10.二階 〜飛び込んだ危険と望んでいた再会〜
■地下迷宮 二階 ナイラ 治癒術師Lv2 商人Lv2
索敵のれんは展開したままで
ゆうに三時間が経過していた
そろそろ休憩だ
そう思ってヤムに声をかけようとした瞬間
のれんが四方八方反応してから解除された
「な……っ!?」
「お嬢ちゃん! 罠踏んだな!」
「トラップ?」
踏んだと言われた足下を見れば
小さな魔法陣が光っている
おそらくモンスターを喚んでしまう
種類の陣だとはすぐ気付くが
どうしたことか召喚したその姿は見えない
「ヤムさんモンスターいるんですよね?」
「視えないのか……いや
それがいいかもな
こっちこい
おれの後ろに」
「はいっ」
見てさえいれば楽に乗り越えられる
小さな魔法陣をまたいで
ナイラが師匠のほうへ歩み寄ると
急に血相変えた彼が短く叫んだ
「しゃがめ!」
「え!? ──きゃっ」
反射神経は一階で鍛えられたので
急な指示にもある程度は反応できる
最初の言葉に対して慌てて屈んだナイラ
頭上を何かの気配が横薙ぎに駆け抜けていった
ほっとする間もなく叩き込まれたのは
おそらく蹴りだったのだろうと思う
横飛びに飛ばされて
すぐそばの壁にぶち当てられた際に
わずかに感じたのは腐敗臭だったか
視界のあちこちを
ちらちらと光る星の粒が飛ぶ
くらくらするめまいを
何度目かの瞬きで押さえつけて
転がったまま前を向く
目の前の床の上にヤムの足がある
かばってくれているのだと
すぐに分かった
その足の向こう側
ヤムと対峙しているものが
ぼんやりと空間を歪ませて
形を浮かび上がらせる
胸元や腰の前が外れて
使い物にならない鎧
敗れた衣服からのぞく深い裂傷
一部が溶けて崩れた人の姿
顔半分が白骨化した腐肉の戦士
あれは──あれは
生ける屍!
「ひ」
ナイラは恐怖のあまり
悲鳴を上げることさえ忘れて
立ち上がりざま駆け出した
「おい! 嬢ちゃん戻れ!
ひとりで動くな!」
ヤムの言葉も聞こえてはいるが
理解はしていない
込み上げる吐き気と闘いながら
迷路を闇雲に走り抜けた
* * *
走るのに限界が来たと思ってから
さらに三つの曲がり角を曲がった
そこで走るのをやめた後も彼女は歩き続けている
目的は「屍から逃げるため」から
「ヤムを見つけるため」へと変わっていた
まだ単独で地下迷宮を探索できるほどの
力量は自分にはない
それが分かっているから
一歩一歩の足取りがどれも震えている
怖い こわい コワイ
「ヤムさんどこ……」
五歩向こうの灯が届かない暗闇に
何かが潜んでいたらどうしよう?
そうだ索敵のれんを展開しなければ
でも魔法の気配に引かれて
余計にモンスターを集めてしまわないだろうか
まだひとりでモンスターと
渡り合ったことがない
ゆくゆくは通過するべき
課題点ではあるものの
まだ早い
そう思っていた
震える足の太ももを握りこぶしで叩いて
ナイラは歩き続ける
すると恐る恐る展開した索敵のれんの
前方が反応した
友好的な魔物の緩やかな雰囲気とも
敵対的なモンスターの激しい空気感とも違う
凪いだ気配が漂っている
それがどういう相手なのかナイラは気になった
だから逃げなかったのだ
ナイラの光石に照らされて
現れた人物は
迷宮の壁
その大きくひび割れた箇所に
片手を当てて
漆黒の魔力を放出していた
かなり大量の魔力だ
それを受けて
壁が元通りに修復されていく
壁から手を離した人影は
顔だけナイラの方へ向けて
なんの感慨もなく言った
「──何だ
貴様か」
「あなたは──」
あの時の
ナイラはそこまで言って固まった
暗闇から溶け出したその姿は
忘れもしない小麦色の肌に金の瞳
自分を庇って深傷を負った
あの時の青年だ
「こんな所に一人で何してる」
「連れとはぐれてしまったんです」
「今も奴らと一緒か?」
「いえ
彼らとは別れました
今は熟練の商人に同行させてもらっています
──そんなことよりっ」
「は?」
ずいっと詰め寄るナイラに目を丸くする青年
彼女は深々と頭を下げてから言った
「あの時は助けていただきありがとうございました
怪我はもう大丈夫ですか? 完治しました?」
「いや
いや──貴様が気にすることではない」
言って彼はマントを手繰り寄せ体を隠す
「気にしますよ! 見せてください
あれからずっと気になってたんです」
彼女はそのマントの端をつかんで引っ張った
「誰が傷をさらしたりするか
大体見せたところでお前に何ができる」
彼が上身をひねりマントを引っ張り返した
「私はこう見えても命属性の治癒術師ですっ
人はもちろんのこと
魔物であっても死霊以外なら治療できますとも!」
彼女が両方の手で片方ずつマントを持ち
ぴやーと左右に広げた
両目が吊り上がって
口元も悪い笑みになっている
「なおさら辞めとけ
後悔するぞ!」
彼はマントから離した手で
自身の胸と腹を隠した
笑いたいんだか泣きたいんだか怒りたいんだか
微妙な表情だ
「私の後悔なんて安いものです
お願いします! 治療させてください!」
「あー……」
仕方ないな……
彼は斜め上を見上げて
渋々と体を隠していた両手を左右に下ろした
「ありがとうございます!」
相性
素材同士の相性
性格の相性
この世界を構成している
様々なものには相性があって
属性であってもそれは同じ
ナイラは右手の人差し指を上へ向けて
治癒魔法の詠唱を始めた
「天に住まう光の祈り
空に宿りし闇の息吹──」
するとどうだろう
目の前の青年から溶け出した闇が
彼女の身体へまとわりついた
その闇は
ひんやりと冷たい
「……っ?
──癒し給え
一部回復」
動揺しながらも
何とか治癒魔法を
かけ終えたナイラ
彼女は直後に
胸元に痛みを感じて
顔をしかめた
そんな表情のまま顔を上げて
不思議そうに青年に問う
「治りはしました……よね?」
「それ見たことか
痛むのだろう
──忠告はしたぞ」
「分かってたんですか?」
「お前……貴様が使うのは
命属性の治癒魔法だと言ったろう
私のように終属性の存在とは
相性が悪いのだ」
「あなた終属性なんですか?」
属性というのは
生命エネルギーの種類のことだ
生きているものには
必ず存在する
風火水土の四大属性が有名だが
冷気や光などもある
治癒術師であるナイラは
よく光属性に間違えられるが
実は光と闇をあわせ持つ
命に属している
その命と対極にあるのが
終の属性だ
闇と冷気を合わせ持つ
終焉を司る存在
いつだったかナイラたちのパーティが
持っていた食料が
食べられなくなってしまったのは
彼の終末加速の魔法によるものだった
ナイラは珍しい相手に会えて
うれしそうに
胸の前で両手のひらを合わせた
「初めて会いました
何だか色んなことを
三日坊主にしちゃいそうなイメージです
やっぱりお祭りは準備よりも
フィナーレの方がお好きなんですか?」
「……貴様はもう少し危機感を……
いや、もう良い」
青年は両目を伏せると
軽くため息に似たものを吐いた
ナイラの目には彼が
うっすら笑っているようにも見えたが
気のせいだったかもしれない
彼が目を開けて言った
「貴様の連れは
近づいてきているようだ
へたに動かずここにいろ
──ではな
私はこれで行くとしよう
後悔を顧みず
傷を癒してくれたことに関しては
その内、礼をしよう
……貴様が生きていればの話だが」
ナイラは気にしなかったのだ
『生きていれば』の主語が
自分にしかかかっていないこと
普通ならそこは『お互いに』に
なるはずのところではないのかと
「はい
じゃ、お礼をしてもらえるまで
頑張って生きてますね
今日はありがとうございました」
気にしなかったナイラが
笑顔で手を振ると
彼は無表情で踵を返して立ち去った
人気が無くなったせいだろうか
笑顔だったナイラの胸に
わずかばかりの寂しさが去来した
なんてことない
そう言い聞かせて首を振っていると
青年と入れ替わりにヤムがやってきた
「ほんとに来てくれた……」
「話し声で居場所が分かって助かったぜ
無事で良かった嬢ちゃん
──さっきのヤツ知り合いか?
なかなか男前だ」
探索者だろ?
聞かれて困ったナイラだ
自分も彼は探索者だとは思うのだが
闇に溶けて移動する様を見ると
魔物と言われても不自然じゃなく──
それも何となく言いづらくて言葉を濁しておいた
「地上では会ったことないですけどね」
「そうなのか?」
ふむ
とヤムは一瞬
難しい顔をした
「距離は見極めろよ
──それはさておき! 嬢ちゃん!」
「は、はい?」
「もしこれで合流できなかったら
どうするつもりだった?
まだ単独行動取るには早いぞ
──何があっても勝手に動くな」
「はい……すみません」
「本当に分かってんだろうな」
常の冗談交じりの対応ではない
厳しい眼差しを向けてくるヤムに
ナイラは自然と姿勢を正した
「次同じことやったら縁を切る
いいな」
「……! わ、分かりました」
珍しく本気で怒っているヤム
それは彼がそれほど真剣に
はぐれたナイラを
探してくれたことを意味する
(ただでさえ足手まといな私を
必死に守ろうとしてくれていたんだわ──)
「すみませんでした
肝に銘じます」
ナイラはよくよく自分に言い聞かせた
そうだ
ここで縁を切られたら生きて地上に戻れない
それに
生き延びるのは彼との約束でもある
お礼をしてもらえるまで
死ぬわけにはいかないのだ
うん
と
こぶしを握って
近い未来に思いを馳せるナイラだった




