第十四話:みないで
洞窟の空気には、まだ土煙が立ちこめていた。
壁に叩きつけられた継ぎ接ぎの化け物は、崩れた岩の中で微動だにしない。
目の前に──見知った顔が立っていた。
リオラだった。肩で息をしながら、鼻筋から血を垂らしている。過剰な力の行使による反動だろう。
空気には、いまだ詠唱の余波が残っていた。
「リオラ?なんで……」
へたり込んだままのナーガが、息を詰めたように呟く。
返事の代わりに、リオラは足音を響かせて近づいてくる。
普段の彼女に漂う上品さは、そこにはなかった。
代わりにあったのは、明確な怒気。
「話は後。――今は、アイツでしょ」
リオラがナーガの胸ぐらを掴み、強引に立たせた。
その手を離さぬまま、土煙に沈む化け物を真っ直ぐ指差す。
視線の先の主はやがてゆっくりと、液体のようにぬるりと起き上がる。
その胴は先程の攻撃であらぬ方向を向いており、下半身だけがこちらを向いていた。
──ぐちゃ、と湿った音が響く。
ねじれた胴体が、不自然に軋みながら元に戻っていく。
「いっっっったァァァァいッ! ……なにコレ、いたい、やだ、ヤメテ……」
「おまえだ……おまえだ……オマエがやった、イタイ、しぬ、しぬってば!」
顔の片側が怒り、もう片側が泣きそうな声で叫ぶ。
その口々が重なり、不協和音となって洞窟に響く。
「なんで、なんで、おまえ、だれ、ちがう、ちがうヒト、じゃま」
「じゃま、じゃまじゃまジャマジャマ……ころす、ころしてイイ?ねえ」
ツギハギは首をぐにゃりと傾け、長い腕を引きずりながら一歩踏み出す。
数秒ごとに人格が切り替わるような、意思の混濁。
「ナーガ……ナァァァガガガガガガ……いっしょ、だったのにィ……しんじゃえ、みんなァァァ……」
「だ、だ、だめ、ナガはわたしの……しなない……いま、つれてくの……!」
「気色悪い奴ね……。悪いけど、さっき無理したせいで”土元素の力”はあと一回分って所よ」
リオラが鼻の血を袖で拭いながら、目線はツギハギに向けたまま話す。
「わかった。考えがある、もう一発あいつに派手なのを頼む」
口に入った血と砂を吐き捨てながら、ナーガも答える。
「……仕方ないわね」
そう言って呼吸を整えながら、リオラが集中力を研ぎ澄ます。
彼女の周囲に土気色のオーラが集まり、一点に集中していく。
「テラ・ディスペルゲ・イアケ!! 」
集まったエネルギーが、無数のこぶし大の岩塊に変わる。
それらが弾丸のようにツギハギに向かって一斉に放たれる。
ツギハギは向かってくる岩塊を大振りな剣撃で薙ぎ払い、無力化する。
それでも無数に散らせた岩は一振りで処理しきれず、足や腕に数発見舞わせる。
力を使い果たしたリオラが、よろめき膝をつきながら叫ぶ。
「今!」
ナーガは本能に任せて飛び出した。重すぎる剣を持って、力のかぎり走った。
「ナガ……?」
岩塊を食らってのけぞっていたツギハギが、また名前を呼ぶ。
歪な化け物、この世の道理は通じない。そんな相手にナーガは剣を、あろうことか。
投げた。
剣は地面と水平に回転し、ツギハギの胴を両断せんと飛んでいく。が、そうはならず。
規格外な重さの剣に、投げ手が投げ手。非力なモヤシが放った一投は、ツギハギの体を大きく逸れて。無念にもヤツの足元に転がった。
やや後方に転がった足元の剣を見ながら、ツギハギがせせら笑う。
「うひ、へただ、ねえ、うひゃひゃ!」
ナーガに視線を戻したその時、ツギハギの目が大きく見開かれる。
彼が全体重を乗せ、こちらに飛び込んできていたのだ。拳を握りしめて。
油断したツギハギ。反応に遅れが出る。
そして。
「だら、っっしゃあああああ!」
縫い目だらけの顔面に、クリーンヒットする。
生まれて初めて殴った人間の頬は異常だった。皮膚の弾力、歪んだ歯列。
そのどれもが、異質だった。
そして――その瞬間。
世界が、裏返る。
目の前がぐにゃりと歪んだかと思うと、ナーガの頭の中に、無数の映像がなだれ込んできた。
逃げている。ただひたすらに。
涙を流す幼い子ども。
乱暴に引きずられる身体。
何度も、何度も、誰かの名を叫ぶ声。
そのどれもが、異なる情景、異なる目線の高さから見える記憶だった。
一つ共通していたのは、皆が「落とし子」と呼ばれる者たちだったこと。
(これ……全部、こいつの……!?)
邪推する。この化け物の正体を。化け物たらしめた理由を。
息が苦しい。頭が割れそうだった。
膝をつき、地面に手をついて喘ぐ。胃の奥がぐるぐると渦を巻き、吐き気がこみ上げてきた。
そのとき、ツギハギの動きが止まる。
「……みた、ね……」
声は、震えていた。
「みないで……そんなの、しらないで……!」
怒号でもなく、罵倒でもなかった。ただただ、怯えた子どものような、泣きそうな声。
「ボクのこと、見たでしょ。……ナガ……どうして……」
継ぎ接ぎは、がくがくと震える手で顔を覆う。
そして、バラバラに動き出した足が、踵を返す。
「しられたく、なかった……しられたく、なかったのに……!」
その叫びを最後に、化け物は洞窟の出口へと、逃げるように駆け去っていった。
その背中は、ただの「怪物」ではなかった。有り得た未来、人間の「残骸」のようにも見えた。
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