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地下迷宮ひとり歩き  作者: 夜朝


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11.二階 〜近付いてきたそれはひとり立ちの時〜

■地下迷宮 二階 ナイラ 治癒術師Lv2→3 商人Lv2


「めずらしいな

 魔物が手負いでモンスター化しないのって」


地下迷宮へ何度目かのアタックで出会った

その珍しい存在は

体のあちこちから血を流しているのに

こちらへ牙も爪も向けてこなかった


「本当ですね……あのヤムさん

 私行ってきてもいいですか?」


「もちろん

 治してやれ」


尻尾が二本ある黒猫は

背中をざっくり斬られている


それを見たナイラはすぐに猫のそばまで寄って

治癒魔法をかけていいか尋ねた


猫は返事の代わりかその場でべったりと座り込む


命の精霊に捧げた祈りが

穏やかな闇を内包するいくつもの光の粒になり

猫の傷に吸い込まれていった


傷がなくなると猫は立ち上がって

しばらくナイラの屈んでいる足に

すり寄っていたが

やがて彼女に頭を撫でられるのに飽きたのか

するりと離れて数歩歩き闇に消えてしまった


鈴の鳴るような愛らしい鳴き声が響く


その後には万金貨が三枚残されていた


「……」

「……」


商人コンビは驚愕に見開いた目を見交わした後

二人同時に金貨に駆け寄って

一枚ずつ拾い上げるとそれを噛んだ

噛み跡も金一色


「おうホンモンだ」


「すごいですね……

 地上で探索者相手にしてたら

 ありえない値段ですよ

 せいぜい千銀貨二枚くらいで」


「迷宮価格ってヤツだな

 大事にしまっとけ

 多分あいつ精霊の化身か何か

 だったんだろうさ」


頼りない表情をして三枚の金貨を見つめるナイラ

どうしたと聞かれて顔を上げた


「私これ受け取ってしまって

 いいものでしょうか」


「向こうが置いてったんだ

 良いんじゃね?」


「だって今回のは

 お金のためにしたことじゃないです

 ただ元気になってほしくて

 それに金額が高すぎます」


真剣に述べるナイラと裏腹

ヤムは呆れ顔で耳をほじりながら返した


「はあ

 でも地上じゃ商売で

 治癒魔法もかけんだろ」


「そうだけど

 でも」


「気になんのか

 普段あんなに現金なくせに

 仕方ない嬢ちゃんだな

 それなら精霊に誓うのはどうだ?」


「誓う?」


しょんぼりしていた彼女の顔からかげりが消えた

期待に満ちた面持ちで師匠を見つめる

満足そうに笑うヤムは腕を組んで言った


「そう

 手負いの魔物を必ず治療する

 見返りはなし

 ただし向こうが自発的にくれるものはもらう」


「……はい! そうします!

 ありがとうございますヤムさん」


にぱっとうれしそうな満面の笑顔が開く


それ以来

不思議なほど

要治療の魔物に

遭遇する率が増えた


皆手負いなのに友好的だ


おかげで経験をたくさん積めて

収入もある程度安定してきた


そして二階の迷路を踏破した頃

ナイラのレベルを測る計測管がいっぱいになった


「すごい……こんなに早くレベルが上がるなんて」


「おめでとうだな」


探索者たちの力量は

スキルごとのレベルによって測られる


スキルというのは職業とも言い換えられ

戦士や魔術士、獣使いなどが挙げられる

ナイラの場合は治癒術師だ


計測管という細くて透明な管によって

カウントされる経験値が管を満たすと

レベルアップの合図


これまで数字の2が浮かび上がっていた管の端に

今は3が描かれている

つい先ほどまで端から端まで乳白色で満たされていた

管は今はすべて透明になっていた

また次はレベル4になるまで

新たに経験を積んで管を塗りつぶしていくのだ


ナイラは神妙な面持ちになって計測管を見つめていた


怪訝そうな顔をしたのはヤムだ


「何だうれしくねえのか? レベルアップ」


「うれしいですよ!

 でも……少しだけ怖くもあります

 何だか急すぎて

 心の準備が」


「レベルの計測は100%実力だ

 よろこんでいいぞ」


「ん……はい

 ありがとうございます」


そんなやり取りが終わるころ

迷路のゴールが近づいてきた


二階のゴールで下の階に降りる階段を見つめて

ナイラは少しの寂しさと一抹の不安、

それとたくさんの緊張を感じていた


それはなんと予想外


階段の途中から

周囲が明るくなっていたのだ──


 * * *


「これまでありがとうございました

 本当に」


「がんばったもんだよ嬢ちゃん

 ──ええと

 餞別にはやっぱりこれが良いかな」


「何かいただけるんですか

 ラッキー♪

 って……これ? すごい地図……

 この迷宮の?」


「渡すかどうか迷ったんだけどな

 おまえネタバレはイヤだと言ったろ」


覚えていてくれたことがうれしくて

地図から覗かせた目元を笑ませたナイラ

そう言えば彼は一階二階の探索中

先回りして教えることはせず

まず彼女の好きなようにやらせてくれていた


彼は続ける


「けど地図だけはやっぱし持っとくべきだ

 それは魔法の地図でな

 他の探索者の持ってる地図と情報を共有できる」


「情報の共有……」


「この迷宮の攻略情報だ

 『この扉の鍵はこの部屋の中にある』とか

 『ここにいる常駐型のモンスターの弱点は』とかな

 書いてある」


それは本当に便利だと勧めてくるヤムの横で

ナイラは困った顔をして地図を見つめる


「私、地図を読むの苦手なんですが……

 現在地が分からないことが多くて」


「安心しろ

 現在地は地図に出てくる

 たぶんおまえと同じ悩みを持つヤツが多いんだな?

 ──……ナイラ」


「……! ヤムさん今……!」


真ん丸い目をして大男を見上げたナイラ

その驚きの表情が徐々に笑顔へと変わっていく

ヤムはにやりと笑って言った


「言ったろ

 一人前になったら呼んでやるってな」


「はい! ふふ

 うれしいです

 地図も──本当に

 何から何まで

 お世話になりました」


「いいさ

 おれもマンネリな迷宮商売の中で

 最近は久しぶりに楽しかった

 ──達者でいろよ

 七階で待ってる」


「はい! 七階で会えたら

 たくさん買い物しますね」


「おお

 そしたら負けてやるよ」


差し出された手を一度握ってから

それを振る

ヤムは手を振り返して

すたすたと歩み去った


何とも余裕だ

三階くらいなら怖いこともないのだろうな

とナイラは少しうらやましくなって

去りゆく広い背中を

──正確にはそこに背負われている商売道具を

じっと見つめていた

彼が曲がり角を曲がって

彼女の視界から消えるまでの間

ずっと


「─―あきらめるなよ」


振り向かずに呟いたヤムの言葉が

ナイラの耳に届くことはなかったけれども


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