53話
ローズ・アダージョが流れる。
私にオーロラ姫を踊れとギルティネが要求しているのだろう。
王子役のつもりか、男性貴族の衣装を纏った泥人形が4体こちらへ近づいてくる。
色んな意味で触りたくないので手を添えるフリだけして踊ることにする。
トゥシューズではないこと、身体強化が使えることが幸いしてアラベスクからのパンシェを自分1人でバランスが取れたので問題なし。
あぁ、前世でも魔力が欲しかった。
それにしても?
魔力の減りが早い気がする。
振り付けの都合上、男性に支えてもらう部分だけ身体強化を使っているのだが、この劇場を目指して全力疾走していた時と同じくらい魔力が消費されている。
違和感を覚えるが、今はオーロラ姫の誕生日パーティー中だ。
主役の私は絶えず微笑んでいなければならない。
16歳の誕生日。みんなに祝われ、幸せいっぱい。そして他国の王子たちから次々に求婚される。
私はみんなが憧れるオーロラ姫。
くるり。
ピルエットを回って気がついた。
自分の身体からキラキラと輝く何かが尾を引いていることに。
魔力だ。
その魔力は泥人形たちに吸われている。
なんてこった。
しかし驚いたことを悟らせてはいけない。
ニコニコと笑顔で踊り続ける。
吸い出される魔力の流れに抵抗するもむなしく、じわじわと出ていってしまう。
抵抗できていなければとっくに魔力が枯渇していたかもしれない。
成長したなと自分を褒める。
そんなこと自分には関係ないと言わんばかりに泥人形は魔力を吸い続ける。
心なしか、泥人形たちの動きが良くなっている気がする。
やめてほしい。
今日は一日中、ずっと魔力を使い続けている。
この先何が起こるのか分からないのでこれ以上魔力を減らしたくない。
もう三分の一くらいしか残っていない気がする。
残りの魔力量に不安を覚え、ハーゲンティになったキッカケとも言える帰敬式の祈りの間を思い出してしまい背筋がゾっとした。
一瞬、その“ほんの一瞬”が命取りになる。
「!」
声にならない。
ギリギリで保っていたバランスが崩れ、顔が床に向かっていく。
失敗、しちゃった。
今の今まで舞台上で失敗したことは無かった。
色々とショックで頭が真っ白になる。
何も考えられない、何も動けない。
ぶつかる。
それだけは分かった。
分かっただけ。
何もできない。
「……?」
しかし床にぶつからなかった。
転ばなかった。
誰かに支えられた。
ファルファレルロは背中に張り付いたままだ。
誰だ。
他に誰もいないはず。
振り返ると、イケメンの顔がそばにあった。
「だ、れ?」
なんとかふり絞って声を出す。
イケメンは無表情のまま、私をそっと起こしてくれる。
起き上がって視界が広がり、目を疑った。
「だ、え、ほんとに誰!?」
私の叫び声は音楽にかき消された。
泥人形が1体もいなくなり、代わりに無表情のダンサー達が踊っていた。
私を支えてくれたイケメンを含めた4人の王子役と思われる男性が私をリフトする。
リフトの、私を支える4人の手に魔力が吸われていくのを感じる。
あと少し。
曲が終わるまであと少し。
踊り続けるしかない。
無事、なんとか、乗り切った。
このまま全幕通すのかとヒヤヒヤしたが、アダージョが終わると曲が鳴り止み照明も落ちて真っ暗になってしまった。
残った魔力は四分の一程度だろうか。
それでも残っただけマシと思うしかない。
「ファルファレルロ様」
呼びかけに応じてファルファレルロが手元に来てくれたことに、少しだけ安心する。
ゆっくりと客席や非常灯が点いて、真っ暗だった視界が明るくなる。
「え」
さっきまで舞台の上で踊っていたはずなのに。
私は客席の一番前の席にファルファレルロを抱えて座っていた。
転生か乗っ取りかわからないけれど、この国に来てから魔法に何度も触れてきた。
それでもこんな不思議な現象にあったことが無かった。
これはもう、魔法というより奇跡に近いのではないだろうか。
ファルファレルロを握る手に一層力が入る。
もうずっと緊張しっぱなしだ。
「来るぞ」
何が? と聞き返すより早く、舞台にいる泥人形だったモノたちが一斉に跪く。
舞台中央へ向けてスポットライトが一筋伸び、キラキラと黄色い光が降り注いだ。
その光は人のような形を成していく。
「猫」
「ギルティネだ」
「あー」
祈りの間で、開会式で、ここにつながる扉で見た。
猫っぽい何か。
「あれ? でも、王の部屋? みたいなところにいるんじゃ?」
「ここに住んでいるのだから、城の中を自由に移動するに決まっているだろう」
知らんがな!
「どうやって踊っているハーゲンティを見ていたと思っていたのだ」
「カメラがあってテレビとかなんかモニターがお部屋に設置してあるんじゃないんですか」
「かめら? もにたー?」
違うのか。
わりとどこの会場も楽屋に小さなモニターが用意されていて、それを見て自分の出番前に舞台袖へ移動をする。
同じように設備があって、ギルティネの自室にもモニターを引っ張ってあるのだとばかり思っていた。
「客席にいたんですか」
「真ん中にいた」
いた? いたかな?
ファルファレルロと問答をしている間にギルティネの姿かたちがはっきりしていく。
像や彫刻は白一色だったが、本物は思ったよりカラフルだ。
「ベンガル」
「なんだそれは」
「気にしないでください」
ファルファレルロと自分の頬をぽんと叩く。
こんなやり取りをしていると気が抜けてしまうではないか。
ついに実体化したギルティネ。
自領で崇めている聖獣様なのだ。
私は座ったままでいるのは良くない気がして立ち上がる。
それを見てギルティネは口元を緩め、一歩こちらへ進んだ。
「ファルファレルロ、あなた、本当に契約したのね」
見ていたのは私じゃなかった。




