65話
「それで?」
ウハイタリの城門まであと少しの距離、野営旅最後の夜。
テントの中で私、チャクス、ムルムルの3人は身を寄せ合うように転がっている。
シンヒカー侯爵家を出発する前のムルムルがどうしても気になって、あの場では引き下がったが今なら聞いても許されるかもしれないと詰めてみる。
「ハーゲンティ様、ズルいです」
あの事件で一緒に頑張ったからか、側近の中でチャクスとムルムルは、友人とはまた違う特別な絆のようなものを感じている。
3人だけでいる時は少しばかり口調が緩む。
「え、ズル? なんでよ」
私が少しばかり慌てるのを見て、チャクスとムルムルが声を殺して笑う。
「ハーゲンティ様に直接問われてしまえば、わたくしはそれを拒否するすべを持ちません」
「よく言うよ」
「ふふっ」
ムルムルはよく笑うようになった。冗談もこの3人でいる時に限るけど言うようになった。
「わたくしの主は本当によく気の付く敏い方なので、内緒事は難しいですね」
そう言ってムルムルは毛布を引っ張り上げて、私たちの頭上を覆う。
内緒話ならと、私は風の魔法を毛布の上からかけた。
「お部屋でおひとりで過ごしていらっしゃる時、やけに静かだなと思っていたら」
「こんな便利な魔法が」
「風の基本呪文なので練習すれば誰でもできるようになりますよ」
2人に簡単に何を考えながら発動するかを伝える。
魔力量を考えるとわたくしには再現も維持も難しいですとチャクスが嘆き、側仕えとしてはできるようになっておくと何かと都合がいいですねとムルムルが眉間にしわを寄せながら風のドームに目を凝らす。
さて、と切り替えて本題に入る。
「アミー様にはお気を付けください」
チャクスがピリつく。
私はチャクスの手を握って落ち着かせる。
「危害を加えられるといった心配は必要ないと思います」
ムルムルの続いて出た言葉に、私もチャクスも肩の力を抜く。
「ただ、宿泊していた2日間、アミー様の側近が頻繁にハーゲンティ様のお部屋周辺を回っていました」
私はテントの外へ一瞬だけ視線を送る。
見えはしないが、私の側近たちの側近が寝泊まりをするテントがある方向を気に掛ける。
チャクスは単身で来ているが、他、伯爵以上の家の子はみな自分の側仕えを連れている。
カシモラルはさらに護衛と書陵も連れている。
侯爵家のアミーは当然、側仕官・護衛官・書陵官を連れてきている。
「バティン様のご実家ですし、敵対などは考えなくて大丈夫だとは思っています。ただ、わたくしは側仕えとして、その、違和感と言えばよいでしょうか」
ムルムルもまだよくわかっていないようだ。
7歳でここまで言語化出来たら十分だとは思う。
それに、その違和感は私も感じている。
「大丈夫です、わたくしも違和感を覚えています。きっとムルムルが感じたものと同じでしょう」
アミーにではない、周りの大人たちにだ。
こんなところで前世のバレエ経験が役に立つなんてと少し大きめの息を吐きだす。
「侯爵家はきっと、バティン派ではあるけれど、わたくしを爵子に推したくなかったのでしょう」
派閥関係は複雑なのだ。
私の所属していたバレエ団は大きかった。創立80周年を迎える長寿組織だ。
バレエ団の名前を冠する付属バレエ教室は本部教室をはじめ6教室あり、関係教室が10教室あった。
付属教室と関係教室の間になんとなく壁を感じていたし、関係教室から付属教室に移籍する場合は付属教室の先生の誰かから推薦状をもらわなくてはならない。
先生たち、つまりはバレエ団の本団員と準団員の中にある派閥によって移れる教室が変わってくる。
生徒たちは最初にどの教室に通い始めるかで自動的に“どの先生の派閥”か振り分けられてしまう。
後援会もやっかいだ。ダンサーは向いていないから裏方に回りたいと入った人ももちろんいるが、バレエ団員の親戚が圧倒的に多い。後援会内部には表と裏の派閥もある。
こういったものは選抜メンバーに選ばれる回数が増えていくうちに見えてくるようになった。それだけではなく子供の、もっと幼いころから感じ取れた派閥関係、それは。
お母さんたちの派閥だ。
毎回選抜オーディションに呼ばれる子の親、たまに選ばれる子の親、あくまで習い事として通っている子の親。ざっくりと分けられ、その中でもさらに細かくグループが分かれる。
大きなバレエ団とはいえ、世間の組織と比べれば小さい。そんな小さな組織ですらこれだけ入り組んだ複雑な派閥関係が出来上がっていた。
貴族社会なんて国を動かす巨大組織なのだから、もっと複雑で簡単には敵味方の判別も難しく一筋縄ではいかないだろう。
「お母様の兄ですから侯爵本人はバティン派閥の中枢……これも念のためバイェモンに調べてもらいましょう。ヴィネーとその実家は侯爵と少し考えが違うかもしれません。オセーもアミーも男児なので、異性という点でも最初からわたくしとレライエの側近にする気はなかったんじゃないかとも思います」
「なら、アイペオス様の側近にしたかったのでしょうか?」
「アイペオス様はこの秋にやっと3歳で、教育は今から、あ」
2人は私を主として認めてくれているし、チャクスはそもそも私の教育の遅れを知らずに側近入りした。だからすっぽり抜け落ちていた。
「わたくしが派手に動いて側近も増えましたからね。一気にわたくしたちを取り巻く状況が変わりました」
自分が呼ばれたと思ったのか、エルダが布団の中からぬっと姿を現した。
そうだよ変化の一つだよ、と私は表紙の魔石をなでる。
「シンヒカー侯爵家の中も、状況が変わっていると思います。それに壮官の家です。会う機会は無かったけれど、第二夫人は絶対にいるでしょう?」
王から領地を任されるのが領主で、領主から土地を任されるのが壮官だ。
壮官は騎士団を運営し、周辺の貴族をまとめなくてはならないため第二夫人まで娶ることが義務になっている。
「アミー様というより、侯爵家から連れてきている側近たちに気を付ける必要がありそうですね」
「渡した情報は全て侯爵家に流、れ、る」
チャクスに返事をしたのだが、あまり考えたくない内容で最後が歯切れ悪くなった。
「それこそこれは、ハーゲンティ様がアミー様とどれくらい信頼関係が築けるかにかかっていますよ」
ムルムルがそっと、エルダの上に置かれた私の手に自分の手を重ねた。
「カシモラル様はハーゲンティ様の行動をバティン様に報告するために選ばれています」
元々バティンの側近だったのだから報告もお仕事の一つと分かっているけどハッキリ口に出されるとなかなか返事に困る。
「ハーゲンティ様がまだバティン様へ報告をしないでと口止めなさったことが今までにいくつかありますが、カシモラル様はきちんと守ってくださっています。“ここまでは報告の必要があるので伝えてまいります”とわたくしに情報共有もしてくださいます」
チャクスもそっと手を重ねる。
「それから」
今度はムルムルが言葉を詰まらせる。
「わたくしも、実家からハーゲンティ様、というより、公爵家の情報を求められています」
ムルムルがアミーに違和感を感じ取れたのは、自分がにたような状況だったからかと納得がいった。
7歳の子供、親に言われたことに従うのは当然といえば当然の事。
責めるより、どれだけの情報が流れたのかを確かめるべきだ。
「どんな情報を渡しましたか? 知っておいた方が、何か起きた時に対策を立てやすいでしょう。教えてくれますか」
「はい、ハーゲンティ様」
聞き出してみたが、大したことは無かった。
城に来てすぐのころに『ハーゲンティ様は本当に文字の読み書きすらできない』といったウワサの真偽くらいで、どんどん実家に流す情報は『今日もハーゲンティ様は元気です』に変わっていったとのこと。
あーよかった!
「ありがとう、ムルムル。これからもよろしくね」
「もちろんです。ハーゲンティ様」
「あ、わ、わたくしも!」
「ええ、チャクスも」
さて、アミーとこれだけの信頼関係は築けるのだろうか。
いや、バイェモンの例もある。関係の構築の仕方は一つじゃない。
アミーはもう、遠くに住む従兄弟じゃない。私の側近の一人なんだ。
考えなくては。
なんでバティンはアミーを私の側近に入れる話を勝手に決めたんだろう。
派閥の厄介さは私よりバティンの方が何倍も理解しているはずだ。
ふと、色々な派閥に顔が利く年上の友人を思い出す。
「ムルムル、城に戻ったら最初のお仕事はお茶会です。ボルフライに招待状を出してください」
「かしこまりました」
私たちの重なった手に、それぞれが力を込めるのを感じた。




