63話
私が本を手にしたまま食堂へ入ったので、側仕えや使用人含めシンヒカー侯爵家全員の視線が集まった。そこにはやれやれという顔や、困ったように眉を下げた顔が並ぶ。
ヴェパールは注意しても良いのだろうかと実妹であり私の母親であるバティンを窺うように視線を動かす。
バティンはその視線に気が付かないフリをして笑顔のまま座っている。
侯爵は何かあるなと感じ取ったようで、すぐに私を席にすすめてくれた。
「まずは、秋の社交お疲れ様でした」
ヴェパールの挨拶を皮切りに、次々と料理が運ばれ始めた。
今回の私の席は、オセーとアミーに挟まれている。
2人とも私に視線を向けては正面に顔を戻すのを何度も繰り返している。
「ハーゲンティ様、あの、その」
ついに勇気を出したオセーが私の名前を呼んだ。しかし言葉が続かない。
そうよね、気になるよね。私は膝の上に本を乗せ、その本をヒジで押さえつけるようにしながら無理矢理ご飯を食べている。
だって、今にも飛んで行きそうなんだもん。
ジタバタとまではいかないが、エルダは今にも私の元から飛び立とうともがき続けている。
まだダメだ。
食後のお茶会の時間になって使用人たちが部屋から出るのを待っている最中である。
「ごはん美味しいですね」
「……はい」
ついにオセーは下を向いてしまった。
この場で1番位の高いバティンが何も言わないので、祖父母たちも黄色い本に一切話題を移さない。
そのかわりバティンには他領の友人たちに会えたかと、私には他領の友人ができたかと、質問をしてくれたので気まずい沈黙を避けて食事を終えられた。
「そろそろでしょうか」
バティンの声に、その場の空気が一瞬ピリついた。
側仕えたちが一斉に動き出す。お茶を入れ替える人、使用人たちをまとめて連れ出す人、書陵官を呼びにいく人。みな、テキパキと働き、あっという間に食堂が会議室になった。
「ハーゲンティ、手を離しても構いません」
「はい」
私は「お待たせ」とエルダに声をかけながら両手を開いた。
ゆらゆらと揺れながらゆっくり上昇していく本を視線で追い、ひっくり返りそうになったのはオセーとアミー。
侯爵夫妻と祖父母は声を出さないようにと自らの手で口を塞いでいる。
「お兄様、いいえ、シンヒカー侯爵。子供の社交最終日、どのような噂が流れているのかできるだけ詳細に教えてください」
ヴェパールの目が、兄から侯爵に変わった。
「噂、ね」
ヴェパールが机を指先でトンと叩いた。
その指をゆっくり引き寄せ両手を組み、私の頭上へと視線を上げる。
「さすがに、空飛ぶ本の話は誰からも聞いたことが無いな」
バティンが一つ頷いて口を開く。
「本の話はいずれ広まるでしょうが、積極的に広げるような真似はしないでください。ハーゲンティはレラージュ王女と私的なお茶会をするほど交流を持ちました」
バティンの言い方に大袈裟だなと思ってしまう自分がいるが、私の感覚が周りとズレている事は百も承知なので黙って流す。
そしてバティンとヴェパールが情報交換を始めた。
ヴェパールから出た情報は本当に出所も根拠も何もかもがあやふやで「ウワサ」としか言いようのない物ばかりだった。
王家に取り入ろうとしているだの、継承争いに参加するだの、くだらない噂ばかり。
一番厄介な噂は『アルラディ様より賜った王宮の仕掛けを起動させられたのだから、誰よりもハーゲンティ様が王に相応しい。レメゲトン王は今すぐ王位をハーゲンティ様に譲るべき』というもの。
迷惑千万。
「公爵家の子なら自分たちのいいように動かせると甘い考えを持つ者が多いようですね」
なるほど、6歳児に王位を譲ってどうするんだと思ったが摂関政治をしたかったのかと納得した。やらないけれど。
一通り話を聞いて、バティンはこめかみにそっと手を添える。
一呼吸おいてから今度はバティンがこの本、エルダについてと王宮での話し合いの内容を共有した。
「間違いなくハーゲンティはこの先王家の方々と交流を持ちます。特に王女殿下との不破を招くような言動は慎むようにお願いしますね」
“お願い”という命令。
ふむ、こうやって下すのか。かっこいいな。
違うことを考えていたからか、エルダが降りてきて私の頭に角をぶつけた。
地味に痛い。
その様子を見ていたヴェパールがちょっと驚いたように目を瞬いてから視線を横にずらした。
「アミーはレラージュ王女と同い年だ。入学後、ハーゲンティ様との繋がりを強めるためにと同じゼミへ誘われるだろう」
ゼミだなんて大学みたい、と思ったが大学なのかもしれない。正式名称は王立研究所附属学校だ。
名前を呼ばれたアミーは、グッと体に力が入る。
少し緊張の残る声でヴェパールに返事をする。
「はい、父上。なら、先日お話しされていたハーゲンティ様の側近入りは確定でしょうか?」
お? 何それ。
私の視界に入る大人たちはみな静かに頷いた。
つまり内々に話が進んでいたということか。
明らかに人手不足なので側近が増えるのは大変ありがたい。
が、なんとなく違和感を覚える。
「ハーゲンティ様、いかがでしょうか。アミーは計算が得意です。管理官見習いとしてお引き立て賜りますようお願い申し上げます」
ヴェパールが言い終わると同時にアミーが椅子から降りて私の前に跪く。
「ハーゲンティ様のお側に仕えたいと存じます」
違和感の正体は、そう、大したことは無い。
すごく。
すごくすごくすごく。
今までで1番、政治を感じるやり取りだったのが私の心に抵抗を生んだ。それだけ。
アミーが嫌なわけじゃ無い。
ん、どちらかといえばオセーと話す場面の方が多いのでアミーが選ばれたことをちょっとだけ意外だったとも感じたが、それこそ大人たちの中で話し合いがあったのだろう。
アミーを拒否する理由は無い。
「アミー、管理官見習いとして、これからよろしくお願いしますね」
このモヤっとして逆切れにも似た感情は、領地に戻りファルファレルロの試練を受けるときに起こることが確定している騒ぎで、叱られても開き直る材料にしようと己の中に飲み込んだ。




