きっと悪魔と契約した
部屋の中には男が1人いる。
金の髪に緑寄りの青い瞳を持つその男は、ゆっくりと息を吐き出しながら椅子に腰掛ける。
目の前の机にはこれでもかと紙や木札が積み上げられ、作業を行うスペースなど無い。
どれから手をつけようかと視線を動かすが、どれもこれも読む気にならない。
どうせ全て同じ内容が書かれているのだから。
「レメゲトン」
1人しかいないこの部屋で、この名前を敬称もつけずに呼ぶのはただ1つ。
レメゲトンは椅子を引きながら声の主を振り返る。
「楽しくなってきたな」
愉快な、陽気な、声が宙に浮かぶ黄金色の本から響く。
「アルラディ様、執務室ではお控えくださいと」
「今は誰もいないではないか」
黄金色の本は積み上がった書類に体当たりをし、机の下、床へと書類を撒き散らす。
今この部屋に側仕えを入れるわけにはいかないので、レメゲトン自ら書類を拾い上げる。
「あの小さいの! 書を2つも手に入れた!」
すごいすごいとアルラディは飛び回る。
キラキラと輝いているので、目で追わなくともどこを飛んでいるのかすぐに分かる。
アルラディ様の機嫌が良いのは国にとっても良い事だ。来年は豊穣の年になるかもしれない。
レメゲトンはせっせと書類を元に戻す。
「お前は書を欲しがらないな。それでもワイナモイネンの子か?」
遠い先祖の名前を出されても苦笑いしかできない。
全ての書を集めて欲しい、そうアルラディ様から言われたのはいつの頃だったか。どの王も自分では実力が足りないだ、役不足だと言って書を集めないのだとアルラディ様から事あるごとに聞かされている。
そしてそれは当然だと思う。
聖獣の書を手に入れた時は、それはそれは誇らしかった。歴代の王の中でもごくわずかと聞けば、自分は選ばれし真の王なのではないかとも錯覚した。
だが、国の真実を知っていくにつれ、書を手に入れてしまった自分は王失格なのかもしれないと真逆の考えが脳を占めていく。
きっと今までに、アルラディ様と契約をしてきた王たちも同じように考え、書を集めず有耶無耶にしてきたのだろう。
『吾と契約したのだ。次はカニャッツォと契約して闇の悪魔の書を手に入れろ』
聖獣様の加護の元、国を治めてきた王侯貴族である。
悪魔と契約しろと言われ、はいと頷くことはできない。
それは今でも同じだ。
レメゲトンは机に戻した書類から1枚引き抜き目を通した。
「……ウハイタリの子は、やはり悪魔と」
「ああそうだ! 火の悪魔ファルファレルロと土の聖獣ギルティネの2つの書を手に入れた!」
報告書に書かれているのは黄色い聖獣の書についてのみ。
先に悪魔と契約をしたということか。
レメゲトンは眉を寄せる。
「やる気を出せレメゲトン。小さいのが聖獣の試練を受けて戻って来れたのだ。お前が役不足なはずがない」
ウハイタリの子は余計な事をしてくれたなと苦々しく感じ、思わず舌打ちが出そうになる。
報告書の続きに目を通すと、ディリエルとヴァルファールがアルラディの書を手に入れるには、などが書かれていた。
わが子が聖獣の書など手に入れる必要はない。知らなければ良かったと思うことを山ほど知り、無駄に責任を背負い込む事になるだけだ。
レメゲトンは報告書を握りつぶし投げ捨てた。
「小さいのが2冊先に手に入れてしまったからな、残りは11冊か。早くしないと先を越されてしまう」
ウハイタリの子が自らこの厄介ごとに首を突っ込むと言うのなら、アルラディの書を譲渡してしまいたい。
「……」
ハッとして口元に手をやる。
こんな無責任な事を考えてしまうとは、それこそ自分は王失格ではないかと首を振って考えを散らす。
ウハイタリの子は帰敬式を終えたばかりの6歳。どうやって最初の書を手に入れたのかは分からないが、悪魔に言われるがまま動かされている可能性が高い。
「ウハイタリは珍しく、2代続けて王女が降嫁しています。そのうち1人は金の髪だそうです。彼女が……」
彼女が王位に?
どうやらずいぶんと疲れているようだ。先ほどからありえない考えがポンポンと浮かんでくる。
自分の子に金の髪が2人残っているのだ。これ以上余計な争いはいらない。
「彼女はウハイタリの爵子に選ばれるでしょう」
そうなってもらわねば困る。
王位に少しでも興味を持たれたら、次はいったい誰が死ぬことになるのか。
つい、帰敬式まで生きられなかった金の髪を持つ第二王子を思い出す。
「ふーん。つまらんな」
アルラディ様はソファへダイブした。
衝撃でクッションが飛び跳ねて床へ落ちる。
レメゲトンは拾いに行こうかと一歩だけ足を前に出して止まる。
ハーゲンティは本当に全ての書を手に入れるつもりなのだろうか。
ウハイタリの子はどこまで知っているのだろう。
リョースアールヴ族とデックアールヴ族のことを。
この国の貴族と平民の成り立ちを。
どこまで聖獣様から聞いているのだろうか。
「なぜ戦わない。争え。競え。そのために吾はこの国をつくったのだ」
アルラディ様の声がいつもより大きく聞こえた気がした。
戦う、争う、競う。
そうなるのだろうか。
この先どこかで自分はウハイタリの子と国をかけて争うことになるのだろうか。
隣国と呼ばれるものが無いため国同士の戦争は起きないが、常に周囲の森から魔物に狙われ、貴族同士の小競り合いも絶えない。
次代の王を巡る王子たちの争いはすでに水面下で始まっている。
ここにさらに聖獣様たちの契約者の競争が加わるのか。
レメゲトンは両手で静かに自身の顔を覆う。
部屋の中はレメゲトンが深呼吸をする音だけが鳴る。
「そんなに嫌か」
「私の感情で決められることではありません」
決して言質を取られないように、アルラディ様のお言葉へ遠まわしに回答する。
「ならいい。あの小さいのに期待しよう」
レメゲトンの心臓が跳ねた。
「全ての精霊が開放されればいいのに」
アルラディ様が声を弾ませる。
「絶対に楽しいぞ」
コレが聖獣なんて嘘だ。
きっと私は、悪魔と契約をしたのだ。




