56話
「あー、ね?」
ハーゲンティはギルティネの居住のエントランスをくぐり、帰路へ着こうと足を踏み出した。
瞬間、ものすごい勢いで宙へ飛ばされた。
「落ちるんじゃないんだ」
疲れ切ってぼんやりした頭ではこれ以上の感想が浮かばない。
遠くにゴマ粒ほどの光が見える気がする。きっとこの光を目指せと言う意味なのだろうが、しんどい。
「もう魔力、残り、はぁ、六分の一くらいかな」
「もっと少ない」
「そっか」
きっと行きと同じでアクションを起こさなければこのままだろう。なら少し休憩してから戻ろうとハーゲンティは身を投げ出すかのように大の字になる。
「楽」
自分の体を支える必要がなく、全身がリラックスできる。
「この状況でよくそこまで気が抜けるな」
ファルファレルロに信じられないといったニュアンスで声をかけられるが気にしない。
ギルティネの居住の中で、何もかもが疲れたのだ。
これは魔力消費だけの話ではない。
精神的に参ってるとも言える。
王宮に戻って貴族に囲まれるのは、聖獣相手とはまた別の緊張が待っている。
公爵令嬢を頑張るためにも休憩をしたい。
なんといってもギルティネにからかわれ続けたのだ。
懐かしい景色に心揺さぶられたのはもちろん、泥人形が這いずり回るさまは本当に目の前が真っ赤になったようだった。
「ま、初めての祈りの間での出来事をギルティネ様があまり重くとらえてなかったことが不幸中の幸いかな」
文字通り、死ぬほど魔力を吸い取られたのだ。
今回ギルティネの試練を受ける事自体はファルファレルロが一緒だからなんとか最悪の事態は避けられるだろうと高をくくっていたところもあったが緊張しなかったわけではない。
無事、試練を乗り越え聖獣の書を手に入れたのだ。
目標達成である。
「これで、光の魔法と闇の……あれ? ファルファレルロ様の封印もう一段階って、解けました?」
「いいや」
私は首がちぎれるんじゃないかという速さで真横にいるファルファレルロへ顔を向ける。
「い、いや?」
「光の魔法は使えるぞ」
違う違う違う。
一番は光の魔法が使いたかったからね、王宮内を姿を見られずに動き回りたいなって思ったからね、目標達成で間違いないんだけどね。
「『七柱の聖獣と初代王ワイナモイネンからの試練』でしたよね? あ、ワイナモイネンからの試練がこの次ですか?」
あの光の先は出口じゃなくて次の試練かー! と私は目線をゴマ粒ほどの光へ戻す。
「いや」
聞 き た く な い
「んああああああ」
もともと気が長い方ではないが、最近どんどん短気に拍車がかかっている気がする。
中身の年齢相応に落ち着きたい。
「悪魔と聖獣は対になっているのだ。吾の試練も一緒に受けさせようと居住に干渉したが拒絶された。想像以上にハーゲンティはギルティネに気に入られたようだな」
「あれでぇ?」
聖獣の感覚がわからない。
「吾の試練はウハイタリの城に戻ってからだ」
「王宮の黄色のサロンみたいなお部屋があるんですか?」
「あるぞ」
「ソウナンダー」
自分が普段住んでいる城も知らない場所が多い。
単純に端から端まで歩けば、ゆうに2kmを超えるくらい広いからだ。
自室として割り当てられている部屋とその周辺しかわからない。
「なるべく簡単な試練にしてください」
「なんと情けない」
「だってファルファレルロ様の試練なんだからファルファレルロ様の手助け無しでしょ?」
私は眉間にしわを寄せながら言う。
「それならギルティネの書を手に入れたではないか」
これで攻略ができるだろうとファルファレルロが黄色の本を私の顔に近づけた。
「……いじわる」
私はそっぽを向いて呻った。
「うううう」
「獣のマネか?」
「もうっ」
からかわれているのだろうか、悪魔も聖獣も変わらないなと私は鼻息を荒くする。
「ファルファレルロ様」
「なんだ」
私の呼びかけにきちんと返事が返ってくる。
少しばかり腹は立つが、今のうちに質問をできるだけしておかなければと無理やり思考を切り替える。
外に出たらまたしばらくはファルファレルロとゆっくり話す機会はない。
領地に戻ったら試練の続きが待っている。
頭の回転が速くない私は先ほどの試練中はもちろん契約の時すら考えを巡らせることができず、今になって疑問点がたくさん出てきているのだから
「結局私って、『七柱の聖獣と初代王ワイナモイネンからの試練』に合格したのですか? それにしては試練の数が少ないような、アッサリと言いますか」
「試練のうちの一つに、な」
「あー」
光と闇の魔法が使えるようになる試練ではなかったのだなとようやく認識する。
聖獣の書を手に入れるための試練で、その副産物として光の魔法が使えるようになるのだ。
「光の魔法を使うには何かしら聖獣の書を手に入れる必要があるのだから試練を受けるほかない」
「の、残りの試練は受けなくても大丈夫、ですよね?」
「ギルティネともう一つ聖獣の書を手に入れる契約をしていただろうが」
「そうでしたがんばります!」
私は両手で顔を覆う。
「でもでも悪魔の書持ってるのに闇の魔法使えなかったじゃないですか。なのに光の魔法は聖獣の書を手に入れれば使えるって変じゃないですか」
「悪魔の書は何重にも封印がかけられているのだ。主従契約さえすれば制限のない聖獣の書と一緒にするのではない」
ファルファレルロの言葉に思わずパンチを繰り出した。
当然痛いのは自分の拳だ
「何その制限。悪魔の書、不便すぎです」
「それこそワイナモイネンからの試練だ」
つながりが見えない。
私はどういう意味かと、もう一度ファルファレルロをパンチする。
「自分以上の王の誕生を心待ちにしているのだ」
なぜかファルファレルロのその声は、哀愁漂うような、懐かしいと思い出を語るような雰囲気だった。
「ワイナモイネンは全ての聖獣の書と、全ての悪魔の書を手に入れるただ一人を望んでいる」
「怖いこと言わないでください」
それではまるで、ワイナモイネンが魔王の誕生を待っているみたいではないか。
魔王の記述はサーガに出てこなかったが、ワイナモイネンたちは聖獣の力を借りて魔獣たちと戦い、ようやっと安住の地であるこの国ヨートェンヘイムを興したとあった。
そんなワイナモイネンが魔王を生み出す試練を作るだろうか。
やはり私はこの悪魔にだまされているに違いない。
「この、悪魔め」
「そうだが?」
何をいまさらと流される。
私は右手にギルティネの書、左手にファルファレルロを掴み体勢を無理やり変えた。
休憩は終わりだ。
行と同じく減速のアクションを起こしたため、永遠に続くかと思われた噴き上げが止まった。
「おのれえええええ! 『エーイーリー』を覚えたではないか。自分で飛ばないか」
「まだ使いこなせませーん。こんなところで挑戦できませーん」
ファルファレルロがモゴモゴ何か言っているが、振り落とすことなく私をきちんと運んでくれる。
出口の光が近づいた。
光の正体はうっすら発光した扉そのものだった。
現実に戻らなければならない。
扉を出た先で、誰にどれだけ怒られるだろうかと考えだしたら嫌でも心が凪いだ。
違うな、萎えた。
明日はレラージュ王女とのお茶会の予定だったが、予定通りに行われるのだろうか。
そんなことを考えながら扉の側まで進むと床が現れた。
コツコツと靴音をわざと立てながら自動で開く扉をくぐる。
「ただいま戻りました。あれ? チャクスとムルムルは?」




