美食家塩屋敬1
どうにもヤマゾエの話は本当のようだ。
マサキたちは話し合ってヤマゾエに会ってみることにした。
ただギリギリまで警戒は解かない。
生活圏からかなり遠いところにある喫茶店にマサキは来ていた。
フードを深く被り、店主から見えない席に座ってコーヒーを前にヤマゾエを待っている。
喫茶店のドアが開く。
ドアベルが軽快な音を立て、店主がお好きな席へと促す。
ヤマゾエはマサキの後ろの席に座る。
「振り返らず、そのまま話してください」
「あ、は、はい……」
背中合わせのまま会話をする。
「そう緊張しないでください。ヤマゾエシオリさんですね?」
「そうです」
配信の時と違ってかなりテンションが低い。
服装も地味で、メガネをかけていてうつむき気味。
よほど熱心なファンでもない限りさおりんだと気づける人はいないだろう。
「周りに不審に思われないように、何か適当に頼んでください」
「わ、分かりました……」
喫茶店に来てただ座っているだけなのはおかしいだろう。
ヤマゾエは慌ててメニューを見る。
一応ヤマゾエに対応しているのはマサキだけだが、他のみんなも近くにいる。
ダイチは同じ喫茶店の中にいて、レイとイリーシャは外で待機していた。
「……メールの内容読みました」
ヤマゾエの前にアイスコーヒーが運ばれてきた。
店主が離れ、マサキは話を始めた。
「あなたの弟をさらい、そして俺たちを狙っているのはグルメギルドの塩屋敬なんですね?」
「はい、そうです……」
覚醒者に目覚めるのは何もいい人だけではない。
残念ながら悪人にも力は目覚める。
シオヤタカシはいくつかの二つ名がある。
ある人は食に取り憑かれた悪魔、暴食と呼び、ある人は美食家と呼ぶ。
またある人はグルメマフィアなんて呼び方もしている。
食べることに取り憑かれたのがシオヤであった。
珍しいもの、美味いもの、はたまた自分が食べたことのないもの全てを食べることがシオヤの目的だ。
そのためには手段を選ばない。
邪魔をするなら人を殺すことも厭わないし、食材のためなら危険な依頼も受ける。
危険なこともするのでマフィアと呼ばれているのだった。
そしてそれだけのことをするのにふさわしいぐらいシオヤは強い覚醒者でもある。
「私があなたたちに迫っていると聞きつけて、情報を得ようと弟をさらいました。犬マスク……あなたが参加したと思われる攻略の名簿を渡せと」
「渡せばよかったじゃないですか?」
「……入手に失敗したんです」
マサキがレイと共に参加したゲート攻略の参加者が分かれば、マスクマンの対象者はかなり絞られる。
ヤマゾエの最後の配信は名簿を手に入れて、マサキの正体に迫ろうとしているところだった。
しかしヤマゾエは名簿の入手に失敗していた。
「昨今のコンプライアンス問題がニュースになって……相手が及び腰に。だから名簿を入手できずに、そのことを相手に伝えたんですが、信じてもらえなくて」
ヤマゾエはうつむいて服を握りしめる。
どこかの誰かから名簿を手に入れようとしたのだけど、他のギルドで起きたコンプライアンス問題がニュースに報じられると名簿の話は無くなってしまった。
しかしマフィアなんて呼ばれる相手にそんなもの関係ない。
嘘だと思われたのか、あるいはたとえ本当でも名簿を入手してこいというつもりなのか、ヤマゾエの言うことは何も聞いてもらえなかった。
「このままじゃ……ハジメが……」
ヤマゾエの声が震えている。
少なくとも弟のハジメのことを大切に思っているのは嘘ではない。
「俺たちになんの利益がある?」
「えっ?」
「君たちは俺の正体を暴こうとした。いわば敵だ。むしろ君たちが危ない奴らに目をつけられたとしても自業自得」
敵の敵は味方とも言う。
ヤマゾエがマサキたちに迫っていることは間違いない。
このまま放置しておけば、ヤマゾエはシオヤに片付けられるだろう。
シオヤのグルメマフィアという敵は残るけれど、どうせすぐにマサキたちに手は出せない。
「君たちを助けても俺たちにはリスクしかない」
ヤマゾエを助けるということはシオヤに立ち向かうということになる。
それはかなり危険な行為である。
「……それは…………」
ヤマゾエが言葉に詰まる。
言われてみればその通りである。
視聴者が食いつくからとマスクマンのことを追いかけていた。
だがそれはマスクマンからすれば迷惑行為でしかない。
マスクマンを追いかけていたせいでこんなことになった。
助けを求めるなんて都合がいいことなのは分かっていたが、それを突きつけられるとヤマゾエは答えに窮してしまう。
「もう……おいかけませんから…………どうか……助けて、ください」
マサキは背中にすすり泣く気配を感じていた。
「……お金なら稼いで払います。その……体を差し出せというのならそうします……」
別にお金に困っていないし、ヤマゾエをどうこうしようというつもりもない。
「……君に乱暴するつもりはない。だけど君の能力は欲しいな」
「私の、能力……?」
「情報収集能力だよ」
ヤマゾエはマサキたちの正体にかなり迫っている。
名簿が手に入っていたらいつかマサキたちに手が届いただろう。
情報を集め、分析し、諦めずに追いかける。
この能力は素晴らしいものであった。
これから先、マサキがインターネットの情報だけで調べていくには限界がある。
情報屋が必要だ。
「君の力を俺に貸して欲しい。もちろん、配信で俺たちを追いかけるのもやめだ」
「……はい! なんでもします! だから……」
「君の弟を助けるとしよう」
「ありがとうございます!」
なんだかんだ困っている人を見捨てるつもりはなかった。
ただシオヤは厄介な相手ではある、とマサキはひっそりため息を漏らしてしまうのだった。
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