第十八話:シンクロニシティ
キアリカ冒険者ギルドの室内演習場。
ほとんどの冒険者が屋外演習場で打ち込み稽古をしている中、
私は部屋の真ん中で坐禅を組み、瞑想にふけっていた。
……好きでやっているわけじゃない。実はめちゃくちゃしんどい。
それもそうだ、ただの瞑想ではない。
心を無にしている間、ひたすら大地の力を纏っていないといけないのだ。
アイリーン師匠から課せられたこの訓練は、力の消耗率とマナの限界を高めてくれるのだとか。
例えるなら、ずっとお腹を限界まで引っ込めている様な感覚。
まずは三時間。慣れてきたら四時間、五時間と時間を伸ばしていくらしい。
正直、他のルーキーと同じく外で格闘術の型や大剣の扱い方を学びたい。
「リオラ。この修行は、きっとあなたに役立つ」
……と、師匠に言われたから仕方なく続けている。
ナーガは、講師を見つけられただろうか。
あの男のことだから、講師を装った詐欺師にでも引っかかっていそうで不安になる。
でも、なんだかんだ最後にはいい人を捕まえてる気がする。
あの男から感じる謎の信頼感は何なのだろう。
弱くて、臆病で、下品で、年上なのに頼りない。
それなのに、どうして私は、あんな男のことを気にかけてしまうのだろう。
ーーーでも、負けたくはない。
気づけば私は、ナーガをライバルと意識していた。
近々、そのライバルと手合わせできる機会があるらしい。
師匠が、そう言っていた。
頑張れ、ナーガ。
強くなって帰ってきてね。
一番にぶっ飛ばしてあげるから。
※※※
ここは冒険者ギルドとはまた違う、裏通りの寂れた酒場。
バーカウンターとテーブルが三つだけの狭い空間。
その一番奥の席で、ひとりの中年男が豪快に酒を流し込んでいた。
長い黒髪に無精ヒゲを生やした、目尻の鋭い男。
左耳の赤い宝石のピアスを、耳上にまとめた横髪が強調していた。
何杯目かわからない酒をあおりつつ、男は目の前の若者をにらみつける。
「……で。なんでついて来てんだ」
ナーガである。
「言っただろ。修行をつけてほしい」
男は大きくため息をついて、天井を仰ぐ。
「俺も言っただろ。弟子は取らねえ」
もう何回問答をしただろう。いくら突っぱねても付きまとってくるこの青年に、男は辟易していた。
先ほどの”新人狩り”の相手をしてからというものの、どこに向かっても離れないものだから眠れやしない。
諦めて飲み直そうと行きつけの酒場に入って、今に至る。
そもそもこのナーガとか名乗っている男、弱すぎる。
剣の構え方だけはサマになってはいるが、後手の展開が構えと矛盾していた。
まるで幼児向けの本を読んで、、形だけ覚えたような戦い方。
街の人間もこの男を物珍しそうに見ていた。
田舎から出てきた冒険者志望の物好き。おそらくそんなところだろう。
「じゃあせめて、名前を教えてくれよ」
ナーガが前のめりになって問いかける。
男は酒を一口やって、だるそうに口を開いた。
「……クサバミ」
ナーガはどこか引っかかる響きを感じた。
日本人っぽい名前。でも、今はそれを追及する余裕もない。
「クサバミのおっさん!あんた程強い人はこっち来て初めてみたんだ。"白金級"くらいはあるんだろ?」
「あいにく、"銅級"だ。それに、もう活動はしてねェ」
「"銅級"?冗談だろ?」
銅級。ギルドの定める基準によれば、小規模の探索や護衛任務を任される中堅ランクである。
白金級以上の戦いを実際に見たわけじゃないが、少なくともあの動きが銅級レベルとは思えなかった。
「訓練講師ができんのは"銀級""からだ。他を当たるこったな」
クサバミが酒の残りを一口で飲み干し、席を立とうとする。
「……待ってくれ!」
「しつけェな。いい加減ーーー」
「最後に、俺と勝負してくれ」
クサバミの眉がピクリと動く。
自分との実力差は、あの“手合わせ”で思い知ったはずだ。
それを承知で挑んでくるのであれば、よほどのバカかあるいは……と。
ナーガの方は、別に深い意味はなかった。
講師になってもらうのは諦めかけていた。
ただ、目の前の男との距離を、自分の剣で確かめたかった。それだけ。
「それで諦めてくれんなら、いいぜ。ついて来な」
「わかった。ありがとう」
二人は席を立ち、酒場を後にした。
※※
場所を変え、先程の寂れた裏通りの一角にやってくる。
伸びていたジールの取り巻きたちは、もういなくなっていた。
クサバミは手頃な木の棒を拾って、ナーガに構えた。
「思い切り仕掛けてこい。痛くはしないでやる」
ナーガも剣を構え、クサバミを見つめる。
せめて剣戟を交える。それが彼の目標だった。
呼吸を整え、イメージを反芻する。
こうしている間にも、リオラはきっと強くなっている。
負けたくない。一度くらい、守る側に回りたい。
そんな気持ちで今、一歩足を出す。
「行くぞッ!」
愚直もいいところ。ただの突進。
クサバミは微動だにしない。
彼が射程距離に入ってすぐ、ナーガは縦に大きく剣を振りかぶった。
隙だらけの縦斬り。大きすぎる敵を前に、小細工なしの一太刀勝負。
ーーと思わせての、前蹴り。
上に視線を向けさせ、本命は足での蹴撃。
今の彼にできる、最大限の工夫だった。……が。
蹴りが来るのを分かっていたかのように、クサバミは左腕でナーガの右足をがっちり掴む。
続けて右足をぐいと引き寄せ、ナーガが前のめりになる。
そのまま右腕で木の棒を後ろに引き絞り、ナーガの土手っ腹へ。
「ガトッッツ……」
おかしな悲鳴を上げ、ナーガは勢いで吹っ飛んだ。
小手先の戦術も通じず、腹には突き刺すような痛みが広がり立ち上がれない。
完敗だった。
こんな人に挑むのは、まだ早すぎた。
基礎から、もっとちゃんと鍛え直そう。
そう心の中で自分に言い聞かせ、クサバミに声をかける。
「参ったよ。もっと腕を磨いててから出直して……」
途中で言葉が途切れた。
クサバミがこちらを見つめ、焦ったような表情をしていたからだ。
その表情に驚きと、哀愁と、ナーガには読み取れない感情がひとつ、織り交ざっていた気がして。
「……お前、落とし子か?」




