第十五話:意志
窮地は去った。ツギハギの化け物はどういうわけか逃げ去っていったのだ。
不快感がまだ残る。胃をひっくり返され、脳みそをシェイクされているような。
原因は、あの化け物に触れた時の妙な感覚が半分、その内容が半分と言った所だ。
しかし、あの映像には気になることが多い。
何かから逃げ惑っていたり、 ひたすら泣きじゃくっていた映像も合った。
中には、抵抗する者の視点もあった。その目には、漆黒のローブを身に纏った集団が映っていた。
何よりやはり、全ての映像に”同郷”を裏付ける情報があったのだ。
元の世界で見慣れた服、名前、地名、近代知識。
ーーあのツギハギは、彼ら本人なのかも知れない。
否定はできない。いつか、リオラが言っていた。
「厳重に保管され、毎日実験でしょうね。解剖されたり、痛みへの耐性を調べたり、元素魔法の耐久性を――」
その結果が、あの化け物だというのか。
昔、漫画で見たことがある。改造されて飼い犬と体をくっつけられてしまう女の子の話だ。
そういう次元の話が、この世界で起きているというのか。
でも誰が、何のために?俺も捕まったらこうなるのだろうか。
一人の落とし子として、彼らに”継ぎ足される”のだろうか。
恐ろしい。胸が痛い。可哀想だ。隠れたい。全部、見なかったことにしたい。
どこか遠くへ。誰も知らない場所へ――
ピシャッ。
頬に灼けるような痛み。
自分の世界に沈みかけていた意識を、一発で引き戻される。
目の前には、リオラがいた。
「ーーー約束、したわよね。次、私を置いていったら思い切り顔をひっぱたくって」
つきものが取れたように、今の一撃で体の不快感がなくなった。
冷たい目で、けれど震える手で、彼女はもう片方の手を握りしめていた。
「置いて逃げたらって話だろ。ーーでも、ごめん。心配かけた」
「ホントよ、全く。後をつけて来て正解だったわ。
あなた、さっきの奴に尾行されてるのも気づかないんだもの」
調子を取り戻すために、少し無理して冗談を言ってみる。
「……なんだ、さっさと通報してくれたら良かったのに」
「烏滸がましいわね!ローブ被ってたからあんなのだと思わなかったのよ!」
そう言って、腰から水筒を取り出してこめかみに押しつけてくる。
なんだかんだ言って優しいやつだ。リオラに出会って本当に良かった。
「で、あの化け物はどう説明するの?あなたを襲ったかと思えば、
いきなり逃げていったし。あなたは辛そうだし」
水筒の水を二口ほど流し入れて、リオラに事情を説明する。
「落とし子っぽいんだよ、あのツギハギ。
俺の名前を知ってて、生け捕りにしようとしてた。
殴った時にツギハギの頭の中みたいのが見えて、それが”落とし子”の記憶に見えた」
そう説明しながら、リオラに映像の内容をひとつひとつ話した。
「じゃあ何?あの化け物は元々人間で、あなたと同じ”落とし子”だったって言うの?」
「多分、そう。あいつらも言ってたし。”見ないで”って」
「……やるせないわね。幼い子どもまで」
「うん。まぁ思うトコはあるけど、とりあえずはバグズさんだ」
二人は向き直り、バグズの亡骸へと歩いていく。
「……亡くなってたのね」
「ああ。クソ重い剣と、この手紙がそばにあったよ」
作業机から手紙を拝借し、リオラに手渡す。
「読んでみるわね。ーーーこの手紙を見ている者へ」
この手紙を見ている者へ。
もしこの手紙が燃やされず、人目に付く場所に置いてあるならば、
俺は既に力尽き、サバス様の導きを受けている事だろう。
善行を積むと思って、この手紙をキアリカの中央通り脇にある鍛冶屋に届けてほしい。
一人息子ウィルへ。
俺を恨んでいると思う。もっと早く話すべきだったのかもしれない。でも、どうしても口にできなかった。
お前が生まれる前のことだ。
俺は、ある冒険者に剣を頼まれた。全力で鍛えたつもりだったし、慢心もなかった。
でもな――その剣は、戦いの最中に折れてしまった。
そいつは、魔物に喰われて死んだ。
目の前で。剣を信じて振るったやつが、武器に裏切られて死んだんだ。
そいつの名前も、顔も、一生忘れられない。
自分の手で、誰かを殺してしまったような気持ちだった。
それ以来俺はずっと、自分を許せなかった。
毎日、炉に向かい鉄を打った。手が裂けようが、熱で焼けようが止めなかった。
もう二度と、あんなことが起きないように。
武器は人の命を預かるものだ。生きるか死ぬか、その境目を担うものなんだ。
軽く作っちゃいけねえ。軽く、渡しちゃいけねえ。
俺はお前に、何も教えられなかった。
鍛冶屋の息子としては、きっと物足りなかっただろう。
だけど、お前は俺の仕事をただ、目で見て覚えていた。
不器用で、無口で、人にうまく甘えられない。……俺に似ちまったな。
けどな、その分だけ、お前は人の痛みをちゃんと感じられるやつだ。
だから、何も言わずとも、俺の気持ちには気づいてたんだろう?
世話焼きの古い友人が、近況を伝えにわざわざここまでやってきた。
聞いたよ。母さんが死んだって。
母さんはいつだって何も言わず、俺を支えて見守ってくれていた。
そんな彼女やお前に、俺は何も返してやれなかった。
最近体調が優れない。どうやら病気らしい。
自分の体のことだ、よく分かる。もう、長くはない。
だから最後に、せめてお前には返したい。
俺のいるこの洞窟には、珍しい石の鉱床がある。
この石は今まで見たどんな金属より密度、強度が高く、元素の伝導力が高かった。
何度も叩いて、試作品を作ってみた。
だが、重量がネックだった。密度が異常な分、重さが段違いだ。
これじゃあまともに振れやしない。
友人にお前へサンプルを渡すよう頼んだが、届いたろうか。
もっと突き詰めたかったが、もう時間がない。
お前に、この金属を託したい。
こいつをうまく打てれば、黒曜石の武器にだって劣らない武器になる。
ウィル。お前を誇りに思っている。
どうか俺の意志を、継いでほしい。
ああ、夜が近い。迎えが来たようだ。
あっちで母さんにあやまらなーーーー
「……ここで途切れてるわ」
手紙を読み終えたリオラが、しばし無言のまま目を伏せる。
ナーガもまた、何も言えなかった。
ただ、バグズという男の背負った後悔と、託した想いが胸に重くのしかかる。
「……鍛冶屋の子に、届けてあげないとね」
そう言ったリオラの声音は、少しだけ柔らかくなっていた。
リオラは一歩、バグズの遺体のそばに近づき膝をついた。
そして、手を合わせる。
「夜を渡る魂に、安らぎあれ。
闇の帳に包まれて、サバスのもとへと至らんことを。
この身の終わりが、次の夜明けとなりますように――」
この世界の、死者を悼む祈りの言葉だろうか。
ナーガも、その隣で静かに手を合わせた。
短い黙祷のあと、リオラが周囲を見渡す。
「ナーガ、あの石。拾っておいたほうがいいんじゃない?」
少し離れた作業場の脇には、玉虫色に光る鉱石の塊がいくつも積まれていた。
その中に、先ほどまでナーガが持っていた“重すぎる剣”の他に、いくつかの試作品らしきものも転がっている。
「……これ、全部あの鉱石で作ったのか」
今一度武器を手に取ると、ずっしりとした重量が指に食い込む。
力任せに振るえば骨が砕けそうなほどだ。
刀身はほのかに光線が走っており、知っている言葉で表現するならば、ズバリ輝彩滑刀。
「これ、本当に改良すれば……すごい武器になるんじゃないか」
「そうね。素材の力は本物みたいだし」
ナーガは武器と鉱石の一部を袋に詰め、肩に担ぐ。
どれだけ運べるかは微妙だが、とにかく持っていける分だけ、無理なく詰めた。
洞窟の出口に向かいながら、おそるおそる周囲に気を配る。
さっきまでいた化け物の気配はもうなかった。
でも、あれがまた現れる可能性は否定できない。
あの化け物だけじゃない。
ああした存在に“変えた”者たちが、背後にいるのだ。
「なあ、リオラ」
「なに?」
「落とし子って、どれくらいいると思う?」
「……さあ。けど、今存在してるのがあなただけじゃないってことだけは、確かみたいね」
「……うん」
ナーガは、肩に食い込む石の重さを感じながら、静かに頷いた。
「いこう。まずはキアリカだ」
「ええ」
ふたりは洞窟を後にした。
新しい脅威の兆しと、背中に背負った石と共に。
★おまけ★
サバス:七大神の一柱で、「夜」と「葬儀」の神。
暗いイメージを持たれるが、邪悪な神としてではなく
静かな夜を司る優しい神と言われている。
この世界では葬儀の際に祈る対象として一般的に知られている。




