第十六話:新たな武器
洞窟を後にし、一行はキアリカへと帰ってきた。
日は暮れ始め、もうすぐ夕食時と言った所だ。
ちょうどバグズ家の鍛冶屋を訪れ、託されたものを手渡したところである。
今朝出会った、青毛の獣人族。彼がバグズのひとり息子、ウィルなのだろう。
ウィルは手紙にひとしきり目を通した後、ナーガ達が運んできた試作品や鉱石に目をやる。
そうしてしばらく黙った後、大きくため息をついてこちらに向き直った。
「悪かったな。家族の事に巻き込んでしまって」
そう言って、適当なところに並べた椅子に座ったナーガとリオラに会釈する。
エッジの効いた重い声だ。モフモフの毛とのギャップにうっとりしそうになる。
「いいんだよ。それより、親父さんの事だけど……」
「理由はわかった。それでも、クソ親父ってのは変わらんよ。
家族を捨てて、仕事に熱中した大馬鹿野郎さ」
そう吐き捨てると、ウィルは坩堝に手紙を投げ込んで燃やしてしまった。
「まあでも、なんだ。悪くない置き土産は残してくれたみたいだな。
こんな強度のある金属は見たことがない」
玉虫色の石を転がしながら、彼は希望に満ちた顔をしている。
リオラがお行儀よく座りながら、口を開く。
「うまく加工できそうなの?バグズさんは苦戦してたみたいだけど」
「確かに強度が高い分、密度が桁違いだな。でも考えがある」
「考え?」
「明日また来てくれないか?その間に仕上げとく。あんた達には礼もしないといけないからな」
そう言って、ウィルは早速仕事にとりかかってしまった。
ナーガとリオラは互いに頷いて、店を後にした。
その日は二人共疲れ切っており、すぐにでも横になりたい気持ちだった。
道すがら今日の宿代を稼げていないことに一行は絶望しかけたが、
ウィルに分けてもらった鉱石の一欠片を冒険者ギルドで鑑定してもらった所、
金貨1枚で買い取ってくれると言うので大変助かった。
寝る前に酒場で迅速かつ豪勢に食事を済ませた。
リオラも今日ばかりはうなずいて、上品さは保ちながらもスープを3杯は平らげていた。
宿に入ってからは、お互い水浴びもせずベッドに飛び込んだ。
嬉しいことに、今日は二人部屋。ようやくナーガにも、ベッドがあてがわれたのだ。
ナーガは10秒もあれば寝付けそうな勢いだったが、遠のく意識にムチを打ち、うつ伏せのまま口を開く。
「なあ、リオラ」
「……何よ」
「言い忘れたけど、ありがとな、助けに来てくれて。俺一人だったら確実に死んでたと思う」
「……懲りたならそれでいいわ。安全に旅を続けたいなら、私の言う事は聞くことね」
リオラも視線を向けず、横になったままそう答えた。
「なあ、リオラ」
「何」
「……強くなりてえや、俺」
この世界に来てから、何度か陥った窮地。
奴隷商から逃げたときも、洞窟でツギハギに襲われたときも。
どれもやぶれかぶれに、がむしゃらに抵抗して運良く得た成功だった。
飛び抜けた能力もなし、リオラのように元素魔法も使えなくて。
非力で足手まといな自分に、ナーガは辟易していた。
リオラは閉じていた目を開いて、ナーガの方を見た。
ベッドに突っ伏して、強くなりたいと呟く男。
その姿に、貴族時代の自分を重ねていた。
「私の名前の由来」
「……うん?」
「”清らかな川の流れ”とか、そんな感じの意味があるの。
キレイな川には人が集まり、集落を築く。
そんな風に自然と人が集まり、慕われる存在になって欲しい。だそうよ」
名前。ナーガにとっては苦い思い出だ。込められた願いや想いに、大いに苦しめられた。
それでも、リオラは名前負けしていないと思った。
「現実はこの有り様。家族を守れなかった、近寄り難い没落貴族」
「……お前も名前に苦しんだんだな」
「でも、私は自分の名を呪ったりしないわ。寧ろ誇りに思ってるの」
リオラはそう言って続ける。
「今は名前負けかも知れない。でも、いつかきっと、皆に慕われる”川”になって見せる」
ああ。こいつは立派だ。親から授かった名前に見合った生き方を模索してる。
名前から逃げて、捨てた俺とは違った。
「……まあ、そういう意味だと私も強くなりたいわ。土元素の力も大雑把で、すぐマナ切れするしね」
ナーガは心の内で決意を固めた。強くなろうと。
途中で投げ出したレースだけど、名前負けしない人生を歩もうとしている彼女に、なぜか置いていかれたくなかった。
「明日、ギルドの訓練プログラムを受けに行くよ。張り紙があって面白そうだった」
「そう。いいかもしれないわね」
訓練プログラム。初心の冒険者に向けた、戦闘指南を施してくれるものらしい。
所詮は訓練だ。ずば抜けて強くなることはないだろうが、全くの知識0なのだから損する事はないだろう。
「おやすみ、リオラ」
「ええ。おやすみなさい」
ナーガは期待と決意に胸を満たしながら、力尽きるように眠りについたのだった。
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翌日。朝イチでまずウィルの様子を見に行こうと、二人は鍛冶屋にやってきていた。
「おう、来たか」
店に入って一番に目に入った光景に、一行は目を丸くした。
ウィルが来るのを待っていたと言わんばかりに立っていたのだが、その作業机の上には様々な種類の武器が並んでいたのである。
そのどれもが先に光線を帯びており、バグズから託された鉱石をふんだんに使ったものだと推測できる。
「すげえ……もう完成させたのか?」
「ああ。ちょっと持ってみてくれ」
ウィルの要望通り、ナーガは剣をゆっくりと鞘から抜き取った。
刃が空気を裂く際の、金属特有の乾いた音が耳をくすぐる。
手に吸い付くような柄。無駄のない重心。まるでこの剣が、自分の動きを先読みしているようだ──。
一閃。空を切っただけで腕に伝わる衝撃の軽さに、思わず笑みが漏れる。
「軽い、軽いぞ!どうやってやったんだ!?」
ナーガが上下に剣を往復させながら問いかける。
ウィルは鼻をならして自信満々に答えた。
「持ってきた鉱石と比較的軽い金属、”リナリア鉱石”を混ぜて叩いてみた。合金ってやつだな。何でも切れる万能剣とはいかないが、滅多なことがなきゃ壊れないほど頑丈だ」
「そうか、合金……!安価で軽いが強度に欠けるリナリア鉱と、頑丈故に重量がネックのバグズ鉱石をかけ合わせたのね」
リオラが顎に手を当てて感心する。こいつ何でも知ってんな、とナーガは思うのだった。
ふと、リオラが無意識に口から出た単語にウィルが反応する。
「バグズ鉱石……」
「あ、ごめんなさい。……つい語感が良くって」
リオラが失言を察し、罰の悪そうな顔をする。
「……いや、いいんじゃないか。かつて絶対に壊れない武器を求めた男が見つけ出した、不壊の金属。バグズ鉱石って名にしよう」
ナーガもリオラも、少し驚いた。
ウィルはまだ、父親を許せていないものだと思っていたのだ。
いや、まだ許せてはいないのだろう。
それでも、折り合いは付けれた様だ。
「ああそうだ。礼がしたいって言ったろ。一本好きなの持っていってくれ」
「え、マジで!?いいのか?」
「当たり前だ。あんたらがいなきゃこんな代物は作れなかったし、クソ親父に引導も渡せなかった」
親父の悲願を達成して”引導を渡す”なんて、泣ける話だ。
「じゃあ、お言葉に甘えて。すげえな、何でも斬れる気がするよ」
「使ってると、切れ味は普通に落ちるからな。ちゃんと手入れはしろよ」
初めての自分の剣。愛着が湧かないハズがない。ナーガは溢れる冒険心に胸がいっぱいだった。
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あれから二十分ほど経っただろうか。
ナーガは店の外の石段に腰掛け、鞘から出し入れしてうっとりしていた。
ウィルは剣だけでなく、納刀用のホルスターベルトや防具まで見繕ってくれた。
胸からへその辺りまでを覆う、いわゆる軽装の鎧だが、あるのとないのでは大きな差だ。
一気に冒険者らしくなってきた。あとは、実力が伴えば。
リオラはと言うと、武器の選別に苦戦している様子だった。
彼女の戦闘スタイルを考察する。以前聞いた話だが、マクシム家は元を辿ると騎士の出らしい。
現代でもその名残は消えず、優秀な私兵を多く持っていたと聞いた。
でも多分、元素魔法メインになるのだろう。
そうなると彼女は後衛、自分は前衛になるのか。一気に不安になってきた。
適当な妄想にふけっていると、ようやくリオラとウィルが店から出てきた。
ナーガも立ち上がって声を掛ける。
「よう、やっと決まったかってえぇぇええええ!?」
ナーガは絵に描いたように驚いた。そりゃ驚くしかない。
華奢な美少女が自分の背と同じくらいの特大剣を携えて出てきたのである。
防具は自分と同じ軽装だが、重そうな素振り一つ見せず普通に歩いている。
いやいや、彼女の動きは奴隷商の牢で看守を倒した時に見ていた。
手は震え、息は上がっていたし、戦闘経験は決してあるように見えなかった。
「はは、わかったぞ!バグズ鉱石のおかげで片手で振れるくらい軽いんだろ」
「はあ?ちゃんとそれなりに重いわよ?」
お試しあれと言わんばかりにリオラが大剣を手渡してくる。
持ってみるナーガ。
「お゛も゛ぉ」
あまりの重さに地面に倒れる。50kgはあるだろう。少なくとも自分には振れない。
ここはアレか、筋力インフレの世界なんだろうか。ハチャメチャが押し寄せて来るんだろうか。
「リオラ嬢は土元素の使い手だって聞いたからな。迷ってた様だから、身体強化で補える重さの大剣を勧めてみた」
「これくらいの出力なら、常に発動してても消耗は少ないわ」
補足をしてくれるウィルに、リオラが得意げに続ける。
もうリオラをからかうのはやめにしよう、とナーガは心の奥底で呟くのだった。
「とにかくありがとう、ウィル。これで旅が大分楽になるよ」
ナーガが立ち上がり、礼を言う。リオラも続けて会釈をする。
「礼を言うのはこっちの方さ。また何か入り用だったら立ち寄ってくれよ」
「おう!頼んだぜ」
一通り挨拶を済ませ、二人は店を後にした。
朝の空気がまだ冷たく、澄んでいた。
町の通りはすでに人通りがあり、開き始めた露店の間で、行商人たちが活気よく声を張り上げていた。
空は高く、雲ひとつない青空が広がっている。
腰には、初めて手にした自分の剣。
確かに今はまだ、弱い。だけど「何も持っていなかった」あの日々と比べれば──
前に進むための一歩が、ようやく形になった気がした。
「じゃあ、次は……」
「訓練ね?」
リオラが微笑む。ナーガは背筋を伸ばし直す。
「だな。行こうぜ!」
二人は歩き出す。石畳に響く足音が、鍛えたばかりの装具の音で乾いていた。
通り過ぎる騎士団の一行。若い冒険者たちの笑い声。
この活気ある街で起きる大惨事に二人が直面するのは、もう少し先の話である。




