第十九話:念願の修行
裏通りの寂れた酒場。
俺とクサバミは、再びこの酒場を訪れていた。
店主はまた来たのかと少々呆れながら、グラスなんか擦っている。
以前と少し違うのは、クサバミが店の食事を振る舞ってくれたことだ。
ここ数日料理と言えるものを口にしていなかったものだから、犬のように頬張ってしまった。
クサバミは呆れたような、疑いを向けるような目で食事を見届けている。酒は頼んでいない。
空気を読んで、口の中を空にして声をかけてみた。
「で?どういう心境の変化なわけよ」
あの立会の場でクサバミの口から出た、「落とし子か」という問いかけ。
俺は考えなしに「そうだ」と答え、思う所のあるようなクサバミに手を引かれ、
この酒場に連れられてきたというわけである。
クサバミは少し考えた後、口を開いた。
「お前の体に触れた時、懐かしい感覚を覚えた。
俺の古い友人と同じ、匂いというか感触の様なものだ」
「それがどうしたんだ?」
「そいつも落とし子だったのさ」
そう言いながらクサバミは頬杖をついて、上の空を仰いだ。
落とし子って触れただけでわかるものなんだろうか。
確かにツギハギと接触した時にも、記憶が流れ込んで来たりはした。
ただ、あれはまた何か違う、波長が合ったような感触だった。
おおかた歴戦の猛者だけがわかる、みたいなものだろう。
「修行をつけてやってもいい」
「……へ?」
思わず声が漏れた。
もう俺の弱さどうこうというより、面倒臭いが理由で断っていそうだったクサバミの突然の受け入れだった。
俺が落とし子だからか?
でも、落とし子ってそんなに好かれてないんじゃなかったっけか。
イレギュラーで、何をしでかすかわからない、みたいな。
「混沌をもたらす者」とは悪徳商人ゼブの言葉だ。
「……そりゃまたどうして?」
「ソイツとのちょっとした、賭けみたいなものだ」
クサバミはぽつりとそう言い残すと、どこか寂しそうな顔をしていた。
それ以上語るつもりはないらしい。
俺もそれ以上、無理に聞こうとは思わなかった。
というより、まだ訊く資格があるとも思えなかった。
「じゃあ……よろしく頼むよ、師匠」
ふざけたようにそう言って笑うと、クサバミは眉をひそめ、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「やめろ。“師匠”なんて柄じゃねえ」
「じゃあ、“おっさん”で」
「破門にすんぞ」
酒場の奥、カウンターの上に流れる空気が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
俺は食べ終えた皿を重ね、少しだけ姿勢を正す。
「それで、修行ってどう始めるんだ?」
「今からだ。俺は銅級だから講師をする権利を持ってない。
報酬を貰えない分、お前には毎日身の回りの世話をしてもらう」
「ええ、ずっと一緒にいるってことか?」
「そうだ。宿とメシ代は用意してやるが、俺の分も含め手配は全部お前がやれ」
「……わかった」
そのぐらいならお安い御用か。
明日の生活費も、割のいい仕事を受ける力もまだないしな。
「昼も過ぎた頃だが、さっそく始めんぞ。着いてこい」
「押忍!」
成長した自分の妄想も程々に、クサバミと一緒に店を出たのだった。
※※※
こんにちは、ナーガです!
なんだかんだクサバミ様に師事して一週間が経ちました。
修行の内容は、とてもシンプルでした。
まずは素振り千本。自分の剣よりいくらか重い木刀を、休まず振るのみです。
手の皮がむけ、腕が上がらなくなっても手を止めてはいけません。
もし止めようものなら、隣で明るいうちから酒を仰いでる怖いおじさんに喝を入れられます。
クサバミ様曰く、限界を迎えた時の一振りに意味があるのだそうです。
剣も録に振れない僕は、1000回終わらせるのに半日はかかってしまいます。
午後は、重りをつけての走り込みトレーニングです。
両足に5キロはあろうかという鉄の輪を1個ずつ装着し、
キアリカの外壁を10周するというものです。
「下半身を鍛えるのは、どんな近接戦闘スタイルでも重要だ」
とはクサバミ様の言葉です。
キアリカは大きい街ですので、周回距離は5キロほど。
全部で50キロ完走する頃には、日付は既に変わってしまいました。
本当は必要なメニューがまだいくつかあるのですが、
この2つの訓練が「マトモにこなせるようになるまで」他の訓練は保留なんだそうです。
膝が笑って何度転んだかわかりませんが、終わった後は食事と宿の確保をせねばなりません。
基本は外食ですが、クサバミ様は食事だけはたくさん食べさせてくれます。
いっぱい食べて、体を作って欲しいのでしょう!
クサバミ様はしこたま酒を飲み、ベロベロに酔っ払われますので、介抱もせねばなりません。
クサバミ様は持ち家がないので、毎日宿が必要です。
宿を取り、酔ったクサバミ様を寝かせ、水浴びもせずにベッドで気を失います。
朝起きて、水浴びを済ませ、食事をして。以降は先程の繰り返しとなります!
僕は今日、逃げ出しました。




