第十七話:先生探し
昼時のキアリカ冒険者ギルド。
酒場も備わったこの場所には、食事を取りにテーブルを囲む冒険者で溢れている。
喧騒の響く広間の中でナーガとリオラは、依頼用とはまた違った掲示板を前に考えふけっていた。
二人が見ているのは、冒険者訓練プログラムの講師リストだ。
この訓練は新人の冒険者に向けたもので、講師は現役の冒険者である。
冒険者の品質向上の為、無料で受講が可能になっている。その分講師への報酬はギルドから支払われるそうだ。
基本はマンツーマンのため、今空いている講師から探さねばならないのだがーーー
「くぅ~っ。”無明剣”のロドリクは先約がいたか……」
”契約済”の印が押されたとある冒険者の募集記事を見て、ナーガが肩を落とす。
功績を挙げた冒険者には二つ名、いわゆる称号のようなモノがある。
”無明剣”のロドリクは、ナーガが初めてギルドを訪れた際に偶然見かけた名前だった。
講師をやっていると聞いていたので、今回一番に目をつけていた人物だったのだ。
「そんなビッグネーム、手が空いてるワケないでしょ」
リオラが顔を近づけ、茶々を入れてくる。母親みたいだ。
「……だって、”無明剣”なんてカッコいいに決まってんじゃん」
ナーガがため息をつきながら、募集記事をボードに戻す。
「私はこの人に決めたわ」
そう言って、リオラが一枚の記事を持ってくる。
「あん?ポンケンのアイリーン?」
「崩拳よこのバカ。土元素の使い手で、大地の力と格闘術を織り交ぜて戦うモンクなんですって」
「へぇ。お前にピッタリじゃん。でもリオラも訓練受けるのか?」
「タダなら受けるしかないでしょ。訓練期間中のあなたを何もせず待ってるのも暇だしね」
リオラは既に、自分にあった講師を見つけたようだ。いつも一歩先を行きおって。
「じゃあ、私先に行ってるから。精々強くなって来てよね、しっぽ花獣さん」
「うるせえやい!」
ひとしきりからかうと、リオラは受付を済ませ、軽くあっかんべーをしてギルドを出ていった。
いつからあんな事をする女になったんだろうか……
気を取り直して掲示板を見回すが、イマイチぴんと来る講師がいない。
いても元素使いや弓使いなど、役回りの違うタイプばかりだった。
唸りながら頭を掻いていると、後ろから肩をぽんと叩かれる。
ナーガが振り返ると、そこには親しげな笑みを浮かべる男がいた。
赤茶の髪を無造作にまとめ、軽装の革鎧に身を包んでいる。片手には串焼きが握られていた。
「よう、訓練希望か? さっきから探してるみたいだったろ」
「え、あ、まあ……」
「へへ。よかったら俺が見てやろうか? 俺も講師やってんだよ。暇してたとこさ」
そう言って、男は懐からギルドカードを取り出して見せた。
銀級だ。冒険者講師は銀級以上なら誰でも担当出来るため、ウソではないのだろう。
ナーガは訝しみつつも、その申し出に乗ることにした。
「じゃあ、お願いしてもいいですか? 剣術、できる人探してたんです」
「おう任せな。こっちだ、訓練場まで案内するよ」
男は気さくに笑いながら、ギルドの外へとナーガを誘導した。
道中、男は自分を「ジール」と名乗り、ひょうきんな口調で話しかけてくる。
「最近さあ、こういう新人多いんだよ。剣もまともに振れないのに、強くなりたいってヤツ」
「はは……その通りで、ぐうの音も出ません」
気がつけば周囲は寂れた石造りの路地。
道の両側には廃屋が並び、昼だというのに空気がよどんでいる。
嫌な予感がする。
「え、ここって……?」
「ここが訓練場さ。“非公式”のな」
ジールの声が変わった。ぞくりとするほど、冷えた声だった。
「わりぃな新人。お前みたいなピヨピヨを狩って、俺たちゃ今日の飯代を稼いでんだよ」
気づけば周囲には、男たちが3人、いや4人。物陰からぞろぞろと現れていた。
全員、武器を手にしている。
またやってしまった。
この世界に来て、二度目の詐欺にあったのだ。
「剣、抜けよルーキー。腕前見せてくれよ」
言われるままに剣を構えるが、手が震える。
目の前の男たちは、明らかに自分より場数を踏んでいた。
逃げ道は塞がれ、リオラもいない。
「へえ、武器だけはいっちょ前だな。いい金になりそうだ」
「ふざけんな……!この武器には色んなモノ詰まってんだよ!」
吠えるように突撃するナーガ。だが、ジールの軽い一撃に剣ごといなされ、体ごと地面に投げ出された。
腐っても銀級だ。素の強さが違う。
「くそっ……!」
顔を擦り、腕を庇いながら立ち上がろうとしたそのとき――
「おいおいおい……昼間っからガキいじめか?」
ぼそりとした声が路地の奥から響いた。
視線を向けると、そこにはヨレたコートを羽織った、黒髪の中年男がいた。
片手には酒瓶。もう片方には、さっき拾ったらしい木の棒。腰には刀剣。絵に描いたような強者って感じだ。
「誰だてめえ。消えろ、関係ねぇだろ」
「関係あるね。俺が昼寝できねぇからなァ」
ジールが苛立ったようにナイフを抜く。
「……チッ、構ってられねえ。お前ら、やっちまえ!」
漫画のチンピラの様な掛け声と同時に、残りの仲間たちが一斉に動いた。
獣人の男が爪を構えて突っ込む。炎元素使いの女が詠唱を始める。大柄な男が、両手剣を振り上げた。
――だが、動いたのは中年男のほうが早かった。
まず、目にも留まらぬ速さで木の棒が一閃。
詠唱中の魔術師の額に“コツン”と軽い音が鳴ったかと思えば、女はそのまま白目を剥いて崩れ落ちる。
続いて獣人が飛びかかるが、空中で足を掴まれ、地面に叩きつけられる。
最後の剣士が斬りかかるも、木の棒で刃を滑らせ、懐に入り込む。
次の瞬間、肘鉄一発。男の身体が石壁にめり込み、沈黙した。
「……ふう。あー……これでまた、寝床探しからか」
男はひと息ついて、酒をちびちびやる。
ジールだけが、呆然と立ち尽くしていた。
「……お、お前、何者だ……」
「通りすがりの、昼寝の邪魔されて機嫌悪いおっさんだ」
黒髪の男はそう言ってジールを睨む。すっかり縮み上がってしまった彼は、仲間も置いて逃げ出してしまった。
男は木の棒を投げ捨て、寝場所を変えようと背を向ける――
「ま、待ってくれ!」
その背中に、思わず叫ぶ。
「あんた、すげえ強い……!頼む、弟子にしてくれ!!」
ぴたりと男の足が止まった。
ほんの数秒の静寂。
「……弟子?」
振り返ったその顔には、乾いた笑みが浮かんでいた。
「ムリ。お前弱すぎじゃい」




