61話
ザブナッケとの攻防は上手く躱せたと思う。
暖簾に腕押しだったか、とにかく微妙にズレた回答を心がけた。
爵位を継ぎたいと言いながらそんな回答でいいのか。あまり良くないかもしれない。
今だって教育の遅れだなんだとザブナッケは自分の行動を棚に上げて話し続けている。
良くはないが、遠回しにしゃべる事を意識しないと「あなたは金髪じゃないからエルダを手に入れる事は絶対にないのだから放っておいて」とめちゃめちゃ嫌な言葉が口から出てきそうだ。
私は無理やり顔に力を入れて笑顔を形どる。
「王女の不興を買って呼び出されたそうだな」
「お茶に呼ばれました。レラージュ王女はとても聡明な方で、2つしか離れていないとは思えないほどしっかりなさっていました。色々とお手本にさせていただきます」
あーやばい。馬車の中でザブナッケに命を狙われているなんて話をしてしまったからか、チャクスとムルムルから殺気が飛んでいる気がする。
この微妙に噛み合わない会話も、側近の殺気もザブナッケが食事を終えて部屋を出ていくまで続くのだ。
早く出ていってくれと聖獣に心の中で祈りを捧げる。
この時、エルダに少し魔力を持って行かれた気がしたが、特に本にも建物にも変化はなかったので気のせいだと流す。
ザブナッケはしっかりデザートまで食べてから、ようやく席を立った。
「もう少し訓練が必要ですが、今日の会話の躱し方はなかなか良くできたと存じます」
食後、自室へ戻ると意外にもカシモラルから褒められた。
「そうなのですか? わたくしはハッキリ答えなさいと言われるとばかり」
カシモラルは目元をゆるめて少しかがみ、私と目線を合わせる。
「父親との会話と捉えるとそうですね。ですが別派閥との会話はあのくらい遠回しで問題ありません。練習に付き合っていただいたという事にしましょう」
私の顔から力が抜けて自然な笑顔が浮かぶ。
「はい」
私が王城に居続けると頻繁に王宮に呼び出されそうだと判断され、明日朝から出発できるようにと周りが荷造りでバタバタし始めた。
社交が終われば早々に帰るものだとはいえ、ここまでタイトスケジュールになることはない。行きだって到着は社交期間初日や前日ではなく5日前だった。
王様や王子様たちから逃げるように領地へ帰っていいのだろうかと思わなくもないが、レラージュとのお茶会で話した以上の情報は出せないのだ。お互い時間を無駄にする必要はないし、ウハイタリにとっとと戻ってマルティムやボルフライたちと領地の特産品会議をしたい気持ちも特大にある。
私はあっちへこっちへと行き交う側近たちに、みんなごめんね、の気持ちを込めて手を合わせた。
そういえば、と唯一お部屋の中に一緒にいる側近を振り返る。
「ケレブス、合格しましたか?」
アイム少佐からの伝言を伝えた時と同様、眉間に皺を寄せて難しい顔をしながら「はい」と簡潔に答えてくれた。
「結局わたくし、何に合格したのかわかっていません」
教えて欲しいなとケレブスのそばまで寄っていく。
ケレブスは動かない。なんなら目も合わない。
耳元で内緒話でもいいんだよ?
そばでじっと見上げ続ければケレブスは観念したようで、しゃがんで私の耳元に手を添える。
「少佐に、上がりました」
たしかケレブスは大尉だった。
「おめでとう!」
けっこう大きい声が出た。
ケレブスは恥ずかしいのか顔を少し赤くして手をパタパタさせる。
「ありがとうございます。一層気を引き締め、お仕え申し上げます」
ケレブスの言葉に今度は私が少し恥ずかしくなって顔を赤くする。
今絶対耳まで真っ赤だ。
せっかくの機会だから騎士について教えて欲しいとねだってみる。
王立学校に入学したら授業内でもっと詳細の説明があるけれどと前置きしながらケレブスが簡単に騎士の階級を教えてくれた。
騎士庁及び騎士団
元帥:王
大将:騎士庁長官
中将:王宮騎士団団長
少将:参事官・公爵家騎士団団長/師・旅団長
大佐:侯爵家騎士団団長/旅団長
中佐:伯爵家騎士団団長/旅団・連・大隊長
少佐:連・大隊長
大尉:中隊長
中尉:中隊長
少尉:小隊長
階級なし
領地や壮官がそれぞれに騎士団を所有しているので数はかなり多い。
公爵家騎士団とその騎士団長、侯爵家騎士団と、伯爵家騎士団と、バラバラの組織として普段は運営されているが、大元は王宮にある騎士庁で、有事の際は王からそれぞれの騎士団長へ直接指示が飛ぶのだとか。
私の不安が表情に出てしまったようで、ケレブスがそんな有事はなかなか起きないので安心してくださいと言葉を付け加えてくれた。
「軍務は貴族の義務、でしたね。学校にいる間にどこまで昇級できるかなども跡取りとしての評価に関わってきそうですね」
「その通りです」
学生の間に上がれるのは大尉まで。もちろん実績だけでなく試験もある。
「実績……?」
私としては試験よりも“実績”の言葉に引っかかる。
学生で戦争に従軍するのか? いや魔物の森に囲まれていて近くに他国は無いと言っていたので戦争はそもそも起こすのが難しい。
なんだと首をひねっているとケレブスが「入学すればわかります」と笑う。
「今回アイム少佐から昇級を急かされたのは、ハーゲンティ様の護衛官で成人しているのが私一人だからです」
公爵家の護衛(側近)になると他の騎士と明確に差を出す必要があるため未成年の見習いたち含め少佐以上の扱いになる。
ただし実際に階級が上がったわけではないので卒業次第、昇級試験を早めに受けないと周りの目が痛い。これは自身の評価にも主人の評価にもつながる。
本来帰敬式を迎える前から付けられる成人済みの側近は親と同世代が多く、中堅~ベテランたちなので今回のように焦って試験を受けるようなことは無いのだとか。
うーん、ゴメンねケレブス。うちのザブナッケがさぁ。はぁ。
私の側近は帰敬式直後になんとか集まったメンバーだ。こういうことも、いや、あっていいのだろうか。
しかも爵位がどれだけ高かろうと実績と試験合格がなければ昇級できないのだとケレブスは言う。
「第二夫人の子とはいえ公爵家騎士団団長の子ですから、実績は問題ありませんでした」
「試験が難しいのですか?」
「そうですね、王宮騎士団の方との組み手はギリギリでした」
とことん実力主義。想像していた貴族社会と違った。なんならめちゃくちゃ厳しい。
間違いなく、その爵位に相応しい騎士の階級を得ろと無言の圧力がかけられている。
この国が軍事国家なのだと改めて感じた。
「ケレブスはとてもがんばったのですね、お疲れ様です」
「ありがとうございます」
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、騎士の訓練にやる気が出た。




