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8.五階 〜謎の手がかりは解くよりも得るが難し〜

背を向けていた青龍に

くるりと向き直って

ナイラは小首を傾げた


「何です?

 青龍様も

 おしゃべり相手に

 飢えてるんですか?」


「ま

 ヒマはヒマだけどな

 そうじゃなくて──

 礼くらいさせろってことだ」


「クッキー二枚でお礼なんていいですよ〜」


「そうはいくか

 知ってて損はない情報だぜ?」


「何を教えてくれるんですかっ」


やはりヒントに目がないナイラである

ずいっと青龍に近寄って

両目を輝かせた


「おおっと

 アンタ分かりやすいなあ

 ははっそういうのキライじゃないぜ?

 教えられるのは

 朱雀兄ちゃんのことだ」


「朱雀様の?」


「ああ

 アンタ岩塩持ってるか?」


「テントの中に置いてきた

 ミルの中になら

 小さいのが」


「渡せるようにしとけよ

 要るぜ」


「あー……取り出せるかな

 でも分かりました

 ありがとうございます」


うんうんと青龍が頷くと

その波打つ身体からそよ風が漂ってきた

これが突風に変わったのだろうか

ナイラは追い風を背に一旦麒麟の元へ

──テントの中にあるものを取りに戻った


 * * *


床の上にべたりと座った麒麟は

前足の間に顔を入れて目を閉じていた


眠っているようなので

声はかけずに

テントに入って荷物をあさる


小さい鍋に塩コショウ砂糖は常備している

塩のミルはまだ使い切ったことが

なかったので知らなかったが

ネジ式で岩塩の出し入れができる


ナイラはさっそく塩の塊を取り出して

紙に包んだ


次は南だ


 * * *


「探索者らしくないお嬢さんだな」


「戦闘からはずっと逃げてきましたから」


「なるほど

 ──とはならんぞ!

 こんな物騒なところに

 しかもひとりでいないで

 地上で安全に暮らせ!」


今までも探索者には

言われたことがある

その台詞を

モンスターから言われたのは

初めてで

ナイラは小さくうめいた


「う……そんなこと」


言われる筋合いはない

そう告げたかったのだが

思い止まった


『安全に』


ナイラは

心配されているのだ


声質としては

中年と言うにはやや若い

男性の声


厚みのある胸と翼

孔雀のような尾羽

鋭いくちばしは短めで

そのどれもが

金色の光沢を持つ朱色に輝いている


何だか見た目の神々しさがなければ

ご近所の世話焼き兄さんって感じ


そんな風に思ってナイラは小さく笑った


「何だ笑って

 こっちは真剣だというのに」


「あ

 ごめ……ふふ

 申し訳ありません

 お言葉はありがたく」


「でも聞くに止めると

 そういうことだな?

 困ったお嬢さんだ」


憤慨していると言うほどではないが

朱雀は明らかに難色を示していた


困り顔で笑ったナイラは

相手を宥めつつ貢ぎ物を差し出した

岩塩だ


「おう

 気は利いているようだ

 床に置いてくれ」


「献上品を床に直置きは

 ちょっと……しづらいですよ

 私の手からは

 召し上がりたくない感じですか?」


「気にしなくていい

 火傷するぞ」


「火傷なら治せます

 どうぞ」


ナイラは首を振って

もう少し朱雀に歩み寄った


ちり

と肌を焼く感覚は

真夏の日差しか

はたまた

真冬の焚き火か


明らかに気を遣われたナイラは

火に焼けた石を一瞬

手のひらに乗せられたような熱を感じたが

後から見るとほんのり赤くなっただけで

爛れたりはしていなかった


念のために治癒魔法をかけるが

さほど手応えはない

その代わり朱雀が反応した


「ああ……なるほど

 君がナイラか」


「え?」


「精々気を付けることだな治癒術師

 君の魔法が

 常に良い結果に結び付くとは

 限らない」


「朱雀様? それって──」


「さて

 君の望みは謎を解明するための

 手がかりだったな

 聞いていくと良い

 ただし──その前に

 僕の試練を乗り越えてからだ!」


思わせぶりな言葉に

意味を求めて聞き返そうとするも

朱雀はもう気持ちを切り替えてしまっていた


朱雀のくちばしから放たれた火炎は

ナイラを中心に円を描いて

彼女を瞬く間に完全に包囲してしまった


「あつ……っ

 朱雀様?

 これって」


「僕の試練だ

 ほぼ本物の炎で囲っているが

 一部だけ幻の炎で出来ていて

 潜り抜けても燃えたり火傷したりしない

 その一部がどこだか見極めてごらん」


「幻……分かりました」


ナイラは朱雀のいる方向を始点にして

熱が漂ってこない場所を探したが

どこへ手をかざしても

熱を感じないところはひとつもなかった


じりじりと焼かれるような熱波が

四方八方から押し寄せてきて

瞬く間に彼女は汗でびしょ濡れになった


気だるい熱気の中で

急にたくさんの息を吸うと

喉が焼けてしまうのではないかと

不安になる


だから

ゆっくり

少しずつ

呼吸した


そうしてそろそろ熱に慣れてくると

次に炎が立ち昇る床を

じっと見つめてみる


だが

円を一周しても

どこにも差異は見られない

と言うよりもまぶしくて

閉じた目に残像が映った


「──!」


そうして閉じた目の

まぶた越しに灯る光が

ナイラにとある事実を伝えてくれた


朱雀の輪郭が見えた気がしたのだ

いや

気ではない

事実

目を開けて朱雀のいる方へ

目線を向けると

やはり朱雀はその輪郭を

鮮明に浮かび上がらせていた


「朱雀様の試練

 ヒントは有ったんですね

 ──ここでしょう?」


朱雀と炎の壁

お互いに燃えているもの同士

本来なら朱雀の輪郭は

壁の炎に溶け込んで

見えなくなっていたところだろう


しかしそうはならなかった


ナイラは

朱雀のいるほうへ足を伸ばし

炎の壁の幻を踏み締めた


「気付くのが早かったな

 さすがだ

 では授けよう

 謎の手がかりだ」


ナイラは慌ててメモの準備をする


「──『其は進み続けるが故に遅れ

 遅れたものは元に戻らない』」


「…………」


「…………」


「それだけ?」


「不満か?」


「いえ

 麒麟様と青龍様は

 もう少し長かったので」


「長さは関係ないが

 それなら埋め合わせに

 良いものを授けよう」


「何かくれるんですかっ?」


にぱっと顔中で笑って

両手を差し出す娘


苦み走った笑い声が

朱雀のくちばしから漏れた


「現金な娘だな

 ──離れていろ

 色が紫に変わるまで触るなよ」


五歩ほど離れたナイラは

首を傾げながら

朱雀のすることを見守った


朱雀は体を揺すると

あの孔雀のような羽根を一枚

床に落とした


その羽根は最初は

朱金色に輝いていたが

やがて光を失っていき

徐々に赤から暗い紫へと

その色を変えていった


ナイラはそれに見覚えがあった


 ──まさか

 まさかあれは──


「……す、朱雀様

 もう触って良いですか?」


問う声がうわずっている

彼女は喉を鳴らした


朱雀がうなずく


シルク光沢のある羽根は

手に取ると一層軽く

つるつるとした手触りが

肌に心地よい


間違いない

『離脱の羽根』だ


それは使うと戦闘から確実に

逃げることができる

商人にのみ販売される道具(アイテム)


ナイラも商人レベルが五になったら

買おうと思っていた憧れの道具である


その効果は類似道具である煙玉の

二百倍の確率とも言われている

しかも使用回数には上限がないという


「本当にいただいて良いんですか

 すごくすごく助かります」


うるうると両目を潤ませて

感謝の念にたえないナイラ


「よいよい

 持っていけ」


朱雀が答えると

いそいそと一番使いやすい場所として

胸ポケットに羽根をしまった


「ありがとうございます!

 そしたら私これで

 失礼しますね

 朱雀様ごきげんよう」


「──おい

 ちょっと待ちな」


「はい?」


何だか必ず

引き止められる気がしてきた

ナイラである


困り顔で笑うと

くるりと踵を返して

朱雀のほうを向き直した


なんでしょう?

と彼女が問いかけると

朱雀は少し火勢を強めて言う


「君はその黒い髪は地毛だな?

 白虎姉さんの元へ赴くには

 相応しくない格好だ

 ──白く染めるか

 もしくは落ちないように

 まとめ髪にできないか」


「黒髪を白髪にするのは

 白いのを黒くするほど楽じゃないですよ

 まとめておきます」


でも何故?

髪の毛をまとめて団子を作り

そこにピンを差していく娘を見ながら

朱雀はややためらいながらも

手短に告げた


「白虎姉さんは白い虎──

 猫に似た大型の獣の姿をしているが

 あの毛は元々は黒かったんだ

 白くなったのは身の衰えからだと

 気にしている

 だから艶のある黒髪を見ると

 不機嫌になるのだな」


「……ぬ

 布も巻いていこうかな」


「ああ

 ターバン的なものがあるなら

 使うと良い

 僕からは以上だ

 ナイラ

 君の道行に幸いがあるように」


「ありがとうございます!」


ナイラは深々と辞儀をしてから

踵を返すともう立ち止まらずに

歩き出した


またいったん麒麟のそばに設置した

テントの中に戻るのだ


いっそのこと

本日の探索をここまでにして

白虎の元へは明日

向かうことにしても良い


懐中時計を見ると

もう夕方だった


いつの間にか

昼食を抜いてしまっていた


少し早いけど

晩飯にしようと

テント内に座り込んで

上半身だけ伸びをした


本日のメニューは

昼食と晩飯の合体なので

少し豪華にしようと思う


角切り肉を干したものを

乾燥した野菜を煮込んだ

ホワイトシチューに突っ込んで

ぐつぐつと具が柔らかくなるまで

テントの外に組んだ

炭火コンロで煮ていく


五階にくる前に一度

地上に戻っているから

まだ食材には余裕がある


しかし食べることが好きなぶん

料理も上手だったら良かったのに


ナイラはそっち方面のスキルは

からっきしでむしろヤムのほうが

上手かったくらいだ


今も煮込みこそすれ

味付けは市販のルーのみ投入したきり

時々焦げ付き防止に鍋をかき混ぜて

三十分ほど経っただろうか

ようやく鍋を火から下ろして

シチューを皿に盛った


それをスプーンでひと口

美味しいけど何か足りないなと考え

塩コショウを加えてみるも

ぱっとしない


よく分からないが不味くはないので

追求するのはやめて

汁を吸って柔らかくなった

野菜や肉を食べて

うんうんとうなずいた


充分美味しい

最後の一味が足りてない気も

しないではないが

充分美味しいから

よしとしておく


ナイラは治癒術師の長衣を脱ぐと

おしぼりで身を清めてから

眠りに就いた


 * * *


次の朝も

もちろん悪夢は見ない


この階には

戦闘を仕掛けてくるモンスターは

いないのだから


朝日だけは恋しかったが

懐中時計に組み込まれている水晶のパーツが

小さく振動して目覚めを促すので

寝過ごすことはない


ナイラは穏やかな寝覚めを迎えて

寝袋から頭上に腕を伸ばすと

ぐっと身体全体を伸ばした


昨夜の残りのシチューとパンで

朝食を済ませると

テントを畳まずに出発する


向かうのは白虎のところだ


白虎はその名の通り

白い虎の姿をしていた


かなり大きい

もし後ろ足で直立したら

ナイラの倍くらいの背丈になりそうな

白と銀色の縞模様


遠くからでも分かる

白銀のオーラは

近付けばいよいよ眩しく

目が焼かれるようだった


ナイラは目の前に手をかざしながら

あいさつのかたわら

交渉してみた


「白虎様ごきげんよう

 ところであなた様のご威光が眩しすぎて

 このままでは失明もあるかと

 畏怖しております

 大変申し訳ないのですが

 何とかもう少しそのオーラを

 抑えていただくことは叶いませんでしょうか」


「分かった……」


手をかざして目蓋を閉じていても

まだ眩しさに目が痛かったのだが

短いぼそぼそした返事が聞こえると同時

徐々に光量が絞られていき

やがて他の四神たちと同じくらいの

明るさにまで落ち着いた


「ありがとうございます」


手を下ろして目を開き

深めの辞儀をひとつ


「良いよ」


返事はそれだけ返ってきた


何となく会話が広がっていかない気がする

こちらと仲良くしてくれる気がない相手

ということなのだろうか


ナイラはもう本題を切り出して

さっさと用事を済ませて立ち去るべきか


それとも何か会話の糸口を探して

もっと情報を引き出すべきか


どうしたものか困っていた


だが

手土産を持ってきていたことを思い出して

ナップザックの中から取り出すと

両手で白虎へ向けて差し出した


「こちらは白虎様への献上品です

 よろしければ召し上がってください」


「わあレモン……大好き

 美味しいわ」


「はい

 麒麟様から白虎様は酸っぱいものが

 お好みだと伺いましたので」


「ありがとう……

 何かお礼をしなくては」


「良いんですよお礼なんて」


「そう?

 でも何かしたいわ」


ナイラは四神たちは皆

貢ぎ物に弱いのだなと

脳内で結論付けた


「そしたら

 何かこの迷宮を攻略するのに

 有用な情報をお持ちなら

 提供していただきたいです」


「……たぶん

 こちらで知っていることと

 そちらで知っていることとは

 そんなに差異はないわ

 役には立てないと思う

 ごめんなさいね」


やっぱりあれこれ話をする

つもりはないということだろうか

広がらないなあと寂しくなったが仕方ない


ナイラは同意の意味で下げた頭をまた上げた


「そうですか

 残念

 そしたら麒麟様の謎を解く

 ヒントさえいただければ

 それで充分でございます

 すぐにお(いとま)します」


「そう……」


その時ナイラはふと違和感を覚えた

白虎はあんまり嬉しくなさそうだ

その口調がじっとりしめっぽい


その湿度を吹き消そうとするかに

ナイラはからりと

晴れやかな口調で言う


「あ! でも

 白虎様の貴重なお時間を頂戴できるなら

 ちょっとおしゃべりに

 お付き合いいただけると

 すんごくうれしいです」


「そう?

 こちらは構わないわ」


先ほどより安堵の色が濃い声音で

そう返してくる白虎だ

何だか嬉しそうである


どうやら白虎は

迷宮攻略とは無関係なところで

ただのおしゃべりを楽しみたかったらしい


四神はそんな相手に飢えているのか

揃いも揃って──


ナイラにはそれが不思議に思えた


どうも四神たちは

思念波を飛ばして

互いに情報交換ができる様子だ


滅多に来ない探索者を

待ち構えなくても

話相手なら自分たちで

事足りるのではないだろうか


しかも大抵の探索者は

この階の謎を解くのに必死で

ヒント以外の話など聞いてもいないような

そんなものが多いのではないか


しかし何となく

その辺りのことを

ずばっと聞きづらい雰囲気が

目の前の神獣からは漂っていた


麒麟や青龍になら

「話し相手が欲しいのか」

なんて気楽に聞けたのだが──


声からして白虎は

沈みやすい気質の女性のようだし

不用意な発言で傷付けてはいけない


ナイラは喉まで出かかった疑問を

飲み込むことにした


すると何の前触れもなく

急に白虎が語り出す


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― 新着の感想 ―
四神が全て登場しましたね!お爺さんのような麒麟、まだ若い青龍ときて、兄貴肌の朱雀、女性的な白虎と、それぞれに特徴があって面白いです。 いずれも強大な力を持った神獣なのだと思いますが、話し相手を欲しが…
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