59話
長々とエルダの自慢をし、「空は飛べませんがしっかり掴んでいれば高所から飛び降りてもゆっくり着地できます」を言い終わるや否やカシモラルにハンカチで口を塞がれた。
周囲は今の話のどこからどこまでを報告書に記載しようかと頭を悩ませている様子が見て取れる。
いくらしっかり者といってもまだ8歳、レラージュだけはワクワクが表情に滲み出ていた。
私も余計なゴタゴタさえなければエルダの存在に感動を覚えるので、今だけはレラージュの仲間である。
「たくさん自慢ができたので、ギルティネ様もきっとお喜びでしょう」
私が笑って告げれば、レラージュも笑顔で頷いてくれた。
罪を犯したわけでもない公爵家の娘にこれ以上尋問紛いを続けられないと判断したのか、レラージュ側の書陵官と研究員らの半数が退出した。
「やっとお茶会らしくなりますね」
レラージュがそう言って側仕えにお茶を入れ替えさせる。
ここからは演奏会の話や領地へ戻ったらどう過ごすのかなど、普通のお茶会らしい会話になった。
少しばかりディリエルの話題が多かった気はするが。
「春の社交期間でお会いできるのを楽しみにしています」
「ええ、わたくしもです」
私の公的私的、どちらの社交もこれで終わった。
王宮からの呼び出しが来る前にさっさとウハイタリに戻りたい。
残してきた、という言い方はあまり的確ではないが、あの清華の男性が無事か心配もしている。
「ハーゲンティ様」
王宮から別邸への帰りの馬車。
ドアが閉まった瞬間にカシモラルに声をかけられる。
「はい」
しゃべり疲れて笑顔が作れなかったがそこは咎められなかった。
それよりも、カシモラルが何かを言い淀んでいる。
珍しいこともあるもんだと、私はカシモラルの言葉が続くのを待つ。
「今からでもエルダをギルティネ様へお返しすることはできませんか?」
聖獣の書を、返す?
「い、や、です」
私は絞り出すように返事をした。
ヤだよ! めっちゃ大変だったのに! てかまだ目的達成してないし!
私の心は大荒れだ。
周囲は事情も何も知らないので、怒って大声を上げるような真似もできずただただ渋い顔をするしかない。
「エルダを所持し続けるのは危険に感じました」
なに? どういうこと?
「ハーゲンティ様以外はエルダの中を知ることができず、ギルティネ様とどのようなお話をされたのか側近すら把握できない状況です」
私は「そうですね」とうなずく。
「昨日のように突然ギルティネ様からお招きを受けることがあれば、わたくしどもはただただハーゲンティ様の無事を祈ることしかできません」
招かれたのではなく乗り込んだと表現する方が自分としてはしっくりくるがそこは置いておくとして。
確かに周囲を振り回してばかりで、とてもじゃないが側近を抱える上に立つ存在とは言えない。
今の私は目標や目的、色んな箇所に矛盾を産み続けている。
上手く隠して行動できないだろうか、と考えそのためにエルダを手に入れたのだったと思い出す。
早く光の魔法を練習したい。
「なによりザブナッケ様が……」
なんでザブナッケ? あ、父親だったっけ。
カシモラルは何かを振り払うように一度首を横に振る。
「本日レラージュ王女とのお話の中で、過去にアルラディ様と契約をした王がいらしたことが判明しましたね」
私の失言で、ね。
複雑な気分になりながらうなずく。
「今後はディリエル王子とヴァルファール王子からの接触が増えるでしょう。いえ、増えます」
カシモラルが言い切った。
「アルラディ様のエルダを手に入れた王子が王太子に選ばれる。王家とその周囲はそう考えて動き始めるでしょう。それと同時に、入手できなかった場合の保険としてハーゲンティ様との交友を深めようとも動くでしょう」
「保険ですか? わたくしと仲良くなってエルダの入手方法を聞き出せではなく?」
カシモラルがそっと私の手を握る。
「明確な期日は分かりませんが、おそらくヴァルファール様の学校ご卒業までに入手が叶わなければ、ハーゲンティ様と婚約をなさった王子が王太子になるでしょう」
「わたくしは、公爵に……」
なる、と言いかけたが跡取りは決まっていないし、まだザブナッケは私を殺そうと狙っているのではないかとすら思う。
それに王子の嫁だ。王太子でなかったとしてもどこかの公爵家から娶るのは当たり前。そこに自分が当てはまることになんとも違和感があるのだけれど。
「こちらが上手く立ち回らなければ、レラージュ王女と敵対する可能性も出てきます」
全部やだ。
貴族たち上流階級の将来に結婚を含め自由がないことを知識では知っていた。バレエの作品を深く知ろうと時代背景も調べたのだから。話に聞いたこともあるし、時代物のドラマでも見たことがある。
それでもやっぱり21世紀の日本を23年も生きた記憶と価値観が簡単に覆るはずがない。
自分の将来の道がどんどんと目の前で潰されていく閉塞感に息が苦しくなる。
この身体になってから、涙もろいな。
子供の体だから制御ができないのか、それとも自分で考えている以上に精神的にいっぱいいっぱいなのか、はたまたその両方なのか。
目に涙を溜めながらカシモラルの話を聞く。
「それにマルティム様、ボルフライ様と新たに派閥を作ろうと動き出したところです」
そうだ、そうだよ。
「そうです。公爵を継ぐにも、今の私はまだまだ不利な立場です。それこそエルダを所持している方が有利でしょう?」
「入手した。この事実だけで十分でしょう。所持し続けることでこの先起こりえる不利益の方がよっぽど大きいです」
私だってなんの理由もなくカシモラルに反発しているのではない。
1から10まで説明できればどれほど楽なことか。
心配してくれている。分かっている。とてもありがたい。
けれど。
「それでも、エルダを手放す事はできません」
今まで私が、ザブナッケに操られていた期間も含め、こんなに反抗的な態度をとった事はない。
怒られることは何度かしでかしたし問題も起こした。
その度に反省をしたし、次はどう動けばいいかと相談するよう気をつけるようになった。
そんな私がエルダに関しては一歩も引かないことに一緒に車内に乗っているカシモラル、チャクス、ムルムル全員が困惑の表情を浮かべる。
私は3人の顔を見回してからうつむき、小さく口を開く。
だって、手放して関わらないようになんてしたら、
「まだ死にたくない」
私の心臓は止まってしまうから。




