9.二階 〜それはまだ頼りきりな探索〜
■地下迷宮 一階→二階 ナイラ 治癒術師Lv2 商人Lv2
「さーあ行っくぞぉ〜
一階ラストだお嬢ちゃん
行けるか?」
「何で改めて聞くんですか?
もち──もち」
もちろん
と言いたかった
ナイラはその言葉を飲み込んで
冷や汗をだらだら垂らした
ライトに照らされた正面の壁には
黒塗りの扉がひとつ
それとドアノブの横に小さく四角い穴が空いている
その穴の中にはこれも黒塗りの小さな宝箱が収まり
──そこまでなら良かったのだ
問題はその周辺
宝箱はそれを守るかに
様々な毒虫が上を這い回っていた
ぎち、ぎち
虫同士のひしめき合いの音が
いやに大きく彼女の耳に響いた
「いっやああああああああああああ」
ずざざっ
と後ずさって
先ほどまで隣にいたヤムの
動じない背中を見つめる
ナイラは息も絶え絶えで連れに聞く
「や、ヤムさん……それ、それぇ」
「どうしたぁ? ここで終わりか?」
「な、なー……なんなん」
「っておいおい
マジで言語中枢崩壊してんぞ」
「っ! 何か、何かないですか
良い道具!
いや防虫剤とか確かあったはず」
ちっ
ヤムはそんなには悔しくもなさそうに
軽めの舌打ちをした後
気付いたか
と呟いた
ナイラは両サイドに下ろした手を
ふるふると震わせて
いきどおりもあらわに愚痴る
「どういうことですかっ
そこは『こういうのあるぞ』って
私が聞く前から
出してくれてもいいじゃないですか」
「おいおい自分で言ったんだぞ
道具のあれやこれや
しゃべるなって」
ヤムはにまにまと笑いながらリュックを下ろす
ナイラは頬をふくらませて屈むと
ヤムの手元をよく照らした
「ううん
確かにそこは自分で気付きたい……
難しいです攻略」
「はは
慣れてくるさ
この迷宮内にはヒントがいっぱいだからな
さて
お嬢ちゃんはどちらが良い?」
「どちら?」
見るとヤムは片手に霧吹き
もう片方の手に黒塗りの鍵を持っていた
鍵のほうはシーフラビットが貯め込んでいたものだ
霧吹きのほうを指さして虫除けかと聞くと
彼は首を振った
「殺虫剤だ」
「……!
ダメですよ
私には使えません」
「何で?
お肌に優しいタイプだぞ」
彼女は自身が命の精霊と契約を交わしており
自らの意志で他の命を奪うことはしないと
誓いを立てている
何も考えず地面を歩いていて
蟻を潰してしまったりすることはあるが
基本は虫除けを焚くほうだ
「鍵、ください」
「ほいよ。百銀貨三枚な」
「ちょ? うさぎの貯蔵庫から持ってきた
やつですよね? 何で有料?」
「客は入手経路を知らないことがほとんどだ
おまえが特殊なだけだぜ」
「もー。これだから商売人は」
ナイラはウエストポーチから小銭を取り出して
鍵と交換すると早速鍵穴にそれを差し込んだ
鍵を回すと乾いた音が辺りに響く
彼女はドアを開けようとしてノブに手をかけ──
少し心許ない様子でヤムを見上げた
彼は、うん。と一度うなずいて彼女に進むように促す
とうとう二階だ
ナイラはノブを握る手のひらが
汗で濡れているのを感じた
(大丈夫)
だってまだヤムが一緒にいてくれる
だから
大丈夫だ
両目を閉じて
深く息を吸って
吐いて
両目を開けて
ドアを開けた
* * *
目の前には下りの階段が伸びている
ドアの前までは三人が横並びで歩ける
幅広の通路だったが
ヤムひとり分の横幅しかないドアをくぐると
幅はそのままで細い階段が続いていた
灯り棒で周囲を照らしながら降りていくと
階段を降りてもまだ目の前には
細い通路があるばかり
それは曲がり角や分かれ道が頻繁に現れる
巨大迷路のようだった
「地下迷宮の中にさらに巨大迷路……?」
何してるんだか
そうつぶやいたナイラの後ろから
ヤムの声が釘を刺す
「油断するなよ
強くはないが魔法生物が襲ってくる
それに連れとはぐれやすい」
はぐれやすいのは
いかにもありそうで
彼女も気を引き締めた
進んでいくうちに分かったこと
それは
魔法生物のほうが
索敵のれんで感知しやすい
ということだった
一階のものよりも素早く動く
青く発光するスライムや
目眩しがやっかいな鬼火
やわらかにうごめいて
探索者を呑み込もうとする生きた壁など
どれもナイラにも
遠くから索敵できたものばかりだ
ただ
見つけたモンスターを迂回しようとすると
迷路の細い入り組んだ道が
邪魔をすることも多々ある
そこへ持ってきて
ヤムの無茶振りが絶好調なため
ナイラは疲労困憊だった
やれスライムを走り幅跳びの要領で跳び越えろ
ウィスプを光石の灯りで懐柔して手懐けろ
ウォールをウィスプで炙って通り道を開けさせろ
「ヤムさん……だってそのスライムって
二メートルは広がってるじゃないですか
こんな重い荷物持ってるのにー」
「遠慮すんな
ほれこの要領だ
──跳べ!」
口を小さくへの字にしたナイラより
余程たくさんの荷物を背負っている彼は
数歩下がると何気なく跳んだ
まだまだ余裕がありそうな飛距離だ
えええ
と驚愕の声を上げる彼女を手招きする彼は
助走をつければ大丈夫だと
考えなしな要求をしてくる
だがナイラもここで止まってばかりは
いられないのだということも理解している
細い道いっぱいに広がっているモンスターと
戦わないなら避けるしかないのだ
彼女は後ろを向くと
五歩も十歩も進んで
助走距離を確保した
身を低くして走る態勢を作る
軽く息を吸って止めて
駆け出すと共にその息を吐き出した
踏み切りの位置は
そう悪くなかったはずだと思う
けれども空中でばたばたした彼女の足は
床ではなく流動体を踏んだ
「う……」
うえ〜ん
とでも言いたかったのだろう
彼女は泣き出すのを堪えて
顔をくしゃりとさせた
「ぶわはははははっ
安心しろ
そいつは火を近づけられない限り
攻撃してこないタイプだ」
「そうなの!?
じゃあ私のこれは……」
「いやいや
決して無駄な努力じゃないぞ
……ぷ
ぷぷぷ」
「うるさい笑うな〜!」
切れたナイラは足元に溜まっているスライムを
片手に握れる量だけちぎってヤムへと投げつけた
「いやん
やめてよ〜」
野太い声でそう言いつつも
特に避けるでもなく顔でスライム弾を食らうヤム
ナイラは我に返ってスライムから退くと
ヤムから回収したスライム片を本体へと返した
「ごめんね」
と謝るのも忘れずに
その時
ふと思ったのだ
(私 スライム一体
自由にできないの)
こんなことで
迷宮をひとりで出歩くなんて
できるだろうか?
落ち込みかけたところへ
ヤムの気楽な声がつっこんできた
「いやおれには『ごめんね』ないのかよ」
「ヤムさんのは自業自得です」
今はひとまず考えないでおこうと思ったナイラだ
靴の裏にスライムが残っていないことを確認してから
二人は探索を再開するのだった




