54話
「ふ~ん」
ベンガル、ではなくギルティネが値踏みするようにこちらを見ている。
顎に当てたその指は、どちらかといえば人間に近い形をしているが、むき出しの足はとても猫っぽい。
「ギルティネが欲しがらなかったからな、吾がもらう事にした」
もらうってなんだ! と一瞬、私は口を開きかけたが、聖獣様の会話に割って入るのはものすごく怖いので黙る。
それくらい、魔力枯渇は2度と体験したくない苦しさなのだ。
ってゆーか死んだし。
「あらぁ? あたくし“いらない”とは言っておりませんよ?」
ギルティネって女性だったんだ。
輪に入りたくない私はどうでもいい事を考える。
いらないって言ってほしい。
「ただ、そうねぇ。ちーっとばかし礼儀を欠いていたので教育して差し上げただけです。えぇ」
ギルティネがうんうんとなんども首を縦に振る。
「それでも、助けを求めて手を伸ばした先にいたのは吾だ」
ギルティネがムっとした表情になる。
ファルファレルロと睨み合っているのだろうか? 顔がないので分からない。
それに、なんでこんなに気さくに話しているのだろう。
悪魔とそれを封印していた聖獣が知り合いだとでも言うのか。
なんなら仲は良さそうまである。
「横から掻っ攫っていっただけでしょう。ハーゲンティは最初にあたくしへ祈りをささげたのです。あたくしと契約するのが通り」
そんな通りは聞いたことないなぁ。
ディリエルとの会話でもバティンとの会話でも、契約の話は出なかった。
しいて言うならサーガだろうか、初代王ワイナモイネンは光の聖獣アルラディと契約していたという記述があった。
私はこのワイナモイネンの契約を新しい王が代々更新し続けているのだろうと勝手に思い込んでいたが、もしかして違うのだろうか。
「ワイナモイネン以来あたくしと契約する人間がいなかった。せっかく訪れた機会なのにファルファレルロのせいでできなかったじゃない」
あ、思っていたのと違うっぽい。
今すぐ耳をふさぎたい。
こんな内容、現公爵のザブナッケにバトンタッチするべき話じゃないか。
まだ跡取りにすら決まっていない私が知っていい内容とは思えない。
私はただ、光の魔法が使いたかっただけなのに。
「アルラディ様はたびたび人間と契約なさっているようですが、壁の守りを任されたあたくしたちは待ち続けるしかないのですよ? 人間たちが祈りの間へきて魔力を流しながら恨みつらみも一緒に流しているのを聞くのはもう飽きました」
そんな不敬な奴がいるのかと思わず、ふっと笑ってしまった。
「あぁ、いいわ、いいわねハーゲンティ」
ギルティネの視界に私が映った。
ギクリと私は肩を震わせる。
「あたくしの仕置きを受けても変わらずふてぶてしいその態度。高い魔力量。舞の技量もまだまだ伸びしろがありますが、なかなかに見応えがありました」
「それって!」
私は前のめりになる。
「ええ、あたくしと契約しましょう」
「ダメだ」
ギルティネの言葉にかぶさるようにファルファレルロが否定する。
私もギルティネも首をかしげた。
「ギルティネの言う契約は吾との入れ替えの事だろう?」
「もちろん!」
「ならダメだ」
ギルティネが睨むように私の手元を覗き込む。
「吾との契約を切った瞬間、ハーゲンティは死ぬ」
むむむとギルティネの眉らしき部分が寄る。
すると一瞬、私とファルファレルロをつなぐ鎖のようなものがキラリと見えた。
「あら、あらあらあらまぁ」
ギルティネが考え込む。
私は携帯電話のキャリア移行みたいにスムーズにはいかないのかとファルファレルロに視線を落とす。
「それに吾との契約内容に、全てのグリニアの封印を解くとある」
「ズルい!」
ズルいと怒りの口調だったが、ギルティネのその表情は楽しそうで、目は輝いて見えた。
いったいどうなっているんだ。さっぱり話が見えない。
分かるように説明してほしいけれど、教えろという契約をしているのはファルファレルロだけ。
今ここでアレコレと質問をしてはいけないのがなんとも歯がゆい。
「なになになぁに? ハーゲンティにワイナモイネンと同じことをさせる気なの?」
「いいや、王は望まないそうだ」
「えー!? もったいなぁい! 新しい国を作りたかったのだけれど」
良い事思いついた、とギルティネが声を弾ませる。
「レメゲトンと入れ替えましょうよ」
レメトゲンはたしか現国王の名前だ。
国家転覆か新しい敵国か、とにかく話が大きくなり過ぎている。
「しません!!!!」
これ以上は我慢ならないと、私は口をはさんだ。
「私はもうファルファレルロ様と契約しちゃったので! 他の悪魔の書はがんばって探しますけど! 私はダンサーになりたいんです! 踊りたいの!」
「え~」
ギルティネは不満そうに声を漏らすが、ファルファレルロは機嫌がよくなった。
「そうだ、全てのグリニアを開放するのだ」
「ならなんであたくしの城にわざわざ来たのですか?」
こんなに面倒で危ない橋をいくつも渡るハメになると分かっていたら来なかったよとは言えないので、素直に目的を答える。
「光の魔法が使えるようになりたかったんです」
「あぁ、ファルファレルロでは光の魔法は使えませんね」
どうやら、どの聖獣・悪魔と契約をするかで使える魔法に相違があるようだ。
聖獣と悪魔のすべてに共通している呪文。
聖獣に共通している呪文。
悪魔に共通している呪文。
個別の呪文。
なるほどわかった、光の呪文はなにかしらの聖獣と契約する必要があることが。
最初からそう言ってほしかった。
「聞かなかったではないか」
「またそれですか」
なぞなぞを解かされているようで頭が痛い。
勉強が好きだったらダンサーになってないのに、と興味のないことをさせられて疲弊する。
「あーあ、せっかく楽しいことが始まると思ったのに、残念ですね」
ギルティネはあからさまにガッカリする。
その様子を見て、結局ここまで来たけれど手ぶらで帰ることになりそうだなと私もガッカリする。
「べつに、主従の契約を結ばなくても良いではないか」
ファルファレルロの言葉に、ちょっと希望を見出す。
「あたくしも外に出たかったのに、はぁ、いいでしょう」
言うと同時にギルティネが手振った。
サっとあの黄色い光の波が押し寄せ、飲み込み、引いた。
目の前は劇場ではなくなり、まるで王の謁見の間のような場所にいた。
重厚な椅子にゆったりと腰かけているギルティネ。
カーペットの敷かれた床にへたり込むように座っている私。
視線を遮るように浮かぶファルファレルロ。
「せっかくここまで来たんだもの。あたくしとも別の契約をしましょう! そうしたら」
ギルティネがもったいぶって深呼吸をはさむ。
「あたくしのエルダの写しを渡して差し上げましょう」
ギルティネがぐっとこぶしを握り、私に向かってゆっくり振り下ろしながら手を開く。
その手から黄色い本が1冊でてくる。
「写しなのでそこのファルファレルロのようにおしゃべりはできませんが、呪文はちゃーんと載っていますよ」
書を手に入れるためにはなんらかの契約をする必要があるようだ。
ということは、悪魔の書全てを手に入れようとしている私はそのうち、
全部の悪魔と契約することになるの?
怖くてとても質問できなかった。
「私がギルティネ様の持つエルダの写しが欲しいと願う、対価はなんですか?」
ファルファレルロと契約を思い出す。
『願いとは人と精霊との契約であり、この国の根幹である』
「そうですねぇ、主従契約ではないのであまり重い対価は払わせられませんし」
ギルティネが思案するように視線を斜め上へと向ける。
私は聞き漏らすまいと奥歯をぎゅっと噛んで黙る。
少しして、あ、とギルティネが声を出す。
「踊りたい、のですよね。なら、舞姫になっていただきましょう」
自分の目標と重なった。
こんなに嬉しい契約があるだろうか。
それと同時に年齢制限があることを思い出す。
「私としても望むところなんですが、年齢が規定に達していないのでもう何年かかかります。その、大丈夫そうですか?」
「ふ~ん? ならもう一つ付けましょうか」
ギルティネの視線が私からファルファレルロに移る。
「どの聖獣かは問いません。もうひとつエルダの写しを手に入れなさい」
またこんなとんでも迷宮攻略をするのかと顔が引きつる。
「グリニアは全て開放するのでしょう? ズルいわ」
「あ、あの、エルダは理解できるのですが、グリニアを手に入れることを否定しないのは何でですか?」
私は挙手をしながら質問をする。
絶対に、何かがおかしい。
質問に答えてくれるかわからないけれど、契約をするのに何も知りませんでしたはファルファレルロだけで十分だ。
聖獣が悪魔を封印していたのなら、封印を解いた私にはもっと罰があってもいいはずだし、悪魔のついでに聖獣とも契約してなんて言うはずがない。
なんでだ。
「否定? なぜでしょうか? デックアールヴ族が負けたから封印された。それだけでしょう?」
何を言っているの? と返される。
デックアールヴ、祈りの間で唱える祓詞に出てくる単語だ。
意味も分からず諳んじていたが、悪魔たちを指していた事を今知った。
けれど結局知りたかった情報は聞き出せなかった。
この口ぶりだと、悪者だから封印したわけではなさそうで、さらに混乱する。
「ハーゲンティ、光の魔法が使いたいのではなかったのか?」
「契約しましょう、ハーゲンティ」
悪魔と聖獣から契約を迫られる。
私にとってメリットだらけの契約なので拒否する理由がないのもなんだか怖い。
人間は分からないものに恐怖するなんて聞いたことがあるが、まさに今がその時。
しかし怖い怖いとばかり言っていられないのもまた事実。
もう悪魔の書の封印を解く約束はしちゃってるし、聖獣の書が1冊増えても変わんないよね?
次の試練はもう少し楽でありますようにと願いながら私は「契約します」と口にした。
「エルダを開く呪文は存じていて?」
「はい、『バチカル』」
ファルファレルロと呪文の使用契約を結んだ時同様、パラパラとめくられ白紙のページに文字が浮かび上がってくる。
魔法のペンでサインをし、契約完了だ。
本をしまってさっさと退散しようとエルダの写しを両手でつかむ。
片手でつかむ。
床に置いて手から全体重をかける。
し、しまえない!?
「あ、あの。ギルティネ様。エルダはどうやって手の中にしまえばいいでしょうか?」
「しまう? そんなのダメよぉ。ちゃんと自慢しなさい。見せびらかしなさい。ハーゲンティはあたくし、土の聖獣と契約をしたのですから!」
「ひぇっ」
手から力が抜ける。
黄色い本が私の周りを旋回する。
「とくに! 今アルラディ様と契約しているレメゲトンにね!」
「会う機会がもしも万が一、億が一にもあればチラっとお話しします」
私の頭の中はここから出た後、誰にどれだけ何を言われるかでいっぱいになっていた。
「それから、もう御祈りの方法を間違えないようにね」
「はい、肝に銘じます」
ギルティネが手を掬うように振り上げると、光の波にまたまた飲み込まれた。
目を開けるとエントランスに私、ファルファレルロ、ギルティネの写しがポツンと立っていた。
振り返ると例の扉がゆっくりと開かれる。
「ファルファレルロ様」
「なんだ」
「帰りも落ち続けたり、しないですよね?」
「どうだろうな」
私はため息をつきながら扉をくぐった。
サラっと言われてしまったのでその場では流してしまったが、国王陛下は光の聖獣アルラディと契約していると言われたことに私が気付いたのは数日たってからの事だった。




