです」
「わたくしも同意見です。この辺りはマルティム様もお呼びして話し合うのがよいかと存じます」
「そうしましょう」
私たちはうなずき合う。
「それから、スコックス派の動きはこれから活発になると思われます。バイェモン様からの情報の裏を取るため、兄弟に少し頼みました」
ボルフライは側仕えから、持参した資料の最後の1枚を受け取る。
「レライエ様はどうやら、本気で次期公爵を目指すようです」
私の心臓が跳ねた。
ライバルになるのは同母弟のアイペオスだと言われ続けていたが、一度もレライエの名前がライバルとして挙がったことはなかった。
「レライエが……」
なれるの?
こんなことを質問しても良いのだろうか。
私は言葉を飲み込んだ。
「方法は、いくつかあるようです」
「そ、うです、か」
片言な返事をする。
「バイェモン様が以前おっしゃっていた領地に残るバティン派の貴族とレライエ様の接触は、次期公爵を目指すための足がかりのようです」
『バティン派』はあくまでバティンの味方であって私個人の味方ではない。バティンのためになると思えばレライエと手を組む貴族も出てくる、のか?
「それにしても、レライエ周辺の情報をよく集められましたね」
色々な派閥と付き合いがあるゆえの『中立派』はあなどれないなと素直に感心する。
そんな私の質問に、秘密ですよ、とボルフライが指を立てて笑う。
「異母姉様の1人が、レライエ様の側仕えとして春から出仕しています」
「えーっムググ」
ムルムルに勢いよく口元を押さえられた。
カシモラルの教育の成果が出ている。
じゃ、なくて。
いやいや、私の初めてのお茶会に呼ばれていたのだから、どこかで繋がりがあるに決まっている。
まさかそんな身近にいたとは。
「秘密、というほどではございませんが、知らない体でい続けてくださると、異母姉様が動きやすくなりますので」
「その、良いのですか? わたくしに情報を流しても? あ、わたくしの情報もあちらに流れていますよね?」
「ふふ、少し」
ボルフライが可笑しそうに笑う。
「大丈夫です。聞かれたことに答えただけなので、初めてお会いした時のお茶会での様子くらいです。逆を言えば、異母姉様から手に入れられる情報も詳細は伏せられます」
「それは、そうですね」
8歳にこんな駆け引きができるのかと、成人済みの前世も負けているぞとショックを受ける。
よくよく思い返すとボルフライは同母・異母併せて上の兄弟が多いと言っていた。ならこれは英才教育の結果だと受け入れる。
私、まわりに追いつけるのかな?
机に座って受ける勉強はともかく、貴族としての動き・考え方は前世の記憶もあいまってそう簡単に身に着けられそうにない。
焦りで変な汗をかくのを感じる。
「ボルフライが味方で本当に良かったです」
「ありがとうございます」
私の手の中で、エルダが笑った気がした。
たぶんファルファレルロは大笑いしている。




