第十三話:刺客
洞窟の空気は、静まり返っていた。
冷えきった手、固まったままのバグズ。
死してなお向かっていたその机上には、一振りの剣と書きかけの手紙が遺されていた。
ナーガはしばらくその場に立ち尽くしていた。
何も考えられず、ただ、手が震えていた。
「……間に合わなかったのかよ」
かすれた声が洞窟の奥に吸い込まれていく。
その瞬間だった。
──ギィ
洞窟の入り口の方から、扉の開くような音がした。
振り返る。
入口の通路は薄暗く、何も見えない。
いや──そもそも通路に扉などなかったハズだ。
次第にすり足のような足音も聞こえてくる。
「誰だ?」
震えたナーガの声に、複数の声が、連鎖するように続けて答えた。
「やっと……み、み、みつけた」
「こ、こ、こここ……ひとり……いいね、ひとりだ」
「ひとリ……いや……さみシいよ……かえりたい」
ナーガの背筋が凍りつく。
ゆらり。
薄闇の中、ひとつの影が現れる。
それは──人の形をしていた。だが、あまりにも人として矛盾していた。
全身を覆う布の隙間から、縫い目が覗く。
肩と腕、首と胸、足と腹……あらゆる場所が縫い合わされていた。
髪色は白と黒が入り乱れている。肌の色も、大きさもバラバラだ。
まるで、別々の人間を無理やり継ぎ接いだ人形。
「な……に、あれ……」
その“何か”が歩くたびに、ギィ、と関節が軋む音がした。
首が勝手に傾き、不定期に左右の瞼が交互に瞬きをする。
笑っている口のその端で、別の口角がひくついている。
「お、お、おおおおまえ。ナーーーーーーガ」
「いっしょ…ナーガ?…」
「だれ…このい゛と…ぎもぢわるい」
「うるさい!もってこないと、おこられるるるるるる」
その”化け物”は右手に鉤爪の様な武器をはめ、左手に剣を握っていた。
一人で口論しはじめたかと思えば、自分の右肩を剣で刺し始めた。
自分で突き刺しておいて悲鳴を上げ、痛み悶えている。ワケがわからなすぎる。
(体が、動かない)
全身が、すくみ上がって固まっている。
人間の理解を超えた”異形”に頭と身体の整理が追いつかない。
「ナー、が。いっしょに、いご」
化け物が、着々と近づいてくる。
言うことの聞かない体に、ひたすらはたらき続ける。
動け、動け、動け、動け、動け。
「ふぐっーーー」
ない力を振り絞って、舌を思い切り噛んだ。
鉄の味と痺れるような激痛に目が醒めていく。
ようやく動くようになった体にムチを打ち、バグズの亡骸の傍らにある剣を手に取る。
「お゛もっ……!?」
その剣は異常なまでに重かった。せいぜいブロードソード程度の刀身。
重いったって重すぎる。20キロはくだらない。
「うごごごごごかないで……し、しんじゃうから」
「あしをネらおうよ」
「そのけん、おもそう」
”継ぎ接ぎ”が間合いに入る。
初撃ーー。鉤爪で足元に向けて大ぶりを仕掛けてくる。
なんとか地面に向かって飛び込み、避ける。
お忘れかも知れないがこの男、戦闘経験ゼロ。
受け身を取れるはずもなく、勢いよく転倒する。
二撃目が、来る――――。
剣を使った一突き。確実に俺の右足を仕留めにかかる。
終わったーーーー。
「テラ・ペルクータ・クインティ!!!」
継ぎ接ぎのそばーー洞窟の壁が、隆起する。誰かの掛け声とともに。
隆起した岩はそのまま拳を形作り、奴をそのまま……ふっ飛ばした。
勢い良く殴り飛ばされた体は、壁に大きく穴を開け、土煙を上げる。
明確な怒りを帯びた単語の羅列に、それを体現するような一撃。
だがその声の主は紛れもなく、いつか自分を救ってくれたものでーーー
「立ちなさい、この大馬鹿!!!!!」
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